第75話 復学

 宴会の後始末を終えたところで、わたしたちは力尽きた。

 宿まで戻ってもいいが、すでに時刻は夜半を過ぎており、今戻ると同室の生徒を起こしてしまう。

 そういうわけで、ギルドでお風呂を借りて一泊することになる。


 ぐったりとテーブルに突っ伏し、だらしない格好で夜のお茶を楽しんでいるところで、客が来た。

 ドアを開けて迎え入れてみると、シメレスさんが茶菓子を持ってきてくれていた。


「夜分にすみません、お邪魔してよろしいですか? ああ、これは差し入れです」

「ああ、いえ大丈夫ですよ。お茶菓子、ありがとうございます」


 あからさまに上機嫌なシメレスさんを迎え入れて、お茶を振舞う。

 ぐったりしたわたしたちと違って、シメレスさんは鼻歌が漏れそうなくらい上機嫌だ。

 わたしは早速、お茶菓子に持ってきてくれたクッキーをつまんで口に放り込む。

 内陸部のひたすら甘いクッキーと違って、少しだけ塩の風味が口の中に広がって、それから砂糖や小麦粉の甘味が押し寄せてくる。


「あ、おいしい」

「でしょう? この街は塩が豊富に採れますからね。こういう塩を使った甘味なんていう、一見矛盾したお菓子なんてのも存在するんです」

「これは美味しいですね。お土産に買って帰ろうかな?」

「なら、取り扱っている店を教えしますよ」


 そんな感じの雑談を挟みながら、まったりと時間を過ごす。

 お茶を一杯飲み干すくらいの時間を過ごしてから、彼は改まった口調でこちらに正対した。


「今回の件、無理矢理巻き込むような真似をして申し訳ありませんでした。そして多大な尽力に感謝します。ありがとうございました」

「い、いえ、どうしたんです、急に?」

「まったく、あなた方は自覚が足りないようですが、とても凄い貢献をしてくれたんですよ?」

「そうですか?」


 リムルは子供らしく首を傾げる。

 こういう仕草はまだまだ幼くて、愛らしい。身長はかなり高めだけど。わたしもいい加減、身長が伸びてくれないかなぁ……そろそろ身長差が二十センチに届きそうなんだけど。


「正直言って、今回『放っておけば死ぬ』レベルの患者をどれくらい診ました?」

「十人か……もう少しですかね」

「その人たちは、あなたが居なければ助かりませんでした。過去の履歴を調べても、ヒュドラが現れ、討伐する際はその程度の犠牲が出ています。ですが今回の犠牲はまったくのゼロ。これは全てあなたの功績と言えるでしょう」

「それは、シメレスさんの指揮も有ったからじゃないですか?」


 確かに、発見の報から翌日には討伐。この速やかな流れは特筆に価する。

 彼は飄々とした雰囲気で流しているけど、明らかに腕利きだ。特に、指揮力や運営力という面で。

 たった一日で百を越える冒険者を集め、四隻の戦闘艦を用意し、食料を確保する。

 例えギルドの資本を利用したと言っても、簡単にできることではない。

 それに資本を利用したとしても、結果的には収支を黒字に持って行っているのだ。死者ゼロでの今回の討伐は、ギルドの丸儲けという結果になっている。


「今回の変異種を通常通りの損害で討伐できたという点では、それは私の功績でしょう。ですが、今回はその犠牲すら出ていないのです。私は……いえ、この街はあなた方に、返しきれないほどの恩を受けたことになります」

「それはまぁ、死者を出さないのがボクの役目でしたから」

「普通は、そう命じられても果たせないものなんですよ」


 そりゃそうだ。人は無茶すれば死ぬんだ。だからこそ、リムルは蘇生という術式に執着している。

 シメレスさんはテーブルの上に2枚の書類を取り出し、差し出してきた。


「これはギルドからの、今回の貢献に対する感謝の気持ちです」

「これは?」

「転移門の利用パス発行証です。これだけでも使用はできますけど、正規のパスじゃないので、役所の方で正規パスを発行してもらってください。明日にでも申請してもらえれば、正式に発行されるでしょう」

