第243話 強者と弱者の関係


「それで……こっちの世界で何を企んでるんだ? おまえたちがやってる事は、千年以上前に俺たちの世界でやった事と大差がないように見えるがな」


 カイエはトリストルを見据えて、面白がるように笑う。かつてカイエたちの世界でも、神の化身が人族を、魔神が魔族を支配して、互いに争っていた。その結果、世界は一度滅び掛けて。カイエは神の化身と魔神たちを道連れにして、永い眠りに就く事になった。


「応えてやる道理などないが、愚かな貴様に教えてやろう。我らとて学習したのだ、世界を滅ぼしてしまっては退屈なだけだと……もっとも、最後の引き金を引いたのは貴様だがな」


 トリストルは蔑むような目でカイエを見る。カイエが解き放った『混沌の魔力』によって、神の化身と魔神とともに、世界の大半が飲み込まれた。すでに多くの命が失われた後だとしても、それは紛れもない事実だ。


「我らがやっている事は、唯の暇潰しのゲームだ。だから、今度は世界を壊さぬように、互いが本気を出さぬ取り決めをしたのだ。条件が折り合えばゲームは成り立つからな。玩具も無限にある訳ではない……全てを壊してしまって、また退屈な時間を味わわねばなるまい?」


 人族と魔族の争いも、世界を壊す事さえも、トリストルは本気でゲームだと思っていた。自らを崇める人族の命など、彼にとっては虫ほどの価値さえないのだ。


「ふーん……それでおまえも、さんなヤワな身体で我慢してるって訳だ。本来の力の百分の一ってところか?」


 魔力を見る事が出来るカイエが本気になれば、如何なる手段を以てしても力を隠す事など出来ない。今のトリストルから感じる力は、本来のモノとは程遠い。つまり、この世界に具現化した身体自体に制約リミッターを掛けているのだ。


「これも我らが取り決めたルールの一つだ。制約を掛けねば、暴走する輩がいるからな……貴様であれば、今の我など簡単に殺せるだろう? 何なら、殺して見せろ……さすれば、我は貴様がいた世界に戻り、本来の力を以て再び具現化するまでだ」


 トリストルの金色の目が挑発する――神の化身も魔神も本来は精神体であり、二千年を超える時を経て、嘗ての魔力は完全に復活していた。今のトリストルを殺したとしても、ほとんど全ての魔力を保持した精神体は残り。精神体のまま世界を飛び越えて、再び具現する事は可能だ。


「おまえが本来の力で戦ったとしてもさ……俺なら殺すのは簡単だって、前に教えただろう?」


 千年前に、具現化したトリストルの身体を滅ぼしたのはカイエだ。トリストルは忌々しげな顔で睨み付ける。


「ああ、そうだったな……だが、殺されるにしてもだ。その前に……多くのモノを壊すことは出来るだろう?」


 その代償を払う覚悟が貴様にあるのかと、トリストルは厭らしく笑うが。


「なあ、トリストル……そんな事で、俺を脅してるつもりか?」


 カイエは冷徹な漆黒の瞳を真っ直ぐに向ける――この瞬間、カイエの全身から溢れ出した膨大な魔力が、トリストルごと空間を覆い尽くす。それはトリストルの想像をも遥かに超えるモノだった。


「は、馬鹿な……」


 驚愕するトリストルに、カイエは真顔で続ける。


「おまえが何かを壊す前に……俺が絶対に殺してやるよ」


 冷徹な瞳の奥で、氷牙の嵐のような無慈悲で残酷な感情が渦巻く――ここまで感情を顕わにするカイエは、ローズたちですら見た事がなかった。


 神の化身と魔神の手から解き放つためとは云え、結果的に世界のほとんどを一度壊してしまった事を、後悔していないと言えば嘘になる……いや、その想いをずっと抱えて来たのだ。


 だから、どうすれば良かったのか、どうすれば世界を壊さずに救えたのかと……ずっと考えていた。それは千年の眠りに就いている間も、半ば無意識の中で考え続けた事であり……答えならもう出ている。


