第52話 摂取

 あの火柱は唯事じゃない。念の為イーグまで配置してあるのに、火柱の色はブレスのそれとは明らかに違う。

 普通じゃない『何か』があったんだ。


「エイル、運んで!」

「うん」


 ご主人も状況の異常さに気付いている。だからわたしに自分を運んで一刻も早く辿り着くように指示を出していた。

 背中から抱きつくようにしてご主人を抱え、翼を展開して空へ舞い上がる。

 周囲から驚きの声が湧きあがった気がするけど、気にしてはいられない。

 あっという間に北側の広場に辿り着き、上空から様子を見渡した限りでは、怪我人は出ていなさそう。おかしな様子は存在しない。

 広場の中央に、火柱によって真っ赤に焼け融けたクレーターができている以外は。

 万が一の自体は無さそうなので、少しは落ち着くことができた。ゆっくりと広場に舞い降り、イーグたちに声を掛ける。


「こっちも片付いたみたいだね。それで今の火柱は?」

「あ、リムル……いや、その……」


 ケビンがこちらを見つけて、決まり悪そうな顔をした。

 彼も大した怪我は無さそうだけど、擦り傷がやたらと多い。他にも3人ほどの村人と、呆然としたアミーさんの姿がある。こちらは無傷。

 彼女の傍には指を咥えたイーグの姿があったけど、わたしたちを見て何気なく視線を逸らしている。


「あー……さっきのアレな。アレはアミーの魔術だ」

「彼女の? それにしては威力が……」

「てへ」


 ご主人の疑問に、手を口元から離したイーグが舌を出してみせる。

 彼女の手に、一瞬だけ傷跡が見えた。篝火の中で見辛かったけど、わたしの視界なら問題なく見通せる。


「いやぁ、ボス。うん、その……ココで敵を足止めしてたんだけどね? ケビンくんがなかなか敵を捉えられなくてね。それにアミーちゃんの魔術もイマイチ効果なかったしぃ」


 妙にモジモジした態度で、いつもと違って言葉を濁す。

 いつもの彼女なら、遠慮なく核心を突いて話すはずだ。もちろん空気は読むけど……いや、読むからこそ言い辛いのか。

 その態度に事件の犯人が彼女だと確信する。


「それで?」

「その上、敵が更に二体増えちゃってさ。援軍って奴? それで事態の打開には色々と力が足りないなぁと。だからね、ちょっとわたしの血をペロッと」

「二人に舐めさせたのか!」

「うん。あ、でもほんのちょっとだけだよ! ほら、オヤビンみたいに『変異』するほどじゃないから」


 慌てて言い訳するイーグ。

 ドラゴンの血肉は摂取した者に大きな力を与える。

 わたしも肉を喰らう事で大きな力を得たわけだけど、イーグはアミーさんにも血を舐めさせて、強化を図ったということか。

 でもその血肉は肉体の変異すら巻き起こす、劇物であることには違いない。体質が合わなければ、命を落とす危険だってある。


「……身体に異常とか出ない?」

「あ、そこは大丈夫。一滴にも満たない、ほんのちょびっとだけだから。量については過去の経験から実証済みなんだ。あ、わたしの経験じゃないけどー」

「誰の……いや、いい。イーグの言う『誰か』なんて神様の中の誰かに決まってるし」

「むむ、まぁそうなんだけどさー」

「いや、ビックリした。これ、私の魔術? ただの火球だったんですけどぉ」


 ようやく、正気を取り戻したアミーさんが言葉を発する。

 手をワキワキと動かし、身体の様子を探ってる。


「アミーさん。どうです、身体の具合は?」

「あ、うん。悪くないよ。むしろ絶好調?」

「俺も調子はいいな。いつもの斧が軽いくらいで、ボーンウルフの一体をあっさりと弾き飛ばすことができた」

「そんなに……」


 ケビンの以前の力では、ボーンウルフの足止めはできても、倒すとなると少し厳しい。

 そこでアミーさんとのコンビネーションを期待して北の守りに配置したわけだけど、そこに更に二体の援軍となると、確かに無理があっただろう。

 そんな状況で二人が生き残っていて、村人も怪我は無い。ならば彼女の判断は間違ってはいないかもしれない。でも……


「過剰な力で制御できず、ケビンも巻き込んだかもしれない。危険なことをぶっつけ本番でやるなんて!」

「わ、悪かったとは思ってるよー。でもこの子たちも力は欲してたわけだしー」

「とにかく、討伐証明部位を回収して、一旦クエイロさんの所に戻ろう。済みませんが、引き続き見張りはお願いできますか?」


 ご主人が呆けた様子の村人に指示を出す。と言っても、広場の状況じゃ、北側の敵の証明部位は残っているか疑問だけど。

 それに、ケビンたちに状況が不透明になったからには、そのまま継続して護衛というわけにはいかない。

 連携の相談なんかもしておかないと。


「は、はい! 喜んで引き受けさせていただきます!」

「さすが英雄殿、あの戦い振りを目にできただけでも光栄です」

「子供に自慢できるぞ、あの光景は……」


 村人たちは歓喜と恐怖を混ぜたような表情で、やや引き攣りながら答えてくれる。

 それに今回は、実際にケビンがやらかしたことなのだから、言い訳のしようが無い。

 彼にもその事実が理解できているのか、微妙な顔で頬を掻いていた。



 クエイロさんの一室を借りて状況の確認をする。

 南の警戒にも人を送って指示を出してもらったので、もう一度出向く必要は無い。

 南側の討伐部位の回収もやってくれるそうなので、明日には手元に届くだろう……多少チョロまかされるかもしれないけど。


「それで、詳しい状況を話してくれるかな?」


 ご主人が切り出して、説明を受ける。

 ケビンが言うには最初ボーンウルフは三体しかおらず、二体をケビンが盾で受け止め、一体を村人たちが三人掛かりで足止めする。そしてアミーさんが火系の魔術でダメージを与えると言う方法で、なんとか押していたそうだ。

