第53話 聴取

 その夜は新しい力を得たアミーさんとケビンを相手に、新たな連携を相談しつつ夜を過ごした。

 本当なら朝まで門の警備に付いていたいところだけど、二人の力量が急激に上昇した今、打ち合わせ無しで連携するのは非常に不安がある。

 代わりに南北の門と東西の柵に見張りを増員し、伝令を置いてわたしたちにすぐさま連絡が取れるように、人員を配置する。

 さすがに一晩で二度の襲撃は無いと思うけど、念のためだ。ボーンウルフが倍に増えていた訳だが、倍以上に増えていると言う可能性だってある。第二陣が来るかもしれないのだ。


 幸いにも、その夜は二度目の襲撃もなく、夜を明かすことができた。

 大人たちが総出で警備に当っているため、人員にはまだ余裕がある。見張りに付いていた人を交代させて、休息を取らせておく。

 わたしたちは仮眠を取っているため、もう少し無理が利くので、その間に『巨大な影を見た』と言う村人の話を聞きに行くことにした。


「彼は元奴隷と言うことは話しましたか?」

「ええ、冒険者に従っていたとか」


 案内を自ら買って出てくれたのはクエイロさん。村の権力者が一緒にいた方が話が通りやすいだろうという判断で、名乗りを上げてくれた。

 ご主人も感謝を表し、その対応は非常に丁寧なモノになっている。エルフの村の村長相手の時とか、最初っから交渉モードだったからなぁ。


「はい。それで彼は学ぶ機会が少なかった為、多少礼儀を失する行動もあるかもしれませんが……」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。ケビン殿はその辺りはとても寛大な方です」

「それは良かった。いや、彼は最初の襲撃で怪我を負ってまで村を守ってくれた、いわば英雄です。もちろんケビン様には及びませんが――」

「俺のことはどうでもいいさ。むしろ奴隷上がりが故郷を守るなんざ、イカス話じゃねぇか」

「はは、彼もそう言ってもらえると喜ぶと思いますよ」

「そもそも怪我をしているなら、早く言ってもらえればすぐに治しに向かったのに」


 ご主人はそのことに不満を持っているようだ。もう、ここまで来ればワーカホリックと言って良い。

 クエイロさんはその不満を感じて、慌てて取り成している。


「いや、到着したばかりでいきなり『治癒してくれ』と、こちらから申し出るわけにはいきません。それに彼の怪我も命に関わる程でも無く、一週間もすれば完治できるものですし」

「確かに自然治癒に任せた方が体にはいいんですけどね。ですが昨日というと襲撃騒ぎの真っ只中、戦力の保持という意味でも……」

「いやいや、確かに仰る通りです。そこは私が下手な気を回してしまった失敗ということで、大目に見てもらえましたら」

「クエイロさんは充分上手く立ち回ったと思いますよ。ただ、ボクたちの力も『利用できるなら利用する』という厚かましさは持った方がいいと思います。失礼だけど、人が良すぎです」

