第263話 魔神の答えと変態


「勿論、教えてやるには交換条件がある……俺を殺すまで、おまえが俺に付き従う事だ。いつでも何度でも、俺に戦いを挑んで来るのは構わないけど。それ以外は絶対服従だからな」


 カイエは揶揄からかうように笑う――交換条件はオマケのようなものだが、無償の助力などヴェロニカが信用しないと思ったのだ。


 案の定、ヴェロニカはカイエの狙い通りに話に乗って来るが。


「なるほどな……だがな、もう無理な話だ。俺は制約を破ったんだ、そのうちに神の化身や他の魔神たちが、俺を殺しに来るだろうよ」


 ヴェロニカは制約を破って、本来の魔神としての力を解放した――その膨大な魔力は、神の化身と魔神であれば、世界の何処にいようと感知する事が出来る。だから、彼らはヴェロニカに制裁を加えるために、皇都ヴァルサレクまで大挙してやって来る筈だ。


「カイエ……てめえの魔力だって、奴らは感知してる筈だ。逃げるなら今のうちだぞ?」


 助力をすると言ったカイエへの感謝のつもりなのか、ヴェロニカは苦笑しながら言うが――


「いや、その心配はいらない。広域認識阻害で、俺とおまえの魔力を隠してるからな」


 カイエは訓練室に入ったときから、認識阻害を発動していた。ヴェロニカの性格を考えれば、こうなる事が予想できたからだ。


「広域認識阻害? なんだ、それは? てめえはそんな事まで出来るのかよ?」


 神の化身も魔神も自らの力を隠す事になど無頓着だから、そもそも発想にないが。認識阻害自体が上位魔法であり、それを広域に展開させるなど失われた魔法ロストマジックレベルの能力なのだが……カイエにとっては当然の対処だった。


「まあ、そんな事はどうでも良いだろ……さっきの話の続きだ。ヴェロニカ……おまえを強くしてやるから、俺に付き従う気はあるか?」


 カイエの力があれば、シュバルツア皇国を乗っ取る事だって簡単に出来る。だから、ヴェロニカを付き従わせる事に大した価値なんてない……それくらいの事はヴェロニカにも解っていた。それでもカイエは手を差し伸べて来る。その理由は……


「カイエ……俺が答える前に教えてくれよ。てめえは……結局何がやりてえんだ?」


 ヴェロニカは目を細めてカイエを睨む――カイエという男の本質を、ヴェロニカは見極めようとしていた。


「俺がやりたい事か? おまえに関しては半分は気まぐれで、半分は殺したいほど嫌いじゃないってだけの話だ……いや、ウザく絡んで来るところはマジで嫌いだけどな」


 何処まで冗談なのか解らない口調に、ヴェロニカは納得しなかったが。


「こっちの世界に来た理由は、さっきも話したけど。おまえたち魔神や神の化身が何を企んでいるか知るためだ……俺たちの世界に何かを仕掛けるつもりなら、その前に叩き潰してやろうって思ってる。

 こっちの世界の事については……まだ決めかねてる。少なくとも今は、奴らがやってる事で、何か被害が出てる訳でもないみたいだからな」


 こっちの世界にも関わってしまったから、カイエは放置するつもりはない。しかし、ヴェロニカには悪いが、彼女が納得していない『制約』によって、神の化身と魔神たちのゲームで被害を被る者はいない。