 彼女の魔術では一撃とは行かないが、それでも着実にダメージを与えることはできていた。三体だけなら、勝利できたはずだそうだ。


 ところがしばらくして二体のボーンウルフが追加で現れ、状況が一変。

 しばらくは二体をイーグが受け持って戦況を維持できていたが、村人たちが浮き足立ってしまい、アミーさんに攻撃が流れるようになってしまった。

 これによって彼女は魔術に専念することができず、戦況は一気に覆ってしまった。

 イーグもこれを見て、自分が片をつけるかと思ったそうだけど、そこにケビンが悔しそうに呟くのが聞こえたそうだ。


『これじゃ、いつまで経っても強くなんてなれやしねぇ。俺は結局、英雄にはなれないのか』と。


 そこでイーグは彼に血を与えることに決めた。

 彼の人となりはこの四か月近い付き合いでわかっている。

 多少調子に乗りやすい性格ではあるが、真摯に強さを求める感情は本物だし、根っからの悪人でもない。

 アミーさんにしても三か月わたしたちの訓練に付いてきて、力を誠実に求めているのは理解していた。

 わたしやイーグの、見ているだけで心が折れそうな圧倒的な力量の差を、毎日のように見せ付けられ、それでも訓練を共にしたのだ。

 だから『血を与えるに足る資格はある』。そう彼女は判断したそうだ。


 戦いの合間に指先を噛み切り、血を得ることで新たに力を得ることを示唆。

 自力では無い力の取得に最初は困惑していたようだけど、三人の村人が総崩れになりそうになったので決断したそうだ。

 もちろんそうなった場合はイーグが処理するとは告げていたので、強制性は無いとのこと。

 血を舐めた事により、二人の身体能力は見る間に上昇していったそうだ。

 アミーさんですらボーンウルフの攻撃をあっさり躱せるようになり、ケビンは軽々とその重撃を受け止める。

 そしてやがて、ケビンの斧の一振りがボーンウルフ二体を軽々と弾き飛ばし、敵が一箇所に固まった所でアミーさんが火球の魔術で焼き払った。

 それがわたしたちの目にした火柱の正体だったらしい。


 火球の魔術はその名の通り、火の球を作り出す。それを投げつけ、衝撃を与えた場所で炸裂させる魔術だ。

 その威力は術者によって多少の誤差は出るとは言え、火柱を上げるほどではない。

 せいぜい木の壁を吹き飛ばすとか、石壁に焼け焦げを作る程度の物だ。

 わたしたちが目にしたそれは、骨すら焼き尽くし、地面を融かし、クレーターを作るほどの威力があった。

 アミーさんの魔力がどれほど上がったか、その戦闘痕を見れば把握できた。


「なるほど。まぁ力云々については色々言いたいことはあるけど……」

「悪かったって。でもイーグに村人を守ってもらったとしても、コイツがいつまでも居てくれるわけじゃないし、いつも居るわけでもない。俺単独で倒せるようになっておきたかったんだよ」

「力が欲しいって気持ちはわかるよ。エイルやイーグを見てるとね。それに努力をしてたのだって理解してる。でもドラゴンの血肉は、量によっては身体を作り変えるほどの変異を巻き起こすんだ。できれば治癒術師が傍にいて、安全を確保した時にやって欲しかった」

