第195話 水の迷宮(2)
※すみません、旧193話も加筆修正しまして……長過ぎるので分割しました。ご勘弁ください※
『カウンシュタイナーの水の迷宮』の第十二階層で――
前方にいるのは『
カール、ウルバンという二人のベテランの戦士に、聖騎士ローラ、盗賊のモルガンと物理攻撃系も厚く。女魔法使いスカーレット、司祭ミリオネの後衛も含めて、全員が
そんな彼らにとって、『カウンシュタイナーの水の迷宮』は決して攻略不可能な
「なあ……ローラに、モルガン。一つ提案があるんだ……俺とウルバンが特攻するから……その隙に、スカーレットとミリオネを連れて逃げてくれよ?」
いつもの冗談めかした口調だったが――カールは、仲間のために命を捨てる覚悟を決めていた。
「そんなの……駄目に決まってるでしょ!」
ローラは『
「ローラは、ホント我がままだよな……でもな、全員が一緒にくたばる事に、何の意味もない。俺はローラに……生きていて貰いたいんだよ!」
血まみれの滑る手で、
穴の開いた脇腹を押さえながら……まだ残っている十数体目掛けて、特攻する。
「カール、おまえ一人で死なせはしない……スカーレット! 俺、ホントは……」
「駄目ー! モルガン! 私は絶対、あんたが勝手に死ぬなんて、認めないから……」
彼女たちの悲痛な叫び声が響くと――
「あのさ……盛り上がっているところ、悪いんだけど。ちょっと……ウザいから」
突然現れた黒髪と漆黒の瞳の少年は……
「何を言ってるのよ、君! こんなところに来て、死にたいの!」
スカートは状況が解っておらず、少年を責めるが……
「ねえ。スカーレット、落ち着いて……よ、良く解らないけど……わ、私たち全員、生き残れたみたい!」
「え……」
ミリオネの涙声に促されて――スカーレットが全貌を見ると、血だらけのカールとウルバンが肩を抱き合いながら、戻ってくるところだった。
彼女たちの前方を塞いでいた『
理由は解らないけど、たった一つだけ確かなことは……最愛の彼が、生きている事だった。
「……ウルバン!」
恋人に抱きつく女魔術士の隣りで――聖騎士ローラが、カールに口づけする。
生き残れたことを横喜び合う仲間たちの中で……司祭のミリオネだけが冷静に、状況を把握していた。
「君は……冒険者ギルドで、勇者パーティーと一緒にいた……」
ピンク色の柔らかいボブカットの髪と、小柄な身体に不釣り合いな
「ああ、ミリオネ……おまえには、借りがあるからさ」
「……借り? それって……」
「何言ってんだよ……おまえが一番最初に、メリッサの事を認めてくれただろう?」
ギルドでの冒険者たちの反応を、カイエは全部覚えていた。彼らの魔力と一緒に――魔族であるメリッサが、勇者パーティーに加わったとローズが最初に宣言したときから……いや、それ以前に。彼らがギルドを訪れた瞬間から……ミリオネはメリッサに対して、不快感も敵意も一切見せなかった。
それどころか――冒険者ギルドのメンバーになったメリッサに、ローズたちやカイエではなく本人に、最初に挨拶したのが彼女だった。
「そんなことで……君は私たちを助けに来てくれたの?」
「まあ……ただの気まぐれだから。気にするなよ……」
「ううん……気にするよ。私たちは君のおかげで……ありがとう、本当にありがとう……」
円らな瞳に、大粒の涙を湛えながら……ミリオネは深々と頭を下げる。
「いや、だから……借りは返したからな。おまえは仲間との感動の再会を楽しんでくれよ」
「待って……」
そのまま立ち去ろうとするカイエの背中に、ミリオネは縋りつく。
「ねえ、お願いだから……少しだけ、待ってよ! 私は……君に……」
切なげな顔で頬を染めるが――身を寄せる彼女の体温も、その吐息も……カイエには感じる余裕など微塵も無かった。
「よう、みんな……迎えに来てくれたのか?」
