第220話 邪魔をするなら……
獲物を追い詰めた顔のエストとエマに、ブラッドルフが恐怖してから六時間後――
その日は宿場町まで辿り着くことが出来ずに、使節団と護衛たちは街道沿いの平原で野営をする事になった。
馬車で壁を作った安全地帯に、ブラッドルフと十大氏族の使者たちがそれぞれの天幕を張る。その周囲をロズニアの戦士百五十人が固めて、さらに馬車の壁の外側では、聖王国の騎兵三百人が護衛役を務める。
これほど厳重な警護体勢であれば、襲撃しようと考える者自体が稀であり。たとえ襲撃を掛けたとしても、護衛を突破するのは容易でないと思われたが――現実は違った。
「魔族が人族と手を結ぶなど……なんと滑稽な事か! 裏切り者どもに……我らが鉄槌を食らわせてやるわ!」
闇が濃縮するようにして人の姿を形作ったのは、人族でも魔族でもなく。艶やかな闇色のコートを纏い、鋭い牙と長い爪と蝙蝠の翼を持つ彼らは――
金色の髪と蝋のように白い肌。
本来の姿に戻る夜であれば――最上位の天使や悪魔に匹敵する力を、存分に発揮する事が出来る。
忽然と現われた異形たちに、聖王国の兵士たちは剣を抜いて身構える。異形が放つ肌を切り裂くような殺意に彼らは恐怖し、馬車の壁の内側にいるロズニアの戦士たちも戦慄を感じて息を飲んむが……それは悪夢の始まりに過ぎなかった。
「愚かな魔族と人族に……死の洗礼を!」
あらゆる系統の上位魔法を操り、
まさに個としても勇者や魔王に比肩する強大な力を持っているが――『
冥府の領域よりギュネイが召喚したのは、青白い炎を纏う
「ば、馬鹿な……」
だから、彼らが死の恐怖に動けなかったとしても、責める事など出来ないが――
「……全軍、聖王国の兵士としての誇りを捨てるな! 死の瞬間まで、使節団の方々を御守りするのだ!」
護衛部隊の指揮官が、あらん限りの声を張り上げて部下たちを鼓舞する。彼はジャグリーンの直属の部下であり、この任務に就いたときから、命を捨てる覚悟などとうに決めていた。
「ほう……聖王国の兵士も、なかなか肝が据わっているようだな」
声と共に馬車の壁を飛び越えて姿を現わしたのは、血のように赤い髪の二メートルを超える魔族の偉丈夫――ブラッドルフ・ロズニア。彼の後からロズニアの戦士たちが、馬車の壁を乗り越えて続々と姿を現わす。
「ブラッドルフ殿下……どうか、お下がりください! 殿下の身に何かあれば……」
苦渋の顔をする指揮官に、すでに剣を抜き放っていたブラッドルフは豪快な笑みを返す。
「そんなことを言っている場合ではなかろう……それに、こんな面白そうな状況で指を咥えてなどいられるか! ロズニアの戦士たちよ! 薄汚い
ブラッドルフであれば上位
しかし、千という敵の数は余りにも多く。そして別格である
「所詮は魔族か……彼我の戦力差も弁えぬ愚者が!」
ギュネイは冷徹な笑みを浮かべて、
自らの力を振るうまでもなく、裏切者の魔族と矮小な人族たちを蹂躙するだけの結果に終わる筈だったが――
「『
太陽を思わせる眩い白い光の壁が、馬車の壁の内側から膨れ上がってブラッドルフたちを包み込むと――光に触れた
「ブラッドルフ殿……今回は自嘲して欲しいと言った筈だが?」
闇色の空に浮かぶエストは、光沢を放つ白いローブに身を包みながら――眼下のブラッドルフにジト目を向ける。
彼女が放ったのは聖属性の
「いや……エスト殿がいるのだからな。多少羽目を外したところで、どうにでもなると思っていたのだ」
ブラッドルフは顔を引きつらせながら無理矢理に笑う。そんな事を言いながら……エストの助太刀など全く当てにせずに、あわよくば
エストの方もブラッドルフの思惑など当然お見通しであり。呆れた顔で溜息をつきながら――
「なるほど、
エストの碧眼が冷ややかに見るのとは対照的に――視線の先にいる
「
「
エストには別に相手を煽る意図も侮るつもりもなく。至極冷静に状況を見据えていた。
「それに言い忘れたが、今の私の家名はラファンではなくラクシエル……エスト・ラクシエルという名を覚えて貰いたい」
その瞬間……何故か頬を赤くして目を逸らすエストの顔を――ギュネイは唖然として眺めていた。
「……ふ、ふざけるな! いくら勇者パーティーの一員であろうと、どうして、これほどの力を……」
ギュネイたち
無論、本人的にはそれなりには警戒していたつもりであり。だからこそ配下の
しかし、魔神を倒せるのは神の化身だけ――つまりは神聖アルジャルスが獄炎の魔神を倒したのだと勝手に結論づけていたから。噂に聞くカイエの事も、勇者パーティーの実力も測ろうなどと考えもせずに。力で蹂躙できると高を括っていた。
(何故だ……何故、このような事態に……)
千体の
「戦いの最中に油断したら駄目だよ……エストも
金色の聖剣を手にした銀髪の少女は――すでに
「えっと……
今のエマであれば、十数体の
「エマ……わざわざ相手に全力を出させるなんて、驕り以外の何モノでもないからな」
「解ってるよ、エスト。でも、今回だけは見逃してよね……だって私が戦う相手なんて、エストはほとんど残してくれなかったんだから」
圧倒的な身体能力を持つギュネイだから解る――先ほど見せたエマの動きは、ギュネイすら遥かに凌駕していた。身体強化と
「そういう事か……我は貴様たちを侮っていたようだな。ここからは……全力で行かせて貰う!」
ギュネイが唯の
「そう来なくっちゃ……私はエマ・ラクシエルだよ!」
エマはギュネイを見据えて、不敵な笑みを浮かべる。
「冥府で魔神に会ったら言っておいて……私たちに喧嘩を売るなら、いつでも買うからってね!」
金色の聖剣ヴェルサンドラは――
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