After4 それぞれの想い


 涙目のアイシャと、汗だくで憮然としているオリビエ。カイエはアイシャの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でると――


「それじゃ、昼飯にするか……エスト、今日は俺も支度を手伝うからさ。オリビエたちも一緒に来いよ」


「ああ、お願いするよ。カイエ、さっきの獲物・・・・・・を捌くんだろう?」


「だったら、私も手伝うわよ」


 船室へと歩いていくカイエに、エストとローズが当然という感じで腕を絡める。


「あー! また二人だけ、ズルいよ! 私も手伝うからね……アイシャも、一緒にやるよね?」


 エマは後ろからカイエに抱きついて、笑顔で振り向く。


「はい、エミーお姉様……でも、私はお料理にあまり自信がないですけど」


「大丈夫だよ。私が教えてあげるから!」


 エマの気遣いは嬉しいが、アイシャが気後れしていると――細くて白い指が、アイシャの手を掴む。


「アイシャは料理を台無しにしないように、せいぜい気を付けるんですの……失敗しそうになったら、ロザリーちゃんがフォローしてあげるかしら」


 いつの間にか元の姿に戻っていたロザリーのツンデレに――アイシャは目を丸くする。


「ロザリー……」


「さっきは大人げなかったですの……でも、勘違いしないで欲しいかしら。ロザリーちゃんはカイエ様……カ、カイエの愛人なんだから。アイシャの事なんて何とも思ってないのよ!」


 同じ妹ポジションとして、ロザリーには対抗心とともに、アイシャを応援したい気持ちもあるのだ。


 カイエの五人目の奥さんになる――その想いを新たにしたロザリーは、同じ想いを秘かに抱く少女に、不器用に手を差し伸べる。


「ホント、ロザリーは素直じゃないよね……だけど、僕だって負けないからね!」


 カイエの奥さんになりたいのはメリッサも同じで――もう誰にも遠慮なんかしないで、ローズたちと肩を並べるんだと気合を入れる。


「フン! メリッサなんて、ロザリーちゃんは眼中にないのよ!」


「へえー……言うじゃないか。だったら、僕の方が先にカイエの奥さんになってみせるよ」


 ロザリーとメリッサの視線がバチバチと火花を散らす。


 そんな二人を、アイシャは羨ましそうに眺めながら。いつかは自分もと……シルベーヌ子爵家の次期当主としての責務と、自分の実力を考えれば。決して叶わないと理解しながらも、想いを懐かずにはいられなかった。


「アイシャ、あんたは難しく考え過ぎよ……あいつの事を本気で想うなら。駄目な理由を言い訳にしないで、徹底的に悪足掻わるあがきすれば良いのよ」


 アリスが悪戯いたずらっぽく微笑む。


「ロザリー、メリッサ……あんたたちも頑張りなさいよ。勿論、女としてね……カイエを篭絡するのは一筋縄じゃ行かないけど、私も応援するから」


 長女ポジションのアリスは、勇者パーティーの四人だけじゃなくて。ロザリーとメリッサとも……カイエの事を本気で思っていると認めた仲間たちと、幸せを分かち合いたいと本気で思っていた。


「「「アリス(さん)……」」」


 それはローズもエストもエマも同じで……カイエと一緒に船室へと向かう三人は振り向いて、こちらに優しげな眼差しを向けている。


 こんな感じで、カイエを中心に七人の女が恋愛模様を繰り広げる傍らで。散々色恋沙汰を見せつけられたオリビエは――キレた。


「何なんだ、貴様らは……良い加減にしろ!」


 剣の柄に手を伸ばすオリビエを、部下たちが必死に止める。


「オ、オリビエ殿下……どうか、落ち着いてください!」


 サルビア公国の戦場に突然現われて、帝国軍を一瞬で制圧した後に。いきなりイチャつき始めて……


 帝都オルトワでオリビエの父、皇帝エドバン・コーネリアに会ったときも。出航の準備をしている間も、港を出てからの二日間も……カイエたちは四六時中、事あるごとに密着した。


 人目など一切気にしないカイエたちにとって、大切な相手と触れ合うのは自然な行動なのだが――


 今は亡き兄ジャンの背中を追って、軍人としての道を突き進んで来た恋愛経験ゼロのオリビエ・コーネリア二十五歳は、苛立つばかりだった。


 客観的に見て、オリビエは顔立ちの整った美人であり。鍛え上げられた身体もスタイルが良くて、男たちの視線を集めるのには十分なのだが……


 第二皇女でありながら、帝国重装騎兵団を従える生粋の軍人である事と、鋭い眼光のせいで――オリビエを誘う勇気のある男など、これまで現われなかった。


 身体を張ってオリビエを止める部下たち――彼らは戦場でカイエたちの圧倒的な実力を思い知らされた上に、皇帝であるエドバン・コーネリアが正式に謝罪したのだ。


 ここでオリビエが再び暴走しても、結果は目に見えているだけではなく……皇帝エドバンは、オリビエを断罪せざるを得ないだろう。


「何やってんるだよ、おまえら……早く来いって」


 そんなオリビエを煽るように、カイエはわざわざ戻って来る。


「ラクシエル閣下……」


 部下たちは非難の視線を向ける。


「おい、勘違いするなって。オリビエが暴れても、俺はエドバンに告げ口する気なんてないよ。ここは船の上だからさ……おまえたちさえ黙っていれば、他の奴に知られる事はないだろ」


 言葉の意図を図りかねて、部下たちが警戒していると――六人掛かりで押さえ付けているオリビエへと、カイエは距離を詰める。


「なあ、オリビエ。おまえがムカついたのは、馬鹿にされたと思ったからだろ? だけどさ、俺たちは馬鹿になんてしてないよ……俺にとってローズたちは、世界中の他の全てよりも大切な存在なんだよ。だから、他の奴らの目なんて気にするつもりはないだけだ」


 カイエの堂々たる惚気っぷりに、オリビエは思わず気圧されてしまう。漆黒の瞳は、ローズたちのためなら世界中を敵に回しても構わないと告げていた。


 このとき――ローズたちはカイエに抱きつきたい衝動に駆られていたが。収拾がつかなくなると解っていたから、苦汁の思いで我慢する。


「ふ、ふざけるな……貴様は魔神の力で、無理矢理に我を通しているだけの話だろう!」

「ああ。皇女の立場を利用して暴走したおまえに、言われたくないけどな……」


 カイエはオリビエの顔を覗き込むように、息が掛かる距離まで近づくと――淡褐色ヘーゼルの瞳を真っすぐに見つめる。


「『混沌の魔神』だって事も含めて、俺は俺だからな。自分の力でやりたいようにやって、何が悪いんだよ……なあ、オリビエ。おまえも部下なんて巻き込まないで、自分で責任を取るなら好きにやれよ」


 傍若無人な台詞を吐くカイエから――オリビエはどういう訳か、目を逸らす事が出来なかった。


「ギャスレイ・バクストンのところには、必ず連れて行ってやるからさ。あとは、おまえが自分だけで始末・・をつけろよ。個人的な復讐を俺は止める気はないし、復讐の連鎖になっても、それを背負う覚悟があるなら俺は構わないと思うよ……勿論、おまえが俺たちの敵になるなら、徹底的に叩き潰すけどさ」


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