第336話 それから


 『冥府の神の化身』ヴォルフガルド・シュテッツェハーゲンだった存在は――黒髪の地味な男の姿になった。


 神の化身や魔神のように圧倒的な力を感じさせるのではなく。どこにでもいる普通の人族のようにしか見えないが……それは紛れもなく『世界を創り出した者』の姿だった。


 『世界を創り出した者』たちは個々に力を持っている訳ではなく、魔力の強さで言えば魔族どころか人族以下だ。しかし、彼らは魔道技術マナテクノロジーによって、強大な力を手に入れた――二つの世界を創り出せるほどの力を。


「ふーん……やっぱり『調停者・・・』か。だけどさ、おまえたちが『世界を創り出した奴ら』の姿を真似るのは、どういう意味があるんだよ?」


 カイエは面白くなさそうな顔で男を見る――姿を変えても、目の前の男は『冥府の神の化身』の力を持っており。『世界を創り出した者』たちとは全く別の存在だった。


「そうだ。確かに我々は『創造主』ではないが……『創造主』の意志に従っている」


 無表情な男は淡々と語る――自分自身の意志など不要だと言うように。


「まあ、その話はいいや……そんな事より、おまえたち・・は、ロザリオ・カーミルが『闇の魔神』を支配した件にどこまで関わっている? ロザリオに悪巧みをさせたのは……おまえたちの仕業なのか?」


 おまえたちが仕掛人なら俺は許さないと、カイエの漆黒の瞳が冷徹な光を帯びるが。男は一切動じることなく、淡々と続けた。


「ロザリオ・カーミルの行った事に、我々・・は一切関わっていない。その男は自らの意志で、自らの力でヴォルフガルド・シュテッツェハーゲンを支配して『闇の魔神』に成り代わった」


 ロザリオ・カーミルは魔法に関する天賦の才を持ち――僅か十八歳にして偽神デミフィーンドの魂の欠片を取り込んで、人外の存在となった。


 しかし、ロザリオの魔法に対する欲望は、それだけでは飽き足らず。世界に君臨する神の化身と魔神の境地を、いや、それ以上のモノを求めた。


 かつて、人族と魔族の混じり者ハーフに過ぎなかったカイエ・ラクシエルは『混沌の魔神』の力を手に入れて、神の化身と魔神たちを滅ぼした――ロザリオは自分ならば同じ事が出来ると考えて。そして、『闇の魔神』ヴォルフガルド・シュテッツェハーゲンを支配する事に成功した。


 ロザリオがどうやって『闇の魔神』を支配したのか――カイエにはその方法が解っている。自らの意志を持ったままの魔神を支配する事は、理論上は決して不可能ではないが。成功する可能性は限りなくゼロに等しい。


 それを成し遂げたロザリオは、人族という枠を遥かに超えた特別な才能を持っていたと言える……本当に本人だけで成し得たというのならば。


「ホントかよ……俺でも出来る事・・・・・・・を全否定する気はないけどさ。ロザリオは世界を構成する原理まで辿り着いた訳じゃないのに。自分で方法を導き出したとでも言うのか?」


 『調停者』たち・・は決して認めないだろうが、彼らが一切関わっていないというのは嘘だ。


 『調停者』はロザリオ・カーミルを殺した。ロザリオが失態を犯し、自分たちの領域にカイエを招き入れてしまったからだ。


 彼らは自分たちの害にならない限り、決して自ら手を下したりはしないが。世界を変えようとする意志には干渉する。そして、『創造主』が定めたルールの中に収まっている間は後押しするが……ルールを逸脱する事は決して許さない。


 千年前に『調停者』から干渉を受けたときに、カイエはその可能性に気づいて拒絶した。しかし、ロザリオは気づかずに受け入れたという事だろう。


「それで……おまえたち・・・・・は、俺を始末するつもりか?」


 『認識阻害』で姿を隠しているが、カイエには解った。ここには神の化身や魔神を超える魔力が複数存在している。『認識阻害』も魔法なのだから、その原理さえ理解すれば対抗策ある。


「いや……カイエ・ラクシエル。貴様が『創造主』の意志に逆らうつもりがない事は解っている。だから、始末するつもりはない……今のところはな」


「ああ、そうだな……おまえたちの方から、喧嘩を売って来ない限りはね」


 ロザリオを後押しした事で、カイエに喧嘩を売ったとも言えるが――そこにカイエを殺そうという意志はない。彼らは『世界を変えようとする意志』を後押しして、観察していただけだ。


