第50話 聞込

 村長の家に招かれ、居間でお茶を出されている間に、事情をご主人が聞いておくことにした。

 ちなみに村長は今、身支度を整えているらしい。期待の新人冒険者を迎えるとなって、妙に張り切ってるっぽい。

 居間は多彩な装飾品が飾ってあるけど、派手な物は少なく、全体的な趣味は良い。

 木彫りの民芸品や組紐と言った素朴なものばかりが飾ってある。

 おそらくは村民たちの作った装飾品を誇らしげに展示してあるところに、彼の人柄が透けて見える。

 今わたしたちを待たせて支度を整えているのは、きっとケビンの来訪を聞いて、少しでも印象を良くしたいと思っての行動だろう。

 それより――


「さっき、何故わざわざケビンに嫌がらせしたの?」

「うん?」


 さっきのケビンへの嫌がらせ、本来なら必要は無いものだ。なのに無意味に煽るようにケビンを持ち上げて見せた。

 ご主人はお茶を口に運ぶ手を休めてこちらを見た。まるで想像してなかったと言わんばかりに。


「ああ、それねぇ。今回の事件、何か普通の出来事じゃないんだろう。何か特別ななにかが起きてるんだ」

「うん。なんか変だもん」

「なら、その何かを聞き出さなきゃならない。だとすれば、少しでも良い立場を示しておいた方がいい。だから前もってケビンを前面に押し立てて優位な立場を築いておいたわけさ」


 知名度の高いケビンを押し立てて、後の聞き込みを楽にしようと考えたということか。


「少なくともこれで、村長は進んで話をしてくれるよ。慌てて身支度を整えるくらいだからね」

「話くらい聞いてくれると思う。この部屋を見たら」


 部屋の中を見回してみても、高価な品は全く存在しない。村人のために身を削り、招いた客を少しでも和ませる為に工夫を凝らした装飾の数々。

 きっと人の良い性格をしているんだろう。


「それ、意外だなぁ」

「なにが?」


 お茶をテーブルの上に戻して、わたしの方をピッっと指差す。

 その表情には、なんだか満足そうな笑顔が浮かんでいる。


「その疑問が、さ。以前のエイルだったら、そんな風に疑問を持ったりしなかったんじゃない? ボクの言うことなら、何でもハイハイってさ」

「そうかな?」

「そうだよ」


 そうだろうか? 確かに以前は自分のことだけで手一杯で、他はご主人に任せっぱなしだったかもしれない。

 少し考え込んだ所で、居間のドアが開いた。

 入ってきたのは、ほっそりした体格の禿げ上がった中年の男性。

 村長というと、禿でデブなオッサンとか、腰の曲がった老人のイメージがあったんだけど、彼はいかにも苦労性な中年という外見だった。


「お待たせして申し訳ない。いや、あの『災獣殺し』のケビン殿がお越しになるとは思いもよらず」

「いえ、こちらこそ急に押し掛け申し訳ありません」

「えーと、あなたは?」


 わたしたちの中で男性はご主人とケビンの二人だけ。そしてご主人は明らかに戦士向きじゃない華奢な身体をしている。

 逆にケビンはガッチリとして大人顔負けの体型なので、一目で『どちらが英雄か?』はわかっただろう。

 それなのに、自分に真っ先に話し掛けてきたのは少年の方なのだから、訝しむのも無理は無い。


「これは失礼。わたしはケビン殿の従者でリムルと申します。御覧の通り口先しか能が無い未熟者ですが、こうした場で役に立つとケビン殿に取り立ててもらっております」

「はぁ、これはご丁寧に。私はこの村の長をしております、クエイロと申します。この度は遠路遥々、よくおいでくださいました」

「はい、早速ですが」

「ええ、そうですな。あ、お茶が冷めてしまいましたか、すぐ代わりをお持ちさせましょう」


 ご主人のカップが空になっているのを見て、すぐさまお代わりを指示する当たり、気が利くと言うより心配性なのか?

