第216話 母親の想いと簒奪者の覚悟
シルベーヌ子爵領に立ち寄って、アイシャに事の成り行きを伝えると。彼女はまるで自分の事のように喜んでくれた。
「エミーお姉様……本当におめでとう! 私もいつか……ううん、何でもないわ! とにかく私は、お姉様が幸せになってくれて嬉しいわ!」
アイシャが何を言い掛けたのか……
※ ※ ※ ※
そして、カイエたちがローウェル騎士伯領の領都グランバルトに向かうと――そこは完全に
バーンとアレクも、転移魔法を使ってガルナッシュから連れて来ており。城塞の広間にはローウェル一家全員が集まっていた。
家族たちの前で、エマが頬を赤く染めて、恥ずかしそうに報告した直後――エリザベスの顔から感情が消える。
「カイエ・ラクシエル……今の話は事実なの?」
優先順位を考えれば、本来なら修道院やデニス、ましてやジャグリーンやアイシャに伝えるよりも先に、エマの両親に報告すべきだったが……こうなる事が解っていたから、先延ばしにしたのだ。
しかし――カイエもとうに覚悟は決めていたから、エリザベスの冷たい視線を正面から受け止める。
「ああ、エリザベスさん……エマの全てを俺が貰った。事後報告になって申し訳ないけど、エリザベスさんもエマを祝福して――」
「ふざけるんじゃないわ!!!」
エリザベスの怒声が、カイエの言葉を掻き消す。
「カイエ・ラクシエル……あなたは何を言っているのか、解ってるの? 母親の前で、エマだけじゃなく、他に三人も同時に自分のモノにするって……そんな事が、許される筈がないでしょ!」
「まあ……落ち着かないか、エリザベス。貴族であれば側室を取ることもあるあるのだし……」
「貴方は黙っていて!!!」
エリザベスの怒りは雷のように落ちて、フレッドを黙らせる。
「こんな訳の解らない男に、取られた上に……私の可愛いエマが……側室? な、何を……何を馬鹿なことを言ってるのよ!」
エマのヴェルサンドラと対となる銀色の聖剣、ヴェルカシェルを引き抜いて――エリザベスは一瞬で広間を駆け抜けぬけると、カイエの眼前に迫る。
銀色の光を放つ聖剣を振り被られても……カイエはエリザベスの目を見据えたまま、微動だにしなかった。
「……母親の怒りを、その身で味わいなさい!!!」
渾身の一撃を――受止めたのは金色の聖剣だった。
「エマ……退きなさい!!!」
「……やだ! 絶対に退かないよ! カイエの事を悪く言うお母さんなんて……私は許さないんだから!!!」
エマは激しい感情を母親にぶつけながら……深い青の瞳が涙を流していた。
「カイエは……私のことを凄く大切にしてくれて。だから……お父さんやお母さんにも祝福して欲しいって言ってくれたのに……なんで、それが解らないの!!!」
「私の可愛いエマ……あなたは、まだ子供だから解らないのよ! その男はあなたを騙しているのよ……四人の同時に愛する事なんて、出来る筈が無いわ!」
「そんなの……カイエの事を良く知らないお母さんに、解る筈がないでしょ!!! カイエは私の事を……ローズやエストやアリスの事だって……本当に大切にしてくれるんだから!!!」
エマは感情のままに、エリザベスの剣を弾き飛ばす――
カイエたちとの模擬戦と、アルジャルスの
エリザベスの眼前に、金色の光を放つ聖剣を突き付けて……エマは母親を睨み付ける。
「お母さん……カイエに謝って! そして……私たちの事を認めてよ!!!」
エマは想いの丈を全身全霊を込めて叫ぶが――
「……駄目よ、エマ。そんな事……絶対に目認められないわ!」
エリザベスにも母親の意地があり。そして何よりもエマの事を大切に思っているからこそ。娘を不幸にする男を、娘が不幸になる未来を……絶対に認める訳にはいかなかったのだ。
「ヴェルカシェル……」
エリザベスの呼び掛けに応えて、銀色の聖剣が彼女の手元に戻って来る。
「エマ……本当に強くなったわね。さすがは私の可愛いエマよ……」
まるで目の前に迫る金色の聖剣など存在しないかのように――エリザベスはエマに向かって歩き出す。
「や、止めて……お母さん!」
エマは思わず後退るが……エリザベスは歩みを止めなかった。
