第76話 見学
扉をくぐった先は、まさに地獄のような炎熱でした。
百人を遥かに超える魔動器院の生徒たち、その生徒が一斉に炉に火を入れ、鉄を叩く。
それを横に立ち興味深げに眺める魔術学院の生徒たち。
日頃相性の良くない双方だが、見知らぬ技術に触れることと、その技術を思うままに公開できることの誇らしさで、この時ばかりは和気藹々とした雰囲気が流れている。
「なんだお前ら、寝坊か? これだから金持ちのお坊ちゃんは」
その光景に呆気にとられたわたしたちに、声をかけてきた者がいる。
一昨日、わたしに絡んできた生徒だった。
「いえ、寝坊ではなく仕事です。こう見えても冒険者なので」
「あ? ああ、そういやヒュドラが出たとか言ってたか? だけど、お前らみたいなのが呼ばれるわけないだろ」
「戦うだけが冒険者じゃありませんよ。こう見えても治癒術には少しばかり自信があるんです」
少しばかりだなんてウソばっかり。
どう見てもリムルの治癒術は、世間の平均レベルを鼻歌交じりで飛び越えている。
その実力を見たことも無いのに、『みたいなの』って断じた彼に、少しばかりイラッと来た。
「脳筋はこれだから」
「エイル!」
「んだとぉ!」
「突っかかってきたのはあっちだよ、リムル」
「そこ、何をしている! さっさと工程を済ませんか!」
入ってくるなり睨み合ったわたしたちに、監督の教員が怒声を浴びせる。
棒状の鉄を叩いて延ばして整形し、剣を作る。
今日の工程はその基礎部分を見せること――らしい。
「ちっ、まあいい。来いよ、こっちで見せてやる」
顎をしゃくるようにして自分のスペースに案内する少年。
なんだかんだ言っておいて、わたしたちに見学させてくれるんだ? 彼の思考もよくわからない。
「今日はよろしく頼むよ。ボクはリムル。貴族じゃなくて、しがない冒険者だよ」
「ああ。俺はアルマ。魔道器師見習いだ」
彼はそういって、ハンマーで自分の肩を軽く叩いて見せた。
スペースにはわたしたち以外にも数人の見学者がいた。
魔術学院側の方が生徒数が多いので、一人の魔道器院の生徒に複数の見学者が付く形になっているのだ。
「鉄ってのは硬い様で脆い。熱して叩いて延ばし、形を整え、折り曲げてまた延ばす。これを何度も繰り返すことによって、柔らかい部分と硬い部分を鉄の中で混ぜ合わし、複層構造を作り上げるんだ」
「鉄に硬いとか柔らかいとかあるのか?」
そう質問したのは、同席した別の生徒。
それほど気取った雰囲気は無かったので、おそらくは四組では無いだろうか。
「当たり前だ、鉄がみんな同じだったら名剣なんて産まれねぇだろ」
「ふぅん?」
わかったような、わからなかったような、そんな態度。
だが貴族関係の者なら、名剣という物に触れる機会は多い。
同じ鉄でも良し悪しが存在するのは、なんとなく理解できるらしい。
アルマは、炉から鉄の棒を取り出し、勢いよくハンマーで叩く。
それこそ一見乱暴に見えるくらいガンガンと。
丸い鉄棒が段々と平たく叩き延ばされたところで、赤熱していた鉄が少しずつ黒ずんでくる。温度が下がってきたのだろう。
彼はそこでもう一度炉に鉄を突っ込み、加熱する。
「これを何度も繰り返すことによって、剣の下地を完成させるんだ。まぁ、ここまでは普通の鍛冶屋と同じだな」
「ここは魔道器院なんだろ? だったらなんで、普通の剣なんて作ってるんだ?」
「道具を扱うって意味では鍛冶屋も付与師も大して変わらねぇ。だが、こうやって一から経験することで道具の本質に迫ることは出来る。俺たち付与師にとって、『本質を知る』ってのは凄く重要な意味を持つ」