 それとも、話し難いことでもあるのだろうか。


「いえ、それよりもボーンウルフのことですが?」

「ええ、この件はこちらも非常に困っておりまして。怪我人も出ておりますし、出来るなら早急に駆除していただきたく」

「ボーンウルフは単体で現れることはほとんどありませんよね、依頼では四体と?」

「え、はい。私共が見た限りでは、四体は確実に」

「前もって聞いていましたが、多いですね……」


 改めて聞くと、やはり多い。いくら複数現れるのが常のアンデッドとは言え――


「それ程のアンデッドが現れるとなると只事ただごとではないですよ?」

「ええ、驚いております。心当たりは……無いわけでは無いのですが」

「というと?」


 クエイロ氏はそこで少し視線を泳がせる。話して良い事柄かどうか、思案しているのだろう。

 その様子を見てご主人は追い打ちを掛ける。


「正直にお願いします。隠し事はケビン殿の命に関わる場合すらあります。彼ほどの人材が損なわれたとあっては、ギルド側も黙っていないでしょう……今後にも支障をきたしかねません」


 ケビンが倒された、もしくは怪我を負ったとなれば、次に依頼を受ける者たちは間違いなく二の足を踏む。

 『災獣殺しですら敗北した依頼』となれば、それこそ他の英雄クラスでないと引き受けないだろう。

 そしてそんな人材がそこらにいるわけも無いので、その間村はボーンウルフに襲撃され続けることになってしまう。

 もちろん、この村の様子では耐え切れるはずも無い。おそらくは数日と持たず滅んでしまう。


「そんな! ……いや、確かに仰る通りです」


 そこで彼はお茶を口にしてから、こちらに視線をやる。

 英雄の付き人にしては、あからさまにか弱い女性たち。半数以上は子供だ。


「前もって話しておきますが、私共としては確かに依頼を受けてもらいたい。ですが無理と判断されたら、ぜひ断ってください。お若い命を危険に晒されるのは、こちらとしても忍びない」

「それ程の危険があるというのですか?」

「……はい。ひと月ほど前でしょうか。村の外れの森の中に巨大な影を見たと言うものが現れました」

「巨大な……?」

「ええ。話によると頭が大樹よりも上にあったと言うのですから、相当なものでしょう。おそらくは二十メートルを超えるかと」


 大きさとしては元のイーグくらいかな? それでも大概大きいんだけど。


「最初は私も話を信じなかったのですが……」

「確かに、『いきなり巨大な影を見た』と言われても信じ無いでしょうね」

「はい。ですが、地を揺るがす程の足音が響いてくるとなれば、話は別です」

「足音が響くほど、村の傍まで近づいて来たのですか?」

「そうです。ですがその段階では、何も被害らしきものはなかったのです。ですがしばらくして……五日ほど前でしょうか。突然ボーンウルフが村を襲撃して来たのです」

「よく耐えられましたね」


 こんな小さな村がボーンウルフ四体の襲撃を耐えられたこと自体、奇跡に近い。

 クエイロ氏はタオルで額の汗を拭いながら、身震いしている。


「今考えても、本当に奇跡のようでした。巨大な何かに備え、堀を掘り、柵を拵えていたのが功を奏したのです」

「なるほど。未知の危険に備えていたからこそ、ですね。ご英断です」

「いえいえ、そんな……とにかく実害が出た、しかも手に負えないとあってはどうしようもありません。すぐさまギルドの方に連絡を入れ、討伐の依頼を立てていただいたのです」


 五日前にボーンウルフ。翌日に依頼を出し、二日後に王都に連絡が届き、依頼が出る。わたしたちが引き受けてさらに二日。

 ほぼ最短でこの村に到着したことになる。


「だけど、五日の間に再襲撃は無かったのですか? こう言っちゃなんですが、次来たら危なかったでしょう」

「ええ……二日前に一度襲撃がありましたが、幸いな事に、この村には元冒険者が一人いまして」

「へぇ? 元冒険者がいるのに依頼を出したのですか?」


 元冒険者がいるのに、依頼を出したと言うの?

