第195話 水の迷宮(2)

※すみません、旧193話も加筆修正しまして……長過ぎるので分割しました。ご勘弁ください※


 『カウンシュタイナーの水の迷宮』の第十二階層で――銀等級シルバーレベル冒険者パーティー『月夜の狩人』は、絶体絶命のピンチに陥っていた。


 前方にいるのは『海洋骸骨マリンスケルトン』と呼ばれるアンデットの集団であり……後方から追い掛けて来るのは『血塗られた牡蠣ブラッディ―オイスター』に、『竜巻海老トルネードシュリンプ』という名の海洋生物型の怪物モンスター……


 カール、ウルバンという二人のベテランの戦士に、聖騎士ローラ、盗賊のモルガンと物理攻撃系も厚く。女魔法使いスカーレット、司祭ミリオネの後衛も含めて、全員が銀等級シルバーレベルだ。


 そんな彼らにとって、『カウンシュタイナーの水の迷宮』は決して攻略不可能な地下迷宮ダンジョンではないが――確率としては百分の十二。宝箱のトラップで、自分たちの力量には余る第十二階層に、飛ばされてしまったのだ。


「なあ……ローラに、モルガン。一つ提案があるんだ……俺とウルバンが特攻するから……その隙に、スカーレットとミリオネを連れて逃げてくれよ?」


 いつもの冗談めかした口調だったが――カールは、仲間のために命を捨てる覚悟を決めていた。


「そんなの……駄目に決まってるでしょ!」


 ローラは『竜巻海老トルネードシュリンプ』の攻撃を何とか防ぎながら。振り向く余裕もなく、前線に立つ恋人のカールに向かって叫ぶ。


「ローラは、ホント我がままだよな……でもな、全員が一緒にくたばる事に、何の意味もない。俺はローラに……生きていて貰いたいんだよ!」


 血まみれの滑る手で、大剣グレートソードを振るうカールは――十二体目『海洋骸骨マリンスケルトン』を仕留めた後。

 穴の開いた脇腹を押さえながら……まだ残っている十数体目掛けて、特攻する。


「カール、おまえ一人で死なせはしない……スカーレット! 俺、ホントは……」


「駄目ー! モルガン! 私は絶対、あんたが勝手に死ぬなんて、認めないから……」


 彼女たちの悲痛な叫び声が響くと――


「あのさ……盛り上がっているところ、悪いんだけど。ちょっと……ウザいから」


 突然現れた黒髪と漆黒の瞳の少年は……揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「何を言ってるのよ、君! こんなところに来て、死にたいの!」


 スカートは状況が解っておらず、少年を責めるが……


「ねえ。スカーレット、落ち着いて……よ、良く解らないけど……わ、私たち全員、生き残れたみたい!」


「え……」


 ミリオネの涙声に促されて――スカーレットが全貌を見ると、血だらけのカールとウルバンが肩を抱き合いながら、戻ってくるところだった。


 彼女たちの前方を塞いでいた『海洋骸骨マリンスケルトン』も、後方から迫っていた海洋生物型の怪物モンスターたちも、何故か跡形もなく消えていた。


 理由は解らないけど、たった一つだけ確かなことは……最愛の彼が、生きている事だった。


「……ウルバン!」


 恋人に抱きつく女魔術士の隣りで――聖騎士ローラが、カールに口づけする。


 生き残れたことを横喜び合う仲間たちの中で……司祭のミリオネだけが冷静に、状況を把握していた。


「君は……冒険者ギルドで、勇者パーティーと一緒にいた……」


 ピンク色の柔らかいボブカットの髪と、小柄な身体に不釣り合いな巨乳破壊兵器を持つ二十二歳の独身フリー――ミリオネだけがパーティーで唯一、カイエが冒険者ギルドでやらかした場面に居合わせていた。


「ああ、ミリオネ……おまえには、借りがあるからさ」


「……借り? それって……」


「何言ってんだよ……おまえが一番最初に、メリッサの事を認めてくれただろう?」


 ギルドでの冒険者たちの反応を、カイエは全部覚えていた。彼らの魔力と一緒に――魔族であるメリッサが、勇者パーティーに加わったとローズが最初に宣言したときから……いや、それ以前に。彼らがギルドを訪れた瞬間から……ミリオネはメリッサに対して、不快感も敵意も一切見せなかった。