ラウムの鍛冶屋のアッシュさんが言っていた。素材には付与できる限界値が存在する。
もちろん基本的には素材の質によるところが大きいけど、込められる魔力の大きさなんかは微妙に違うらしい。
例えば、鉄の剣だと刻める付与の魔法陣はせいぜい三つ。だけどその魔法陣に込められる魔力が十なのか、十五なのかの差は出てくるものらしい。
クト・ド・ブレシェは超一流の素材を一流の鍛冶師が削りだし、人外レベルの付与師が付与している。
まさに国宝指定されてもおかしくない一品だそうだ。
「こうやって一から自分で作り上げ、実物に触れることで素材の『枠』の大きさを感じ取る。それが今の俺たちの修行ってわけさ」
鉄を熱している間、彼はそういって胸を張って見せたのだった。
「じゃ、お前らもちょっと叩いてみるか?」
そういって、やっとこで取り出した鉄棒を金床の上において、こちらを振り返ってみせる。
見学していた魔術学院の生徒はお互いに顔を見合わせた。想定外の展開に困惑しているっぽい。
「何事も経験って言うだろ。もちろん一回や二回叩くのを体験した程度で、素材の『枠』を感じ取れるはずもねぇけど、やってみることに意義があるっつーか、な?」
始めてみる鍛冶技術に興味心身だった男子生徒数人が、勢いよく挙手して見せた。
「俺、やってみたい!」
「俺も!」
「じゃあ、順番にやってみろよ。ただし、俺の『指導』は甘くねぇぞ!」
前に出た男子生徒に、鍛冶用のハンマーを渡す。
その意外な重さに男子生徒がよろめいた。
「こんなモンでふらつくなよ。鉄を叩き延ばすんだぞ、それくらいの重さがあって当然なんだよ」
「あ、ああ」
「斜めに振り下ろすな。まっすぐだ、まっすぐ!」
「わ、わかってる」
「もっと力を入れろ! そんなモンで鉄に魂が入るか!」
「そんな話聞いてねぇよ!?」
アルマの指導は、もう
ただ無闇に熱いことだけはわかる。ある意味迷惑だ。
そもそも日頃重い武器すら持ったこともない生徒に、鍛冶用の重いハンマーを使いこなせるはずがないのだ。
生徒たちは全員ハンマーの重さに振り回され、まっすぐ振り下ろすこともできない。
なにより十回も振ると、腕の筋肉が震え、まともに腕が上がらなくなってきているのだ。
そんな中――
「お前、細っこいのに意外とやるな」
「どう、いたし、まして!」
ガンガンと力強く鉄を叩いているのはリムルだ。赤熱した鉄棒が、見る間に平たく成型されていく。
毎日ランニングと素振りを欠かさず、更にわたしやイーグとも乱取りして鍛えてる彼は、見た目に反して筋力がある。
最近背中とかにしがみつくと、予想外のごつごつした感触にドキッとしてしまうくらいだ。
「これでも実戦派だからね。これくらいは――」
「右の方がまだ厚い。そっちも満遍なく叩くんだ」
「はい」
リムルが五十回ほどハンマーを振り下ろした段階で、一旦交代ということになった。
「お前、思ったより筋がいいな。魔術学院より魔動器院に来いよ」
「あはは、それは勘弁して。ボクはあくまで治癒術師になりたいんだ」
「もったいねぇ。そこらのモヤシ共よりずっと見込みがあるってのに」
アルマがちらりと視線を流した先には、早くも筋肉痛を起こして腕をマッサージしている生徒たちの姿があった。視線を向けられ、愛想笑いを返している。
他のスペースの状況をうかがってみると、どこも似たような状況になっているっぽい。
どうやら、こういう展開に持って行って、格の違いを見せ付けるのが器院の方針のようだ。
「そうだ、お前もやってみねぇか?」
その言葉が投げかけられたのは――わたし?