頬を引きつらせる彼の視線の先には――エストの『
「「「「ねえ、カイエ……これって、どういうこと???」」」」
灼熱の焔を噴き上げる四人に続いて。
「僕だって……こんな状況は看過できないよ!!!」
「唯の人族風情が……カイエ様を誘惑するなんて!!! このロザリーちゃんが、絶対に許さないのよ!!!」
暴風を巻き起こす魔族のギリギリ美少女と、絶対零度の光を宿す幼女が降臨する。
「おい、ロザリー……さすがに、それは言い過ぎだろ? それにローズたちだって、人族なんだからさ」
カイエは窘めようとするが――
「カイエ様、違うのよ! ローズさんたちは、特別な人族ですわ!」
ロザリーの反論に被せるように……
「「「「カイエも、ロザリーも……五月蠅いから黙って!!!」」」」
押し寄せる四つの超重圧に――何か言おうとしていたメリッサ諸共、三人纏めて押し負けてしまう。
(僕って……まだまだ、だよね……)
敗北を噛みしめるメリッサに……
(いや、俺だって……今のローズたちには、勝てないから……)
カイエは遠くを見つめながら……優しく、肩を叩く。
「え、えーと……ああ、そういう事よね? 勇者パーティーの皆さん、誤解させてごめんなさい……カイエ君は、私たちを助けてくれただけで……(勝手に勘違いしたのは、私の方だから……)」
事情を察したミリオネは目をパチクリさせて、必死にローズたちの誤解を解こうとするが……それでも、まるで引き寄せられるように視線は、カイエの背中を追ってしまう。
「今……その女は『カイエ君』とか言ったわよね? それって……フラグ以外の何モノでもないわよ!」
久々のヤンデレモードに入ったローズだったが――
「ローズ、おまえさあ……俺はおまえたちに、勝てないんだから……警戒する必要なんて無いだろ?」
重なる唇――そして、抉じ開けられる唇……濃厚なラヴシーンに、エスト、アリス、エマの三人も気づく。
「ミリオネって……言ったかな? 君にはすまないけど……」
「この男は……悪いけど、私たちのモノだから」
「うん、ゴメンね……だけどね、今の君よりも私の方が絶対、カイエが好きだからね!」
四人の美少女はミリオネを牽制したりせずに――カイエだけを見つめていた。
(あ……そういう事なんだね? 私だって、それくらい解るよ……でも……)
必死に手を伸ばすミリオネの目の前に――ロザリーとメリッサが、立ちはだかる。
「何度も言わなせないで欲しいのよ……おまえが何を考えてるのか、ロザリーちゃんには解ってるのよ。だけど……フン! パッと出キャラが、カイエ様を誘惑するとか……甘過ぎなのよ!」
「うん、そうだね……ミリオネ、君の優しさには感謝してるけど……僕たちだって、君に負ける筈が無いって思ってるよ」
「そのくらいで、良いだろう? ミリオネ、悪いな……こいつらに俺は、どうやら売約済みみたいだからさ」
黒髪の少年は少し困ったような……それでいて、何処か満足げな笑みを浮かべると――四人の人族の少女と魔族の少女と、幼女と一緒に掻き消える。
「おい、ミリオネ、今のって……おい、大丈夫か?」
すっかり置いてけぼりにされていたパーティーメンバーたちが、心配そうに声を掛けてくるが……
「うん、何でもないわ……カイエ君が、私たちを助けてくれたのよ。だから……今は感謝の言葉だけ、述べるべきよね……」
完敗だ――無力な自分が、勇者パーティーの彼女たちに肩を並べられる筈もない。
それどころか……彼のなんて、ほとんど何も知らないし……勝負になんて、なる筈も無い。だけど……
(私が……一番信じてるのは、自分の直感だから。私にとって、カイエ君は……)
それが無謀な戦いだと解っていても――ミリオネは、決して一歩も引くつもりは無かった。
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