After5 実力
「カイエ、あんたねえ……さっきのは完全に、自分からフラグを立てに行ったわよね?」
アリスだけではなく、アイシャを含めた七人がジト目で見ているが――
「いや、そんなんじゃないって。俺はオリビエと腹を割って話をしただけだよ」
カイエは本気でそう思っている……フラグが立つのは承知の上だが、そっちが目的じゃないという意味で。
「まあ……あんたに何を言っても、無駄なのは解っているけどね」
「悪いな、アリス。今夜、埋め合わせをするからさ」
カイエの言葉にアリスは顔を顰めるが、仕方ないわねという感じで引き下がる。アイシャ以外の五人も『当然、私たちにもでしょ?』と視線を向けて来るので。カイエは苦笑すると、無言で頷いた。
フラグの効果なのかは解らないが、オリビエの剣幕は収まり。今は部下と一緒に黙ってテーブルに付いている。
カイエたち七人……一人で酒を飲み始めたアリス以外は、さっそく料理を始める。
百キロを優に超える魚を、カイエが空中に浮かべて魔法で捌く。脂の乗った赤い切り身の三分の二を、調理用にエストたちに渡すと。残りの三分の一で、カイエがカルパッチョと炙りを作る。
「おまえらは生魚が苦手なら、無理して食べる必要はないからな。エストたちが火を通した料理も作っているからさ」
給仕を申し出たオリビエの部下に、カイエは皿を渡しながら言う。瞬く間に出来上がった料理に、兵士たちは唖然としていたが。とりあえず皿を受けって、オリビエが待つテープへと持っていく。
コーネリア帝国に生魚を食べる習慣はないようで、オリビエは初め切り身を睨んでいた。ローズたちが美味しそうに食べているのを見て、意を決して口に運ぶと――味が気に入ったのか、黙々と貪り始めた。
「カイエの料理が食べられるなんて、嬉しいわ……はい、あーん!」
「エストが作ったのも、やっぱり美味しいよね……カイエ、あーん!」
当然のように始まる『あーん』合戦に、兵士たちはオリビエがまた爆発しないかと冷や冷やするが――オリビエは憮然とした顔で一瞥しただけで、騒ぎを起こす事もなく。二色の空気に分かれたまま昼食は終わった。
午後。今度はエマやローズたちが、代わる代わるカイエと一緒にボードに乗って――ロザリーとアイシャもその中に加わった。
アリスは相変わらず、パラソルの下でカクテルを楽しんでいたが。他の六人はカイエを巻き込んでプールと海を堪能する。
オリビエは軍服姿のままだが――空気が変わった気がするのは気のせいだろうか?
※ ※ ※ ※
夕食は肉料理中心で。毎回だが料理の旨さに、兵士たちは驚きと喜びを隠すのに苦労していた。
デザートまで終わって、オリビエたちに食後の酒をふるまうと――昨夜もそうだったのだが『あとは適当にやってくれと』言って、後片付けを終えたカイエたちは早々に部屋を出で行く。
カイエたちの事だから、風呂場や寝室でイチャイチャするに決まっているとオリビエは思っていた。寝室と浴室はカイエたちのプライベートスペースと来客用は離れており。オリビエたちのところまで声や音が聞こえて来る事もなく――
しかし、今回は立去り際にカイエが振り向いて。
「なあ、オリビエ。暇そうだな……おまえも、ちょっと付き合うか?」
「な……何をふざけた事を!」
オリビエは思わずテーブルを叩いて立ち上がる――怒りが理由なのか、何故か顔が真っ赤だった。
「なあ、おまえ……何か勘違いしてるだろ? 俺たちは鍛錬と模擬戦をしに行くんだけど?」
カイエの意地の悪い笑みに、オリビエはさらに顔を赤くして肩を震わせて……ローズたたちは再びカイエをジト目で見ていた。
かしましく会話を続ける美少女たち――広い船だから、バカンス気分を壊さないためにオリビエたちに専用スペースを与える事も出来るが。カイエは寝室と浴室以外、彼らと一緒に過ごすようにしていた。
「カイエ様は……何を企んでいますの?」
オリビエに文句も言わず、ずっと黙っていたロザリーが訝しげな顔をする。黙っていたのはカイエに言われた訳ではなく、ロザリーがカイエの思惑を推し量った結果だが……オリビエの態度に納得している訳ではない。
※ ※ ※ ※
空間拡張された
カイエたちが模擬戦を始めると、広さの事など一瞬で意識から消える。超高速と瞬間移動を繰り返す空中戦と、無詠唱で連発される
まさに神話として語られるような模擬戦を、兵士たちは目の前で見て――念の為にカイエの結界で守られてはいるが。恐怖心に血の気を失い、立っているだけでも必死だった。
そして、オリビエはというと――カイエたちの動きすら捉えられない事に、愕然としていた。
「何だよ、オリビエ……自信喪失って顔だな」
カイエがアイシャを連れて、オリビエたちのところにやって来る。アイシャもクリスとアーウィンから剣の手ほどきを受けているが、当然ながら模擬戦に加われる筈もなく。それでも良い機会だからと、カイエたちが代わる代わる戦い方を教えていた。
「カイエ・ラクシエル、貴様たちは……」
オリビエの言葉が途切れる――サルビア公国の砦で、オリビエはカイエたちの力の一端を見てはいたが。彼らの実力はオリビエの想像の遙か上を超えていた。オリビエは帝国有数の実力者とはいえ、
「追い打ちを掛けるようで悪いけどさ……ギャスレイ・バクストンは、おまえよりも強いからな」
「な……何だと!」
カイエの言葉に、オリビエは我に返り――怒りの炎を燃え上がらせる。
「俺はギャスレイとも戦ったからな、奴の実力なら解ってるよ。今のおまえなら、十中八九返り討ちに合うな」
「ラクシエル閣下、その言葉は余りにも……」
「グレッグ、黙れ!」
主の剣幕に兵士が割って入ろうとするのを、オリビエ自身が止める。
「カイエ・ラクシエル、貴様……貴殿なら、私にギャスレイを殺すだけの力を与えられるという事か?」
「まあ、鍛えてやっても良いよ……実力がどこまで伸びるかは、おまえ次第だけどな」
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