第317話 翌日


 『黒鉄くろがねの塔』には沢山の部屋があり、『暁の光』のメンバー全員分の個室を用意できるが――


 宿屋でも同じ部屋で寝ている訳だし、本音を言えばカイエの塔で一人で寝るのは落ち着かないという理由から、アランたちは男部屋と女部屋の二部屋を使わせて貰う事にした。


 ちなみに、カイエたち七人にはそれぞれ個別の部屋があるのだが。誰がどの部屋で寝るのかは別の話だ。


 夜の間に、カイエたちがギルとノーラの秘密を共有したのかは解らないが……


 朝食のために全員がダイニングキッチンに集まったとき、二人の態度が昨日までと違っていたので、誰が見てもバレバレだった。


 チラチラとノーラを見るギルと、ふとしたときにギルを見つめてしまうノーラ。目が合うと、お互いが慌てて目を逸らす。


『えっと……なんか、すごく可愛らしいんだけど!』


『駄目よ、エマ……絶対に揶揄からかわないでね!』


『私は何だか、昔の自分を思い出すよ』


『そうね……エストも相当初心うぶだったから』


 お砂糖たっぷりの二人に、小声で囁き合いながらニマニマする勇者パーティーの四人――四人全員がカイエの事を好きになってしまったから、考えてみれば、人の恋バナに関わる機会なんて無かったのだ。


『ロザリーちゃんとしては……どうでも良いかしら』


『僕も……他人の色恋には興味がないな』


 ロザリーとメリッサは、カイエに絶賛アピール中な訳で……もとい、ロザリーとしては、カイエとそういう・・・・関係になりたいかは微妙な話だった。


 ロザリーにとって、カイエは掛け替えのない存在だが――ローズたちの事だって、ほとんど変わらないくらい大切なのだ。


 ロザリーだってカイエに選ばれたいが、カイエとローズたちの関係に割って入りたいと望んでいない。大切な彼らの傍にいられるなら……ずっと今のままで構わないと思う。


 不意に――誰かがロザリーの頭を撫でる。


 撫でていたのはカイエで、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「ロザリー……俺はおまえと出会えて良かったって、本気で思ってるからな」


 不意打ちの言葉に――ロザリーは自分の気持ちを隠すために俯く。


「カ、カイエ様は……ズルいですの」


「ああ、自覚してるよ……その上で、本気で想っている事を言ってるんだって」


 カイエが時折見せる物凄く優しい笑み――それが自分に向けられている事に気づいて、ロザリーは真っ赤になる。


 この瞬間――ロザリーは前言を撤回する。自分だって……カイエ様の一番大切な存在になりたい。


「ふーん……今日のカイエは、ロザリーに随分優しいのね?」


 ローズはジト目で見るが――だからと言って、ローズにとってもロザリーは大切な存在だから。ロザリーの邪魔をするつもりはない。


「何言ってんだよ、ローズ……ローズがロザリーを想ってるのと同じくらい、俺もロザリーの事を大切だって言っただけだからさ」


「それって……なんか告白みたいね? へえー……カイエはロザリーも奥さんにする覚悟を決めたって事?」


 揶揄からかうようなアリスの台詞に――ロザリーは期待を込めた顔でカイエを見るが。


「ロザリー、悪いな……そういう・・・・意味じゃなくてさ。でも、俺がロザリーに感謝してるのは本当だから」


「カイエ様……解ってますの。ロザリーちゃんに慌てる理由なんてありませんから、気長に待ちますの!」


 地下迷宮の主ダンジョンマスターのロザリー――永遠の時を生きる彼女の時間感覚は、定命の存在であるローズたちとは異なる。


「ところで……ロザリーには悪いが、話題を変えさせて貰う。カイエ、当面の課題はギルとノーラの事って訳ではないのだろう?」


 エストが囁く――カイエたちは思考を加速している上に、認識阻害を使用しているから。ここまでの会話は『暁の光』には聞こえていない。


「ああ……シャーロンの話だと、『深淵の使徒』が集まるのは明日って事だからな。暇なうちに、俺はもう一人の知り合いのところに行こうと思ってるけど」


 カイエの発言に空気が変わる――なんて事は一切なくて。


 朝食を済ませると、カイエたちは普通に・・・転移魔法で目的の場所に向かった。


※ ※ ※ ※


「カイエ・ラクシエル……貴様が我に何の用だ?」


 マクスレイ天樹国の首都ダートン――千年樹の木々の上に築かれ居城にて、『いばらの神の化身』リゼリア・アルテノスは、十二人連れで来たカイエに訝し気な視線を向ける。


 広間にはリゼリアの部下である『棘の使徒』たちがおり、突然魔法で現れたカイエたちを取り囲むが……


 カイエは結界を展開して、容赦なく彼らを締め出す。


「おまえたちは、大人しくしてろよ」


 リゼリアの命令に従ったとはいえ、『棘の使徒』たちは実験で殺した魔族たちを捕えたのだから。彼らにも責任を取らせる必要がある。だから、カイエ扱い方はぞんざいだった。


「もう良い……常識の通用しない者たちの相手は我がする!」


 実験で創り出した怪物モンスターを戦わせるゲーム――リゼリアはロザリーとの余興をそれなりに楽しんでいたが。カイエに結界に閉じ込められて、何度も生と死の狭間を彷徨った屈辱を、決して忘れた訳ではない。


 そして、カイエが連れて来た者たち中に、カイエと共に屈辱を味合わせたローズがいるのだ――リゼリアは金色の瞳で睨み付ける。


「リゼリア……そんなに警戒するなって。今日のところ・・・・・・は、一緒に連れて来ただけで。おまえに用があるのは俺だけだから」


 カイエはリゼリア前に進み出ると――自分とリゼリアだけを、新たに展開した結界と認識阻害で包み込む。


「何をする……カイエ・ラクシエル! まさか貴様は……」


「だから、リゼリア。勘違いするなって……俺はおまえのために密室を用意したんだからさ」


 リゼリアはブライトが高く、周りの目を気にするから――本音の話をするなら、二人きりが良いというのがカイエの判断だ。


「……我のためだと? 笑わせるな!」


 また何を掛けて来るのかと、リゼリアは身構えるが。カイエはリゼリアの両手首を掴んで、強引に引き寄せると……ニヤリと笑って顔を覗き込む。


「だから、慌てるなって……なあ、リゼリア。『暴食の魔神』イグレドが、『曇天の神の化身』アルベルトを襲った事を知っているか?」


 言葉や反応からリゼリアが何処まで知っているか探るために、カイエは揺さ振りを掛ける。


「イグレドがアルベルトをだと……」


 リゼリアは警戒心をさらに一段階上げながら――無意識のうちに、カイエの瞳の奥を覗き込んでしまう。


「奴らの国は……遠く離れておるだろう。わざわざ遠方の国まで……イグレドが使徒を送り込んだという事か?」


「いや、そうじゃなくてさ。イグレド自身がアルベルトの国を襲撃した上に、アルベルト本人まで襲ったんだよ」


 ここでフォローしておくが――カイエは決してリゼリアを口説いてる訳ではない。


 二人の距離が近いのは、リゼリア側の理由と……カイエがそれを利用しようとしているからだ。

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