「エマ……もし、あなたが私の言う事を聞けないと言うなら……その剣で、私を殺しなさい.私はこの命を張ってでも……可愛エマを不幸にはさせないから……」
そんな事出来る筈がない! だけど、どうしたら……エマは母親からゆっくりと後退りながら、それでも懸命に見えない答えを探そうとしていた。
「エマ……良く頑張ったな」
このとき、不意に後ろから優しい声が聞こえて――細いけど力強くて暖かい腕に、エマは抱き寄せられる。
「カイエ……ごめん。私……上手く出来なかったよ……」
溢れ出る涙が止められないエマに、
「そんな事ないよ。俺が無理を言ったんだから……エマは悪くない」
エマを振り向かせて……優しく唇を重ねる。
しかし、そんな事をすれば――エリザベスが怒りの炎をさらに燃え上がせるのは当然の結果であり。
「……カイエ・ラクシエル!!! よくも私の前で、可愛いエマを!!!」
エリザベスは渾身の力を込めて、聖剣ヴェルサンドラを叩き込む……しかし、そんな事をしてもカイエ効く筈がないと、エマもローズたちも思っていたが……
「嘘……カイエ様が……」
思わず呟いたのはロザリーで――ゴスロリ幼女は、マジマジとその光景を見つめていた。
銀色の聖剣はカイエの肩に深く切り裂いて、そこで止まっていたのだ。
「……カイエ!!! どうして……」
噴き出す赤く温かい血が、エマの顔にも掛かっていた。カイエが傷つくなんて……そんな理由は一つしかない。
「エリザベスさん……悪いけど、エリザベスさんじゃ俺を殺させないし。もし殺せたとしても、エマが悲しむから殺される訳にいかないけど……その怒りや、やるさせなさを、痛みとして受けることは出来るから」
カイエの身体は魔神のそれであり、何もしなくても大抵の攻撃は無効化してしまうが――自然に溢れ出る魔力を意図的に止めて、常時発動している身体強化魔法を封印すれば、聖剣クラスの武器でなら傷つける事が出来る。
「カイエ・ラクシエル……そんな事をしても……」
「ああ、これは俺の自己満足だし。俺が傷つこうが、エマを不幸にする代償にはならないよな……だけど、エマを絶対に不幸にしないって誓う事は出来るよ」
カイエの漆黒の瞳は――奢りも気負いもなく、真っ直ぐにエリザベスを見る。
「そんな事が……どうして言えるの!」
正面から立ち向かって来るカイエの覚悟を、エリザベスは拒絶しようとするが……
「そんなの決まってるだろ……エマが俺を信じてくれるから。俺は絶対にエマを裏切らないし、世界を敵に回しても俺はエマを守る。それでもエマが傷つくなら……俺は消滅する瞬間までエマの傍にいる」
「カイエ、私もカイエを守るよ……ごめん、お母さん……私はカイエが一番大切だから……これ以上、カイエを傷つけるなら――」
エマの決意の言葉を――カイエは唇を塞いで止める。
(それは言わせないからな……エマはエリザベスさんが大好きだろ? それにフレッドさんやバーンやアレクだって、おまえとエリザベスさんが争うところなんて見たく無いに決まってるだろう? だから……今日のところは、全部俺に任せてくれよ?)
(うん……解ったよ、カイエ……)
うっとりした顔で上目遣いに見つめて来るエマを抱きしめながら。カイエは再びエリザベスに視線を向けるが――
「私の可愛いエマを、そこまで懐柔するなんて……ズルいわよ!」
エリザヘスは俯いたまま呟く。
「全く、エマもエマだし……カイエ、あなたもあなたよ……母親の気持ちなんて、誰も解ってくれないんだから……」
「エリザベス……」
優しく肩を抱き寄せるフレッドの胸に、エリザベスは顔を埋める。
「もう良いわ、解ったから……」
吐き捨てるように言われた台詞に、エマは表情を曇らせるが――
「でも……カイエ・ラクシエル、これだけは覚えていなさい。もし、エマを不幸にしたら……あなたを地の底までも追い掛けて、必ず殺すから! それだけは、絶対に忘れないで……」
「……お、お母さん。あ、ありがとう……」
溢れ出す涙に顔をクシャクシャにするエマを抱きしめながら……カイエは城塞を後にした。
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