「わたしが?」
「そうだ、お前もコイツの護衛やってんなら腕に自信があるんだろ?」
「うん、まぁ」
自慢じゃないが、そこらの戦士に引けを取るつもりはない。
軽業のギフトによる多彩な攻撃手段と、竜体化によるハイパワー打撃、それにあまり表立って使えないが異空庫による物量攻撃など、わたしの執れる戦術は幅が広い。
それはもはや、単独個人による戦力ではなく、軍隊に匹敵すると言っても過言ではない。
「じゃあ、やってみろよ。ほれ」
「とっとと……」
手渡されたハンマーは、予想以上に重い。
うっかり右手で受け取ってしまったわたしは、思わずふらついてしまった位だ。
その姿を見てアルマはニヤニヤとイヤラシイ笑みを浮かべている。
「む、わたしをそこの生徒と同じレベルだと思ってる?」
「違うって言うんなら、振ってみろよ。そこの金床は頑丈だ。全力でも構わないぜ」
「――――」
その挑発、乗った。
わたしは
それを見てリムルが悲鳴のような声を上げた。
「エイル、よせ!」
「……てやぁ!」
わたしはやや甲高い子供声なので、どうにも迫力は出せないけど、
――ズゴォォォン!
その一撃は、鉄棒をへし折り、金床を叩き壊し、床にクレーターを作る。
振り下ろされた衝撃波でやっとこを持っていたアルマは数メートルも吹き飛び、建物が震え、外壁に
もちろん持っていたハンマーの柄はへし折れ、槌頭は地面に深々と突き刺さっている。
突然の大惨事に周囲の研修生たちも床にひっくり返って、こちらを見やる。
監督の教師はなにが起こったのか理解できず、マヌケな顔で顎を落としていた。
「――ええっと?」
「エイル……キミって奴は……」
衝撃で床に尻もちをついたリムルが、呆然と呟く。
そのコメカミに青筋が浮んでいるのが目に入った。あれは本気で怒っている。
「ご、ごめ――」
「何をやっとるか、そこぉ!」
わたしが謝罪の言葉を発するより早く、監督の怒声が響き渡った。
その後、わたしたちは指導室……俗に言う『説教部屋』に連行され、懇々とお説教されることになった。
器院側でこういう展開を推奨していたにも拘わらず、無駄に説教されたアルマはいい迷惑だっただろう。
あと、わたしの保護責任者という形で巻き添え食ったリムルも、可哀想といえば可哀想だ。
二時間に及ぶお説教から解放されて、廊下をトボトボと並んで歩いていると、不意にアルマが声を漏らし始めた。
「ふ……く――」
「なに? ちょっとやり過ぎたのは悪いと思ってるけど、わたし謝らないよ?」
「いや、そこは謝ろうよ?」
「ぷくっ、く……くはははは! あーっはははははっはははは!」
身体をくの字に曲げて、爆笑し始める。
「わ、わり……いやぁ、こんな陰険なイベントを力尽くでひっくり返しやがって……これが、笑わずにいられ、ぶふっ」
「まぁ、エイルの失敗ってそういうものだからね……」
「わたし、いつも失敗ばかりしてるわけじゃないもの」
リムルの発言に修正を入れておく。
それではまるで、わたしがドジッ子みたいじゃないか。
「いやいや、済まなかったな。俺たち器院側は少しでも優位に立とうってピリピリしててよ。一昨日だって飯の前に『舐められんじゃねぇぞ』ってミーティングがあったくらいなんだよ」
「ああ、それでいきなり突っかかってきてたんだ?」
「ま、そういうことだ。俺もそんな対応に慣れてなくってよ。ちぃっとばかり喧嘩腰になっちまった」
あの時はバルゼイさんに茶化してもらって事無きを得たけど、確かに険悪な雰囲気になってしまっていた。
牽制というレベルを超えてしまっていたのだろう。
「まぁいい。それよりどうする?」
「どうするとは?」
「二時間もみっちり叱られちまったからな。お前らのお仲間はすでに食事を終えて宿に戻ってるぞ」
そう言えば、もうお昼ごはんの時間を過ぎている。
器院側は威信を掛けて招待しているので、昼食のメニューだって豪勢な物だったはずなのだ。
それを思うともったいないことしたと、思わず肩が落ちる。
「どうせ昼からは予定が入ってないし、どっかの食堂にでも潜り込むとするよ」
「そっか、じゃあ一緒に飯でも食おう。いい店紹介してやるよ」
「そりゃありがたいね」
そういうことで、アルマと昼食を摂る事になってしまった。
最近リムルと二人っきりって、なかなか無いなぁ。
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