「え、いいの!? これ貴重なんでしょ?」


 わたしは思わず驚愕の声を漏らす。

 転移門は階級の高い貴族位しか利用できないと聞いた。消費される魔力が桁違いで、頻繁に利用できないからだ。

 商人などが貿易に利用するには、かなりコストが高い。

 だからこそ、権威に物を言わせて断ると後を引く貴族くらいしか許可が降りていないのが現状なのだ。

 それをわたしたちに融通してくれるという――これはかなり破格の報酬だろう。


「ええ、構いません。それにギルドとしては、優秀な冒険者を引き止める努力はしておきませんと」


 シメレスさんは、そういって器用にウィンクして見せた。

 そういう下心込みでの提案ならば、こちらとしても受け取りけやすい。おそらくは、それすらも彼の想定通りなんだろうけど。


「わかりました、そういうことならありがたくいただきます。でもボクたちには、一応仲間が居るのですが――」

「あ、アミーさんたちの分」


 ここにあるパスは二つ。

 転移門をパーティ単位で利用するには、後二枚、いやイーグを入れると三枚足りない。


「大丈夫ですよ。パスは所持者が一緒に居れば同行者にも通行権限が与えられます。現にあなたたちも、パスを持たずにここまで来ているでしょう?」

「そういえばそっか。学院の旅行でパスを取得とか、してないもんね」

「旅行費稼ぐだけで精一杯で、それどころじゃなかったものね」

「ハハ、一般人には学院の学費は負担でしょうとも。退学になったら是非、我がシタラ冒険者ギルドへの所属をお願いしますよ」

「わたし、あちこちから勧誘されてるんだけど?」


 マクスウェル劇団とか、ラウムのエルフ村とか。わりと好意的なところは、漏れなく勧誘されている気がする。

 もちろんリムルと一緒に居るのが大前提なので、それらの誘いを受けるつもりは、まだない。


「チッ、さすがにもう唾を付けられていたか――」

「今、舌打ちした!?」

「何のことでしょう?」


 しれっとした表情でしらばっくれるシメレスさん。この人やっぱり腹黒い。


「リムルと同じくらい腹黒い」

「失礼な! ボクはここまで酷くないよ!?」

「本人を前にして言いたい放題ですね……それと、こっちの書類をどうぞ」


 また鞄から一枚の書類を取り出してくる。

 なになに、見学許可証?


「これは学院で回る予定だった工房への見学許可証です。あなた方は今日ギルドの仕事で回れませんでしたので、その穴埋めですね」

「ああ、それはありがたいですね。魔術具作成のレポートとか課題に有ったんですよ」


 もっともリムルには、そこらの魔術具作成師よりも腕の立つ知り合いがいる。

 正直、ここで見学するより、アルバイン氏のところで見学させてもらった方が、得るものは大きいだろう。

 そういえば今、ラウムでは破戒神も居るんだよなぁ、あの街。なにげに人外魔境と化している気がする。

 そんな感想を抱きながら、シタラギルドへの挨拶は、トンデモない事件となって幕を閉じることになった。



 翌朝、宿に戻るとすでに生徒たちは次の見学先に出立していた。

 今日の予定は魔道器学院の工房見学と、生徒間の交流である。


「まだ出たばっかりらしいし、追いかければ間に合うはずだよね」

「うん。リムル、背負ってあげようか?」

「街中でそれはさすがに恥ずかしいから、やめて?」


 いつもはベタベタ引っ付いてくるのに人に見られるのは恥ずかしいとか、ちょっと妙なところでデリケートなんだなって思ったけど、そう言ったら微妙な顔をされた。照れなくてもいいのに。


