第276話 危険な晩餐(1)

※すみません、修正したら文字数が増えてしまったので分割しました。

 

 その日の夕方――カイエとローズは約束通りに、黒鉄くろがねの馬車二号が停めてある場所まで、レイナたちを迎えに行った。


 ちなみに、黒鉄くろがねの馬車二号は地下迷宮ダンジョンの入口にほど近い森の中に隠してあったのだが。それなりに能力のある者なら発見できない事はないし、『ラウクレナの禁書庫』に挑むのは、高い能力を持つ者が多い。


 それでも、黒鉄くろがねの馬車二号が第三者によって荒らされる心配がないのは、カイエが仕掛けた自動発動する結界によって守られているからだ――『暁の光』のメンバーだけは『登録』してあるため、結界が排除する対象から除外される。


「みんな、待たせたな……それじゃ、夕飯を食べに行こうか」


「ちょっと、待……」


 レイナが言い終える前に、カイエは転移魔法を発動させる。そして転移した先は――ビアレス魔道国の首都ビクトリノの中心部。『暴風の魔神』であるディスティの居城の中だった。


「カイエ……今夜は、私と一緒に寝て欲しい」


 花をあしらった青いドレス姿のディスティが出迎えて、頬をピンク色に染める。十メートル近い高さの天井の広間のような部屋には、すでに晩餐の準備が整っていた。

 

「ねえ、ディスティ。今のは……どういう意味かな? 私はカイエを譲るなんて、言った覚えはないわよ」


 スキル『早着替え』でドレス姿になったローズが、神剣アルブレナを片手に近づいていくと――


「うん……ローズ、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに、俯くディスティ。ローズは満面の笑みを浮かべて――ディスティとじゃれ合いを始める。


「何だよ……てめえらは、相変わらず騒がしいな」


 すでにテーブルに付いているヴェロニカが、高アルコール度の蒸留酒を豪快に煽る――毒物が効かない魔神は、普通なら酒に酔うことはないが。意図的に耐性をキャンセルする事で、ヴェロニカは酩酊感を楽しんでいた……ちなみにヴェロニカは、いつも通りの完全武装だ。


「なあ、カイエ。メシの後……俺と一戦どうだよ?」


「ああ、別に良いけどさ。だけど戦う前に、その酔いをどうにかしろよな」


 カイエの言葉に――ヴェロニカは何故か憮然sする。


「カイエ、てめえな……俺が言っている意味が解ってないだろ? 俺が一戦って言ったのは……剣を交えるって事じゃなくて……」


 余程酒に酔ったのか、ヴェロニカは真っ赤になるが――


「ヴェロニカ……今の発言、私が許すと思ってる?」


「うん……ヴェロニカの癖に生意気……」


「お……おい、ちょっと待てよ!」


 ローズとディスティに両肩を掴まれて、ヴェロニカは引きずられて行く。


 そんな風に二人の魔神とローズが、冗談のようにじゃれ合う空間の片隅で――『暁の光』のメンバーたちは、呆気に取られていた。


「なんで……『暴風の魔神』の城で飯を食べるんだ?」


「ハハハ……カイエのやる事だから、仕方ないよね」


 ほとんど口癖のようになっているトールの台詞。アランは顔に手を当てて、高い手天井を見上げる。


「そんな事よりも……アレ・・の方が、私には信じられないわよ」


 レイナの視線の先で――ローズ、ディスティ、ヴェロニカの三人が本気で戦っていた。


 いつの間にか再び白銀の鎧を纏っているローズと、戦闘用にドレスの形状を変化させたディスティ。当然ながら、カイエは空間拡張と広域認識阻害と、そして被害がこっちに及ばないに多重結界まで発動している。


「さすがは……カイエの奥さんって事かよ。ローズさんも……マジでハンパねえな!」


 二対一ながら、『鮮血の魔神』ヴェロニカと無傷で渡り合っているローズ。その動きは――ギルの目で追えるようなレベルでは無い。


「何だよ、おまえら……突っ立ってないで、早く座ってメシにしないか」


 争いの原因である筈のカイエは、完全に他人事で。アランたちを誘ってテーブルに着くと、勝手に食事を始める。


「ねえ、カイエ……止めなくて良いの? さすがに魔神が相手だと、ローズだって無事じゃ済まないんじゃない?」


 心配そうな顔をするレイナに、カイエは面白がるように笑う。


「まあ……俺はもう慣れたよ。レイナも心配する事ないって。本当にヤバくなったら……俺が止めるからさ」


 そうはならないとカイエは思っているが、万が一の事態にも当然備えている。


「ふーん……こんな状況で、普通にご飯が食べられるなんて。やっぱり、カイエって凄いよね」


 そう言いながら、トールも豪華な食事に舌鼓を打っていた。


「トール、あんたねえ……」


 レイナはジト目を向けるが、


「勘違いしないでよ。僕の場合は……どんな状況になっても、カイエが守ってくれるって思ってるだけだから」


「……まあ、言われてみればその通りよね」


 もう心配するのも馬鹿らしいと、レイナも食事を始める。しかし、だからと言って、全員が豪胆に振舞える訳がなく――アランとガイナは、戦いが気になって食事の味など全然解らず。ギルは食い入るように見つめ、ノーラは青い顔で震えながら、食事が全然進まなかった。


「おまえらなあ……」


 カイエは呆れた顔で、空中戦を繰り広げる三人を見ると――瞬間移動する。


 転移した先は、ローズたちが剣を交えるど真ん中で――混沌の魔力を展開して、三人の攻撃を同時に止める。


「「「カイエ……」」」


 突然のカイエの乱入に、三人は驚きと共に喜びの感情を浮かべるが。


「そろそろ終わりにしろよ……これじゃ、みんなに集まって貰った意味が無いだろ? このまま続けるなら……俺はアランたちと外にメシを食い行くからな」


 カイエの呆れ顔に――

 

「カイエ、ごめん……」


「うん……ごめんなさい」


「ああ……すまねえ。俺が悪かったよ」


 三人は素直に従うが――カオスな状況になったのは、むしろ此処からだった。


「はい、カイエ……あーん!」


「ローズ、ズルい……私もカイエに食べさせる」


「てめえらなあ……なあ、カイエ。俺の酒を飲めよ……」


 カイエを取り囲むローズと二人の魔神――勿論、レイナも黙ってなどいなかった。


「あ、あのね。カイエ……私のも……」


 最強の女三人の中に。レイナは恥ずかしそうにしながらも、堂々と割り込んでいく。その姿に――


「レイナって、実は凄いかもな……」


 アランたちは、ある意味で尊敬に近い感情を抱くのだった。

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