「まぁ、お前は医者だからそう言うよな」

「ケビン」

「わかってる、反省してる。でも非常事態だったってことも理解してくれよ」


 そう、非常事態だ。

 今まで四匹だったボーンウルフが今夜だけで八匹。一気に倍の数が押し寄せてきた。

 このペースで増えると、次は十六匹とか出てきても不思議じゃない。


「アンデッド……それもボーンウルフレベルの強敵が大量発生とか、考えたくないな」

「ああ、確実に何かあるな」

「そもそもボーンウルフって、取り付く悪霊が居ないと発生しないわよ。減るならともかく増えるってことは、現在進行形で悪霊が増え続けている?」

「でも確かに肉の腐ったような臭いはするのー。あいつらだけの臭いじゃないよ、これ」


 イーグの鼻にも『何か』が引っかかっているらしい。

 人目の無い今のうちに、わたしも角を肥大化させて広範囲に魔力探知を行ってみる。すると村の外れ、西側の森の中に巨大な何かの反応があった。


「リムル様、西の森に反応あり。結構でかい」

「西……たしか村人が巨大な影を見たと言うのがその辺りだったか」

「ん。これは気のせいじゃないっぽい」

「そうなってくると、クエイロさんが村の防備を固めたのは大正解だね。いや、今でも充分この護りは役に立ってるけど」

「話を聞いてみると、危機管理能力が高そうよね、あの人。こんな村の長にはもったいないわ」

「噂と地響きだけで、ここまでの柵を作ったのは確かに思い切った方針だったよな。おかげで楽に守りきれたけどよ。ボーンウルフ八体だぜ? この数が四方八方から襲い掛かってきてたら、いくらなんでも対応し切れなかったぜ」


 ケビンに言われてその状況を想像する。

 柵のない村、危機意識も無い村長。取り囲むように襲い来るボーンウルフ八体。

 わたしやイーグがいくら飛べるからと言って、守りに行けるのはひとり一か所。

 残り六か所のうち対応できるのはケビンとアミーさん、ご主人と村人が組んで精々二か所。残り半数は襲い放題になってしまう。

 奥さんや村の子供たちがその牙に掛けられてしまうのは、想像するだけで背筋が凍る。


「運が、良かった」


 ぶるぶる震えて、肩を抱くわたし。

 この森の中の小さな村は、わたしの故郷を髣髴とさせる。

 そんな村を守れてよかったと、今になって心の底から思うことができた。

 震えるわたしをご主人がそっと抱き寄せる。


「とにかく、今日のところは八体で済んだけど、今後も増えないとは限らない。早急に原因を確かめに行こう」

「わかったわ」

「まずは明日、影を見たと言う人に話を聞いて、それから西だな。後、お前らいい加減イチャつくのヤメロ」

「エイルが震えてるから、慰めてただけだろ!?」


 ご主人のツッコミで、少し空気がほぐれた気がした。

 うん、わたしはこの村、守るぞ!

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