「いや、そうじゃなくて、男として、こう、ね?」

「リムルは後衛なんだから、スタミナ無くても当然なのに」

「それを見てる人はわからないから。それにこう見えても、ボクもスタミナ付いてきてるんだよ」

「じゃあ、走ろう。負けた方がお昼のデザート奢るの」

「それ、ボクが圧倒的に不利じゃないか!」


 わたしはいざとなれば、魔力付与からの超加速が使えるから、負けることは無いだろう。

 リムルもわたしが冗談で言っているのは理解してる。それなのに、過剰に反応を返してくれるところが、なんだかおかしい。


「おほほ、捕まえてごらんなさーい」

「力の抜けるようなことを言うな! っていうか、スッゴイ棒読み!?」


 む、やや棒読み口調になってしまうのはわたしのクセである。

 今更そこにツッコミを入れるとか、ちょっとムッと来たぞ。そういうことを言うリムルには、全力で逃亡してあげよう。

 軽めに魔力付与を行い、軽業も併用してアクロバティックに街中を疾走する。

 すると、リムルが物凄い顔をして追いかけてきた。それが面白くて、わたしは更に速度を上げた。

 そうやって遊んでいるうちに、魔道器学院の門へと辿り着いたのだった。

 なお、門の前でリムルに『ギフトを人目に付く場所で使うなんて!』って、こっぴどく怒られました。反省。



 門衛に魔術学院の生徒である事の証明である生徒手帳を見せ、中へ案内してもらう。


「しかし、魔術学院の生徒さんでも寝坊とかするもんなんだねえ」

「いや、寝坊したわけではなく、ギルドの仕事を請け負っていたんですよ」


 廊下を案内がてら、守衛の人が気さくに話しかけてきた。

 気さくなのはいいけど、物凄く勘違いしている。


「そうだよ。ほら、昨日ヒュドラが出たでしょ? あれを討伐してきたの」

「ああ、そういえば街が一時は大騒ぎになっていたね。でも、いくら大事おおごとでも、お嬢ちゃんたちのような子供まで動員するはずが無いじゃないか。この街のギルドは有能なんだよ?」

「それは認めますけどね」

「本当なのにぃ」


 確かに知らない人が見たら、わたしたちは『少し成長の早い少年』と『かなり成長の遅い少女』のコンビにしか見えない。

 そんな二人が、発生したら確実に人死にが出るとまで言われているヒュドラ退治に借り出されるとは、普通思わないだろう。


「なんだろう、このやるせない感覚」

「まぁ、今までもよく有ったことでしょ。もう目立ってもいいとはいえ、変に騒がれるのも面倒だから、これはこれでいいさ」

「でも、それは狙ってやってたことじゃない」

「ケビンを見てごらん。今じゃ、おちおち宿にも泊まれないじゃない?」

「……う」


 巨人の骨を持ち帰った時、ケビンはあまりの来客の多さに部屋を変えて逃亡している。

 校外研修はまだ五日も残っているのだ。その間に宿の部屋に押しかけられるとか、勘弁してもらいたい。

 ただでさえ、一組辺りからの風当たりはキツイのに。


「また一組の連中から、変なやっかみを受けるのは勘弁してもらいたいしね」

「確かに。あの連中、実力も無いくせに威張る事だけは一人前なんだから」

「それに一組だけじゃなくて、五組にも……ね?」

「――ああ、アレフかぁ」


 アレフ・サウスフィールド。

 メガネを掛けた委員長気質な仕切り屋。それで居て、本当に五組の委員長になったから手に負えない。

 今回の事件だって、リムルが短期離脱するって話していたら、ネチネチ嫌味を言いに来たくらいなのだ。


「まぁ、あいつの性格についてはクラス全員把握しているから、問題は無いんだけどね」

「うん」


 おだてておけば、進んで雑事をこなしてくれるので、ある意味便利に使われている。

 そしてその嫉妬深さも周知の事実なので、リムルも当たられた後はクラスメイトが何かとフォローを入れてくれるそうだ。

 そして本人は利用されていることに気付いていない。ある意味哀れではある。


「ほら、ここが工房だよ。今丁度五組さんが見学に来てるところだ」

「ありがとうございます。お手数掛けまして」

「いやいや、仕事だからね。今度は寝坊するなよ」

「だから違うって言ってるのに」


 守衛さんは『ガハハ』と豪快に笑いながら門へ戻っていった。

 最後まで冒険者だって信じてくれなかったな、あの人。

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