 ご主人も、わたしの疑問と同じ感想を持ったようだ。


「あ、いや! 気を悪くしないで頂きたい。彼らは冒険者と言うか……大したランクではなかった上に、奴隷として扱われていたらしく、本格的な冒険などはしたことがなかったそうなんです」

「奴隷……」


 その一言にご主人は眉を顰めた。

 冒険者の奴隷。それは使い捨ての肉壁を指す場合が多い。

 元冒険者の村人とやらも、そうした経験を積んで使い物にならなくなり、それでも運よく命を拾ったから、この村に生きて辿り着けたのだろう。


「いえ、彼らはそれ程酷い扱いは受けなかったようですよ。戦闘も精々ゴブリンの相手程度だったらしいので」


 ゴブリンと言う魔獣は大陸全土に生息し、繁殖力が強く、成長も早い。

 だがその戦闘力は限りなく低く、そこらの村人でも普通に打ち倒せるほどの強さでしかない。

 まるでゴキブリの様に増え、そして駆除されていく。だからこそ絶滅に至ることも無く、逆に脅威になる事も少ない。そんなモンスターだ。

 低ランクとは言え、武装した冒険者の奴隷なら問題なく勝利することができただろう。


「一度、話を聞いておいた方がいいかもしれませんね。大丈夫ですか?」

「ええ、連絡を入れておきましょう」

「ボーンウルフはアンデッドです。もちろん活動時間は夜が多い。今からでは話を聞いているうちに襲撃があるかもしれませんので、明日の朝に伺うと言うことで」

「おそらく大丈夫でしょう。基本、人の良い性格ですから」


 夕方に村に入り、お茶を嗜み、村長の話を聞く。この段階ですでに日は大きく傾いている。

 暗くなれば、いつ襲撃が起きるかわからないから、準備はしておいた方がいいだろう。


「ボクたちも今日は村の警戒に当たります。地図か何かあれば見せてもらえませんか?」

「はい。なにぶん村人の手のによる物ですので、少々雑ではありますが……」

「充分です」


 クエイロ氏は戸棚の引き出しから一枚の紙を取り出し、ご主人に渡す。

 結構新しい紙のようだけど、使いこんでいるのか端々が破れてたりする。


「お預かりしても?」

「構いません。予備もありますので」

「では、ボクたちは軽く仮眠を取りますので、宿泊施設に案内してもらえますか?」

「ああ、よろしければうちに泊まっていってはくれませんか?」


 泊まる、と言っても夜は周辺の警戒に出歩くだろうから、仮眠を取るだけなんだけど。

 後、夕食かな。できれば美味しいご飯が食べたい。保存食ではなく。


「妻も腕の振るい甲斐があるでしょう。それにこの家は村の中心近い場所にあります。どこに敵が現れても、すぐに駆けつけることが出来ますよ」

「いいんですか? その、うちのメンバーはかなり騒々しいですし、遠慮会釈なく、容赦なく、際限なく大量に食いますよ?」


 チラリとわたしを流し見る。ちょっと意味深過ぎやしませんかねぇ、その視線は。


「リムル様、そこで何故わたしを見る?」

「たくさん食べるだろう?」

「そりゃ食べるけど……」

「はは、構いませんよ。賑やかなのはむしろ大歓迎です。こんな森の奥の村ですから。それにこの一件でどうにも気分が沈みこんでますから、逆にありがたいくらいですよ」

「そう言っていただけると、気が休まります」


 クエイロ氏はそこで顔を引き締めて、改めて問い返す。


「という事は、ボーンウルフ退治は引き受けてもらえるのですな」

「ええ、とりあえずそれに関しては問題ありません。巨大な影の方に関しては……調査次第になりますが」

「充分です。被害を出しているのはボーンウルフの方ですからな。それでは、よろしくお願いしますぞ」

「任せてください」


 彼の差し出した手をご主人がしっかりと握り返す。

 そして、ふと思い出したように苦笑した。


「いや、お若く見えたので、正直心配だったのですが……話してみると、とてもしっかりしていらっしゃる。さすが話題の英雄様の従者殿だ」

「お褒めに預かり光栄です。むしろケビン殿はこう言った交渉は苦手な方でして」

「ははは、さすがの『災獣殺し』も万能ではなかったですか」

「ま、そういうことです」

「ねーねー、ボスぅ。ここってお風呂ある?」


 そこでイーグが声を掛けてきた。

 というか……君、居たのか。

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