「これは痛いところを突かれましたなぁ。村人にもよく言われますよ」


 乾いた笑いを上げて、額の汗を拭いてみせるクエイロさん。

 彼の陽気な笑いとは反対に、村の街路は襲撃の翌日とあって閑散としている。

 道端に住人を見かけても不安そうな顔でこちらに会釈をするだけで、話しかけても来ない。

 わたしがそういった住人に視線を向けているのに気付いたのか、クエイロさんがフォローに回った。


「村人たちも不安なのですよ。昨日の襲撃で撃退したとはいえ、相手はアンデッドですし」

「数が増えている、ということは広まっているので?」

「公言はしないようにとは言いましたが……いやはや、人の口には戸は建てられぬ物です」

「つまり広まっている、と」

「申し訳ない」

「いえ、構いませんよ。どうせ広まる物ですし、それに原因が究明されるまでは、下手に警戒を解かない方がいいですから」


 そんな話をしていると、一軒の平屋に到着した。ここが彼の家らしい。

 石組みと木板で組み上げられた粗末な家は、村長が英雄と持ち上げたわりには……ボロい。


「まぁ、そこはそれ。家を建てるならしっかりと払ってもらわないとですね。いや報奨金はちゃんと渡しましたよ?」

「い、意外とシビアな面もあるのですね」

「こう見えても、村長ですから」


 そう答えて扉を軽くノックする。

 ドアはそのノックですら壊れそうなほどガタ付いていた。


「コーエン、起きているかね? 冒険者の方が話を聞きたいと言っているのだが」

「クエイロさんかい? ドアは開いてるよ。というか鍵なんて存在して無いから、好きに入ってくれ。俺は足が悪いんだから」

「コーエン?」


 中からそんなぞんざいな言葉が返ってくる。

 その軽快な口調からは、雑な対応と言うより軽口を叩き合う中と言う印象を受けた。

 ケビンがその名前を聞いて、訝しげな表情をしている。


「やれやれ。せっかく『災獣殺し』の英雄が訪ねてくださったのに、出迎えくらいしないか」

「なっ、災獣殺し!? まさかケビン様か!」

「お前! なんでこんなところに!?」


 驚きの声を上げあったのは中にいたコーエン氏とケビン。

 彼は足をギブスで固定して、ベッドに腰掛けていた。

 ガッチリとした体格で、いかにも肉体労働に従事してそう。

 家の内部は全般的に土間で、ベッドの周囲のみ木の板が敷いてある。家財道具も最低限で、あまり裕福な生活ではないのはが見て取れた。

 だが、鍋や包丁、そして壁に立てかけた剣はきちんと手入れされていて、几帳面な性格をしているのはわかる。


「ケビン、彼と知り合いなのか?」

「なに言ってる、お前らも会ったことあるだろう」

「は?」

「俺の連れてた奴隷だよ。解放した……」

「ああ、あの。そうか、ここが彼の故郷か」

「俺も初めて知ったよ」


 そうだ、彼はグランドヘッジホッグの時、身体を張ってケビンを止めようとした奴隷の一人だ。

 あの時はケビンの『命令』で動くことができなくなってしまってたけど。


「クエイロさん、知ってた?」

「ええ、話を聞きに行くということでしたので、驚かせてやろうと思いまして。どうやら成功したみたいですな」

「意外と、お茶目」


 ご主人の従者と言う立場のわたしにも、彼は気さくに声を掛けてくれる。

 この性格なら、元奴隷の彼も普通に暮らしていけているのだろう。


「ねーねー、どうしてこの人、奴隷になってたの?」

「ああ、彼は『一旗あげる!』と意気揚々と村を出て行ったクチでね。性格の悪い女に捕まって身包み剥がされて奴隷落ちしたとか」

「やめろ、子供に聞かせる話じゃないだろ!」

「おっと、うっかりしてました」


 無邪気(を装って)に話を聞くイーグに、トンデモない展開を語ってのける。

 どうもクエイロさんは、身内には茶目っ気の多いタイプのようだ。


「積もる話は置いといて……今日はあなたが見た『巨大な影』について聞きに来たんです」

「影について? ケビン様があの依頼を受けてくれるのですか?」

「そうじゃなきゃ、こんなところこねぇよ」

「そ、それもそうですね。では――」



 彼はケビンに奴隷身分から解放された後、故郷へ戻ることにしたそうだ。

 元々冒険者志望で、女で身を持ち崩してしまったが、それでもあの時までは上昇志向を失ったわけではなかった。

 いつか解放され、もう一花咲かせてやる。そう思って唯々諾々とケビンの指示に従う日々。


 だがあの日、グランドヘッジホッグの来襲で全てが崩壊した。

 常駐の兵士すら木っ端のように吹き飛ばす暴威。

 剣も槍も、弓すらも通らない堅牢な外皮。

 まさに手も足も出ない災害級の魔獣。

 そんなバケモノを目の前にして、主のケビンは一歩も引かなかったのだ。

 自分は足が竦み、小便を漏らしそうなほど怯えていたというのに。