 勿論、多少の死者は出ているだろうが……ゲームに駒として参加している連中も、彼らから恩恵を受ける事の代償として、納得ずくで参加しているのだ。


「ヴェロニカ……あとは、おまえが決めるだけだ。どっちでも、俺は構わないけどな」


 漆黒の瞳が見透かしたように笑う――『ヴェロニカ、おまえは強くなりたいんじゃないのか?』と。


「カイエ……てめえは本当に嫌な奴だな。解ったぜ……てめえに付き従ってやるよ!」


 嫌そうな顔をするヴェロニカに、カイエはニヤリと笑うと。


「だったら、ヴェロニカ……さっさと腕を再生しろよ。おまえなら、簡単に出来るだろ?」


「チッ! さっそく指図かよ……ったく!」


 文句を言いながら、ヴェロニカは一瞬で両腕を再生した。


「あと、力も隠せよ。認識阻害が解除できないだろ?」


「はいはい……これで良いか?」


 ヴェロニカが纏っていた深紅の魔力が消えて――聳え立つ双丘と形の良いヒップの普通・・の美女の姿に戻る。


 こうして、一応話は丸く収まったのだが……二人の間近で一部始終を見ていたスカイブルーの髪の少女が、何故かジト目をしていた。


「どうしたんだよ、ディスティニー?」


「カイエ……ヴェロニカを配下にするなんて、聞いてない」


「いや、話の成り行きで……そもそも、おまえが口出しする話じゃないだろ?」


「……だったら、私もカイエに付き従う」


 頬を膨らませて、じっと見つめて来るディスティニーに――カイエは面倒臭くなって、顔を顰めながら頭を掻く。


「まあ……おまえにも鍛えてやるって言ったからな。別に構わないけど」


「うん……嬉しい。今から私はカイエの女!」


「おい、ちょっと待てよ。そんな話してないだろ」


「良いの……私にとっては同じ事だから」


 嬉し恥ずかしという感じで、ディスティニーは頬をピンク色に染める。カイエはもう勝手にしろと、呆れた顔をするが――


「なあ、ディスティニー……その理屈だと、俺もカイエの女って事になるよな?」


 ヴェロニカが犬歯を剥き出しにして、意地の悪い笑みで割って入る。

 すると、ディスティニーは冷たい眼差しを浮かべて、即座に反撃した。


「ヴェロニカは駄目……弱いから」


「……てめえ、ふざけるなよ! 本当はどっちの方が強えか、今すぐ勝負をつけてやる!」


 激怒するヴェロニカに、ディスティニーはクスリと笑う。二色の殺意が再び正面からぶつかり合い、空気が張り詰めるが――


「……痛い、カイエ酷い」


「……痛ってえな! カイエ、何するんだよ!」


 後頭部を押さえて蹲る二人――カイエが瞬間移動を駆使して、一瞬で二人とも殴ったのだ。


「おまえらなあ……下らない事をやってるなら、さっきの話は無しだ」


「それは嫌……カイエ、ごめんなさい」


 シュンとして素直に謝るディスティニーに対して、ヴェロニカの方は納得していない様子だったが。


「チッ! 解ったぜ……こんな事で、俺も強くなる機会チャンスをフイにしたくはねえからな。おい、カイエ……絶対に、俺が強くなるって方法を教えろよ」


「ああ……おまえが馬鹿をやらなければな」


 しかし……この二人が簡単に引き下がる筈もなく。


「カイエに舌打ちするな……馬鹿ヴェロニカ」


「……てめえこそ、黙れ。冷血ロリ!」


 カイエに聞こえないように小声の応酬をするが――当然ながら全部聞こえており、カイエは呆れるしかなかった。


 そして、カイエとディスティニーに同行しながら、完全に空気となっていた二人は……


「おい、ログナにアルメラ……今回も楽しんだみたいだな」


 カイエが用意したもう一つの結界の中で――ログナは恐怖に震えながら、少し狂気が入ったような笑みを浮かべており。アルメラは色々なところが不味い事になっているらしく……腰を抜かしたように座り込んで、恍惚とした顔でカイエを見ていた。


「カ、カイエ、お願い……今すぐ私を抱いて!」


 人差し指を咥えながら、同時に下半身を抑える痴態に――ディスティニーがそれだけで人を殺せるような極寒の視線を、何故かヴェロニカまで怒りの視線を向けるが……それはアルメラをさらに興奮させるだけで。


 そして、隣にいるログナは……ガクガクと震えながらも、一瞬でも今の状況を見逃すまいと目を見開いていた。


「……なあ、カイエ。こいつら、何なんだよ?」


 ヴェロニカは気持ちの悪い虫でも見たような顔をする。


「ただの変態だ、気にするなよ……面白い奴らだから、連れて来たんだけどさ」


 カイエは乾いた笑みを浮かべながら――暫くは結界を解除しないでおこうと心に決めた。

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