「千年前と同じと思うな……今の俺たち・・・なら、もっと上手くやってやるよ」


 微塵の揺るぎもないカイエの意志に、トリストルは圧倒される。やれるものならば、やって見せろと、漆黒の瞳が正面から捻じ伏せる。


「……ならば、我も好きにやるまでだ。貴様と再び剣を交えるときを、楽しみにしているぞ」


 その言葉は半ば強がりだが――トリストルとて、全く勝算がない訳ではなかった。


「しかし……どうやら貴様も、気づいていないようだな。この世界と元の世界が、どうしてここまで似通っているのか……」


「ああ、同じ奴ら・・・・が創ったって事だろ? そのくらいなら俺にも想像はついているさ」


 思わせぶりなトリストルに、カイエはアッサリと答える。神の化身や魔神にも世界を創造する力はない。だから、創ったのは奴ら・・に決まってる。


「この世界にも奴らの痕跡はあるだろうけど……なるほどね、おまえは俺を奴らにぶつけたいって腹だな。だけど、おまえたちも奴らの居場所を探り当てた訳じゃないだろ? もしそうなら……こんな風に呑気に遊んでいる筈がないからな」


 全ての思惑を言い当てられて言葉を失うトリストルに、カイエは意地の悪い笑みを浮かべる。


「おまえは何か勘違いしてるみたいだけど。もし奴らの居場所を探り当てたとしても、俺は奴らの意図を確かめたいだけで、戦うつもりなんてないから。向こうから仕掛けて来るなら話は別だけど……そんな可能性は限りなくゼロに近いだろ?」


 奴らがした事・・・・・・に悪意は感じるが――直接手を下したのは、神の化身と魔神であり。世界を創った奴らに自分から喧嘩を売るほど、カイエも己惚れてはいなかった。


「そんな事よりも、トリストル……おまえの言葉だけじゃ、イマイチ信用できないからさ。俺は他の神の化身や魔神たちにも会って、何を考えているか直接聞いてやるよ」


 そう言ってカイエは立ち去ろうとするが――途中で足を止める。


「あ、そうだ……おまえが『神の血族』とか名乗らせてる権能持ちの奴らの事だけどさ」


 『神の血族』の正体は、トリストルが血を分け与えた血族などではなく。神の化身である彼が、自らの力の欠片を『権能』として与えただけの存在だ……プライドの高い神の血族が人族と交わる筈もなく、カイエは初めから気づいていた。


 かつてはもっと派手に権能を与えていたが、数が少ないのは制約リミッターのせいだろう。だから、わざわざ『神の血族』を名乗らせて、希少性を高めているというところか……まあ、細かい理由なんてどうでも良い。


「奴らにはウザいから、俺を放置しろって言っておけよ。あと、俺に関わりがある連中に意趣返しとか。そんな事をしたら、どうなるか……良く教えておけよな?」


 名前を出していないが、カイエが本当に脅しているのはトリストルだ。奴らが何かしたら、おまえに責任を取らせるからと、漆黒の瞳が念押しする。


「それじゃ、トリストル……また来るからな」


 カイエが扉のところまで戻って来ると――引きつった顔でガクガクと身体を震わせるログナとアルメラがいた。


「どうだよ……面白い見世物だったか?」


「あ、ああ……ションベンどころか、色んなもんを垂れ流して抜け殻になるくらいビビったが……最高だったぜ!」


「や、やめてよ、ログナ。汚いじゃない……で、でも……私も物凄く興奮したわ!」


 この状況を楽しめるなんて――


「やっぱり、おまえらはイカレてるよ……そこが面白いけどな」


「いや、カイエのイカレっぷりには負けるだろう……なあ?」


 アルメラに同意を求めると、彼女も大きく頷いた。


 そんな二人と雑談しながら去っていく姿を、トリストルは呆然と眺めながら――唯の人族に過ぎない彼らを、何故カイエは連れて来たりのかと。トリストルには絶対に辿り着けない答えを必死に探していた。

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