 結果、彼は災獣に手も足もでなかったわけだが、それでも翌日にはいつものように冒険の仕事を探していた。

 そんな姿を見て思ってしまったのだ。もう懲り懲りだと。

 そしてそれを自覚した時、彼の上昇志向は木っ端微塵に砕け散った。

 彼の目的は変わった。解放され、冒険とは縁の無い穏やかな日々を手に入れることへ。

 そしてその願いはすぐさま叶う。ケビンもまた、おのれの非力さを自覚していたから。


 あれほどの目に遭って、なお彼は前に進むことをやめようとはしなかった。

 そして、それこそが英雄の資質だと思い知らされた。

 だから真実を語らぬまま、故郷へと戻ったのだ。災獣殺しが彼の手柄では無いことに口をつぐんで。


 それからは、しばらく平穏な日々が続いていた。

 故郷の村は元奴隷で出奔者の自分を温かく迎え入れてくれた。

 若い男手が無く、戦闘の経験も知識も持たない者ばかりの村で、彼は戦力として歓迎される。

 平時は森で狩りを行い、非常時には兵士として村人の指揮を執った。

 そんな日々が続き、地味ではあるが充実した日々を過ごしていた。


 そんなある日、西の森に仕掛けた罠を確認しに向かった時、奇妙なことに気が付いた。

 西の森には深い渓谷があり、その向こう側に渡す為の吊り橋が設置されている。

 もちろん、渓谷の向こう側には森しかないため、ほとんど人通りは存在しない。

 通るとすれば獲物を求める猟師が、谷向こうの猟師小屋に足を運ぶ程度だ。

 その唯一の交通手段である吊り橋が、落ちていた。


 谷の下には霧が掛かっており、よく見通すことができなかった。

 元々水量の多い川が谷底を流れているため、靄や霧が発生することは良くある。

 なので、それは気にも留めていなかった。だがこの吊り橋が無くなるのは少しばかり困る。

 そこで谷幅の狭い所を探し、木を渡して向こう側に渡り、吊り橋を修復せねばならないと思い立ち、周辺を探索することにした。

 ここでも冒険者時代の知識が役に立ち、幅の狭い所を見つけ出し木橋を渡し終えた頃だった。


 突如重い地響きが鳴り響き、日が翳った。

 振り返った彼は、先ほど吊り橋のあった場所近辺で高さ十メートル程になろう巨大な影を目にしたそうだ。

 影は明らかに谷の中から立ち上がっていた。渓谷の深さは二十メートルほどもあるので、総合すると三十メートルほどになるだろうか?

 やがて影は沈み込むように谷の底へと消えていき、辺りは再び静寂に包まれていた。



「というのが、あの日の出来事です」

「全長三十メートル……イーグより大きいね」

「お、大きさが強さの全てじゃないし!」


 村長の話では二十メートル程度だと聞いていたけど、彼の話では三十メートル程度だそうだ。

 イーグは大きさで負けて虚勢を張っているけど、そもそも災獣最強のファブニールと比較すること自体が、何かおかしい。


「クエイロさん、大きさが違いますよ?」

「え、ええ。谷底から影が見えたというから、谷の深さ程度かと思っていたのですが……早計だったようです」

「いえ、前もってわかっただけで充分ですね。それにしても、谷底か」


 ご主人は顎に手を当てて考え込む。

 高さ二十メートルの谷底を探索するとなると、イロイロ準備が必要だろう。

 しかも、靄が掛かって視界が利かないとなると、二の足を踏むのもわかる。


「ロープの長さが足りないかもしれないな」

「それは私達も持ってるから、繋ぎ合せれば問題ないわ。それにいざとなれば、落下制御の魔術もあるし」


 落下制御はその名が示す通り、落下速度を制御する魔術だ。飛行の魔術の前提になり、難易度は中程度。

 アミーさんでも、かろうじて使用することができる。


「最悪、イーグやエイルがいるからどうにでもなりますね。後は下手したら川の中での作業になるので着替えとかも必要ですね。できれば防水の作業服のようなものも」

「それならウチに皮の作業服があります。それを着て行ってください。脇下から足先まで包み込むタイプなので、水が染みこむ事はありませんよ」


 箪笥の中からコーエンさんが皮の服を取り出してくる。数は四着。サイズはかなり大きめで、ケビンなら丁度と言うくらい。

 同じ物が複数あるのは、彼が猟を頻繁に行っている証だろうか。


「まぁ、お嬢様方には、ちょっとあちこち縛って調整しないといけませんが」

「それはこちらでやりましょう、感謝します。出来れば夜になる前には出発したいので、今すぐお借りしても?」

「構いません」


 こうして、わたしたちは谷底の調査へ向かうことになった。

 巨大な影については、結局正体すらわからないままだけど。

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