第269話 青と赤の邂逅
アルペリオ大迷宮から戻った後。真夜中のベッドルームで――カイエとローズたち四人は、一糸纏わぬ姿で話をしていた。
「勿論。こっちの世界で人族と魔族に仲良くして貰うために、まだまだやる事があるから……カイエと一緒に全員で異世界に行くなんて、私たちも考えていないわよ」
ローズは満足したという感じで、幸せそうな笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな……神の化身と魔神たちが何か企んでいるのかも、まだ解っていないし。奴らが一斉に襲い掛かって来る可能性もあるから、人数が少ない方が俺も守り易いよ」
「カイエは……案外過保護なんだな。今の私たちなら、それなりには戦えると思うが」
エストが豊かな胸を隠しながら、
「ああ。俺にとって、おまえたちは……何よりも一番大切だからな、慎重にもなるよ」
「もう、カイエの癖に。生意気……」
アリスの言葉が途中で途切れたのは――カイエに唇を塞がれたからだ。アリスは恍惚とした表情で、カイエを求める。
「ねえ、カイエ……私も凄く嬉しいよ。だから……私ももっと……」
甘えるエマをカイエは抱き寄せて―――
異世界に出発するギリギリまで、カイエと四人は互いを求め合った。
※ ※ ※ ※
カイエが戻って来たのは、向こう側の世界で四日後の事だった。
異世界の扉で戻った場所は――ビアレス魔道国の首都ビクトリノ。
「カイエ、本当に素敵……この国では、人族と魔族が一緒に暮らしているのね!」
ローズはカイエと腕を絡めながら、人族と魔族が行き交う市街地を歩く――七人はみんなで話し合って、最初にローズが一緒に来る事になったのだ。
今のローズのスタイルは――胸元に花びらのようなフリルをあしらった白いブラウスに、チェックのミニスカートとロングブーツ。輝くような笑みが、行き交う者たちを振り向かせる。
「ビアレス魔道国は種族に関する差別なんて無くて、完全に実力主義の国だからな」
ローズを異世界に連れて来て、カイエは最初にビクトリノの街を一緒に歩きたいと思った。ここはカイエたちが目指している世界に最も近い場所だからだ。
「それは……この国を支配している『暴風の魔神』ディスティニーのおかげって事よね?」
ローズは意味深な笑みを浮かべて、カイエを上目遣いで見つめる――『魔神がそんな考え方をするなんて誰の影響かしら?』と。
「ああ、そうだな……」
ローズが何を考えているのか、カイエには解っていたが。否定はしない――ローズに隠し事をする気なんて無いから。
それに、今は――
「なあ、ローズ……もう少し、一緒に歩かないか?」
「うん。カイエ、嬉しい……私もそうしたかったの!」
カイエの腕にギュッとしがみ付いて、ローズは肩に頭を乗せる。
彼らの世界では、まだ数日しか経っていないが……ローズは時間の止まった空間で延々と鍛錬を繰り返して来たし、カイエも異世界で十倍の時間を過ごして来たから。
体感的には久しぶりの二人きりの時間を――カイエとローズはゆっくりと味わいたかったのだ。
半日ほどのデートを楽しんだ後。カイエとローズは、ディスティニーの居城に向かった。
『暴風の魔神』はカイエの帰りを待ち侘びていたが――カイエが
だから、突然やって来たカイエを驚きと共に歓喜で迎え入れるが――隣に寄り添う赤い髪の少女に、ピクリと眉を動かす。
「カイエ……その女は誰?」
ディスティニーは極寒の視線を向けるが――ローズは彼女の視線を受け止めて、幸せ一杯の笑みで応える。
「あなたが『暴風の魔神』ディスティニーね? 初めまして……私はローゼリッタ・ラクシエル。カイエの妻よ」
「ふーん……おまえがカイエの……」
このときまで、ディスティニーはローズを侮っていた――所詮は人族に過ぎないのだから、カイエに添い遂げられる筈もなく。同じ魔神である自分の方がカイエには相応しいと、ディスティニーは高を括っていたのだが……
「カイエに協力してくれるって聞いたから、貴方には感謝しているけど……カイエの隣りは、私たちだけのモノだから。たとえ魔神のあなたでも、譲る気なんてないわよ」
女の本能と言うべきか、直感というべきか――ローズは会った瞬間に、ディスティニーの想いに気づいた。
ローズが放つ光の魔力――しかし、それは攻撃的だとか、敵意を向けるとか、そんな事じゃなくて。ローズはカイエの隣に立つ覚悟を、ディスティニーに示したのだ。
「ど、どうして? 人族のおまえが……」
赤い髪の少女から溢れ出す膨大な魔力――それは『暴風の魔神』ディスティニーを、驚愕させるに十分なモノだった。
「そんなの決まってるじゃない。私が……私たちが、誰よりも一番カイエの事が好きだから」
一点の曇りもない笑顔で、ローズは告げる。ローズの想いの強さと――彼女を慈しむように見つめるカイエに、ディスティニーは愕然とするが……
「だけど……ディスティニーだって、カイエの事が本気で好きなのよね?」
ローズが真っ直ぐに視線を向けると、ディスティニーは唇を噛みながら無言で頷く。
「だったら……私はディスティニーの邪魔なんて絶対にしないから。あなたの想いをカイエに思いきりぶつけてよ」
「え……」
意外な言葉に、ディスティニーは一瞬唖然とするが。すぐにローズを睨み付ける。
「おまえは……私を馬鹿にしているのか?」
しかし、ローズは笑顔で受け止めて――
「そうじゃないわよ……あなたが本気なら、私には邪魔をする理由なんて無いから」
カイエの事を本当に大切に思う相手なら……敵対するつもりなんてない。ローズは本気でそう思っているのだ。
そんな態度を見せつけられたら――
「人族に過ぎないとか……そんな風に思ってゴメンなさい。ローゼリッタ・ラクシエル……貴方はカイエが選ぶに相応しい……」
ディスティニーは敗北を認めるしかなかった。
「ううん、気にしてないよ。ディスティニー……他にも、いっぱいライバルはいるけどね。それと……私の事はローズって呼んで」
ディズニーを受け入れたローズは、暖かい笑みを浮かべる。
「うん、ローズ。ありがとう……私の事も、ディスティって呼んで欲しい」
スカイブルーの髪の少女は――赤い髪の少女と握手を交わした。
そんな風に、ディスティニーの心を解き解してしまったローズを――カイエは思いきり抱き締めてやりたいと思っていた。
ディスティニーを説き伏せたとか、そんな事じゃなくて。ローズがディスティニーに向ける想いが――カイエには誇らしかった。
しかし、それと同時に――
(ローズが認めたから。ディスティニーに、もう歯止めは効かないか……ちょっと勘弁して欲しいけどな)
また面倒臭い事になりそうだと――カイエは苦笑しながら考えていた。
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