「だったら、俺は帰るよ……おまえたちになんて、二度と会いたくなかったけどな」


「我々は……貴様が世界を変える事を期待している。貴様が求めるのならば、助言もしてやろう」


「そんなの要らないって。俺たちは自分で考えて、やりたいと思う事をやるだけだ。結果として、おまえたちと敵対する事になったら……そのときは、徹底的に相手をしてやるよ」


 カイエは不敵に笑うと――


「ああ、そうだ。もう一つだけ、おまえたちに確認したい事があるんだけどさ……」


 暫くの間、カイエは『調停者』と話をした後。転移魔法を発動して、ローズたちの元に戻った。


※ ※ ※ ※


「俺に復讐したいなら、いつでも来いよ……歓迎なんてしないけどさ」


 ダルジオとゼガン、ボルドの精神支配を解除すると――カイエたちはダルジオの居城を後にした。


 精神支配が解けた三人の人外はカイエを睨んでいたが、再び襲い掛かって来る事はなかった。今の状態でカイエを殺せる筈がないと解っているからだろう。


 それから、カイエは宣言した通りに、全ての神の化身と魔神に会いに行った。ロザリオ・カーミルが原因で始めた事だが、『獄炎の魔神』グラハド・ライオニルを殺した事はすでに伝わっており。神の化身と魔神たちの思惑を探り、牽制する事が目的だった。


 一通り、人外たちとの再会を済ませると。カイエは再び『世界を創り出した者』たちの遺跡を訪れた。その目的は――二つの世界の時間を同期させる事だ。


 カイエは二つの世界にこれからも関わっていくつもりだから。世界を行き来するには、時間の速さが同じ方が都合が良い。


 時間の同期を可能にする装置が遺跡にある事を、カイエは知っていた。この遺跡は『世界の果て』と同じ目的で創られたからだ。


 しかし、二つの世界の時間を同期する事が『創造主』の意志に逆らう行為だとしたら、面倒な事になるので。カイエは『調停者』に会ったときに直接確認したのだ。


 そして、カイエは――装置を起動した。


※ ※ ※ ※


「ねえ、カイエ……今度はいつ、向こうの世界に行くの?」


 黒鉄くろがねの塔のダイニングキッチンで――カイエたちは、いつものように夕食を食べていた。


 今、カイエたちがいるのは、チザンティン帝国の東部にあるウグベスタ地方だ。


 こっちの世界で、人族と魔族の無意味な争いを終わらせるために。カイエたちは今も世界中を飛び回っていた。


 チザンティン帝国における魔族差別は、表面的にはなくなったが。二つの種族の溝は深く、本当の意味で共存するまでの道のりは長い。他にも世界の至る所で、種族同士の争いは続いているから。カイエたちがやることは、まだまだ沢山ある。


「そうだな……来週、俺はディスティとヴェロニカのところに行くつもりだけど。ローズ、おまえも一緒に来るか?」


「うん。そんなに長くは居られないけど、ディスティたちに会いたいから」


「カイエ、だったら私も行きたい! ていうか……こっちの世界に、ディスティたちを連れて来ても良いよね?」


 当然のようにカイエに密着して、『あーん』を繰り返す濃密なピンク色の空間。


「いや、魔神がこちらの世界に来るとなると……他の魔神や神の化身が黙っていないんじゃないか?」


「そんなの……カイエが黙らせれば良いじゃない。ねえ、カイエ……あんたなら、出来るでしょ?」


「アリスさん、それはさすがに無茶ぶりですの!」


「そうかな? 僕はカイエならやりそうな気がするけど」


「メリッサは……余計な事は言わないで欲しいのよ!」


 向こうの世界でも、放漫な神の化身や魔神たちが小競り合いを起こしたり。好き勝手な理屈を振り回しているが。彼らが無関係な人族や魔族を巻き込むのなら、カイエは放置するつもりなどなかった。


 ローズ、エスト、アリス、エマ――四人が前後左右からカイエに抱きつき、ロザリーとメリッサが寄り添う。これはいつも通りの光景で……今後、六人が一緒に抱きつくようになったり、人数が増える可能性も十分にあるが。


 カイエにとって一番大切なのは彼女たちで、二番目がその他の知り合い。世界は三番目……この優先順位は絶対に変わらない。


「まあ……俺がどうにでもするからさ」


 だけど……世界の事も、カイエは出来る限りは守ろうと思う。


--------------------------------------


最終話まで読んで頂きまして、ありがとうございました。

とりあえず、完結するまでは書きたかったので、個人的には満足しています。

お気楽な追加エピソードを書くかも知れませんが……そのときは、よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る