 それどころか――冒険者ギルドのメンバーになったメリッサに、ローズたちやカイエではなく本人に、最初に挨拶したのが彼女だった。


「そんなことで……君は私たちを助けに来てくれたの?」


「まあ……ただの気まぐれだから。気にするなよ……」


「ううん……気にするよ。私たちは君のおかげで……ありがとう、本当にありがとう……」


 円らな瞳に、大粒の涙を湛えながら……ミリオネは深々と頭を下げる。


「いや、だから……借りは返したからな。おまえは仲間との感動の再会を楽しんでくれよ」


「待って……」


 そのまま立ち去ろうとするカイエの背中に、ミリオネは縋りつく。


「ねえ、お願いだから……少しだけ、待ってよ! 私は……君に……」


 切なげな顔で頬を染めるが――身を寄せる彼女の体温も、その吐息も……カイエには感じる余裕など微塵も無かった。


「よう、みんな……迎えに来てくれたのか?」


 頬を引きつらせる彼の視線の先には――エストの『失われた魔法ロストマジック』で出現した五人の美少女と、幼女が一人。


「「「「ねえ、カイエ……これって、どういうこと???」」」」


 灼熱の焔を噴き上げる四人に続いて。


「僕だって……こんな状況は看過できないよ!!!」


「唯の人族風情が……カイエ様を誘惑するなんて!!! このロザリーちゃんが、絶対に許さないのよ!!!」


 暴風を巻き起こす魔族のギリギリ美少女と、絶対零度の光を宿す幼女が降臨する。


「おい、ロザリー……さすがに、それは言い過ぎだろ? それにローズたちだって、人族なんだからさ」


 カイエは窘めようとするが――


「カイエ様、違うのよ! ローズさんたちは、特別な人族ですわ!」


 ロザリーの反論に被せるように……


「「「「カイエも、ロザリーも……五月蠅いから黙って!!!」」」」


 押し寄せる四つの超重圧に――何か言おうとしていたメリッサ諸共、三人纏めて押し負けてしまう。


(僕って……まだまだ、だよね……)


 敗北を噛みしめるメリッサに……


(いや、俺だって……今のローズたちには、勝てないから……)


 カイエは遠くを見つめながら……優しく、肩を叩く。


「え、えーと……ああ、そういう事よね? 勇者パーティーの皆さん、誤解させてごめんなさい……カイエ君は、私たちを助けてくれただけで……(勝手に勘違いしたのは、私の方だから……)」


 事情を察したミリオネは目をパチクリさせて、必死にローズたちの誤解を解こうとするが……それでも、まるで引き寄せられるように視線は、カイエの背中を追ってしまう。


「今……その女は『カイエ君』とか言ったわよね? それって……フラグ以外の何モノでもないわよ!」


 久々のヤンデレモードに入ったローズだったが――


「ローズ、おまえさあ……俺はおまえたちに、勝てないんだから……警戒する必要なんて無いだろ?」


 重なる唇――そして、抉じ開けられる唇……濃厚なラヴシーンに、エスト、アリス、エマの三人も気づく。


「ミリオネって……言ったかな? 君にはすまないけど……」

「この男は……悪いけど、私たちのモノだから」

「うん、ゴメンね……だけどね、今の君よりも私の方が絶対、カイエが好きだからね!」

 四人の美少女はミリオネを牽制したりせずに――カイエだけを見つめていた。


(あ……そういう事なんだね? 私だって、それくらい解るよ……でも……)


 必死に手を伸ばすミリオネの目の前に――ロザリーとメリッサが、立ちはだかる。


「何度も言わなせないで欲しいのよ……おまえが何を考えてるのか、ロザリーちゃんには解ってるのよ。だけど……フン! パッと出キャラが、カイエ様を誘惑するとか……甘過ぎなのよ!」


「うん、そうだね……ミリオネ、君の優しさには感謝してるけど……僕たちだって、君に負ける筈が無いって思ってるよ」


「そのくらいで、良いだろう? ミリオネ、悪いな……こいつらに俺は、どうやら売約済みみたいだからさ」


 黒髪の少年は少し困ったような……それでいて、何処か満足げな笑みを浮かべると――四人の人族の少女と魔族の少女と、幼女と一緒に掻き消える。


「おい、ミリオネ、今のって……おい、大丈夫か?」


 すっかり置いてけぼりにされていたパーティーメンバーたちが、心配そうに声を掛けてくるが……


「うん、何でもないわ……カイエ君が、私たちを助けてくれたのよ。だから……今は感謝の言葉だけ、述べるべきよね……」


 完敗だ――無力な自分が、勇者パーティーの彼女たちに肩を並べられる筈もない。

 それどころか……彼のなんて、ほとんど何も知らないし……勝負になんて、なる筈も無い。だけど……


(私が……一番信じてるのは、自分の直感だから。私にとって、カイエ君は……)


 それが無謀な戦いだと解っていても――ミリオネは、決して一歩も引くつもりは無かった。


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