第131話 会談


 それから二時間ほど掛けて――黒鉄の塔の最上階にあるダイニングキッチンで、エリザベスとゼグランは会談を行った。


 出席したのは、聖騎士団側がエリザベスとフレッド。魔族側はゼグランとサウジスの二人。

 カイエたちは全員ダイニングキッチンに集まっていたが、会談に加わったのはカイエだけで、残りのメンバーは少し距離を置いて座っている。


 ゼグランは聖王国への侵攻を一切行わない代わりに、辺境に留まることを黙認して欲しいとエリザベスに申し出た。

 それに加えて、彼ら魔族は辺境での生活で物資が圧倒的に不足しているため、対等な条件で交易をして欲しいと言った。


「我らが貴殿に提供できるのは、辺境の怪物モンスターの素材だ。怪物モンスターを狩ることで安全も確保できるのだからな……ローウェル騎士伯殿としても、悪い話ではないだろう?」


 無論――この話はカイエが事前にゼグランと話して、仕込んでおいた内容だ。


 ゼグランたちが辺境から出ないのであれば、わざわざエリザベスと交渉する必要は無い。それに物資の件もアリスのルートで、多少ヤバい橋でも渡る商人に声を掛ければ、手に入れること自体は難しくないだろう。


 それでも、エリザベスと協力関係を築くことができれば――聖王国において、魔族と人族の懸け橋になる。

 交易という平和的な方法で、まずはエリザベスを懐柔する……それがカイエの狙いだった。


「交易の際も……そちらは最小限の人数で来ると考えて構わないわよね?」


 エリザベスは為政者として、冷静に思考を巡らせる。

 魔族と交渉するなど、聖騎士としては本来論外だが――無意味に血を流すなど光の神が望むことでは無いし、彼らが怪物モンスターを狩ることで、領民の安全が保たれるのならと、前向きに考える。


「だけど……一騎士伯に過ぎない私が、勝手に決めて良い内容ではないわね。国王陛下は、たぶん納得されないと思うわ」


 エリザベスが言うことも最もであり――聖王国セネドアは国として、魔族を排除する政策を取っているのだ。

 仮にエリザベスが承諾したとしても……事が明るみに出れば、国王ジョセフ・スレインは、ゼグランたちを排除するために王国軍を動かすだろう。


「いや、それなら問題ない」


 カイエがしたり顔で口を挟む。


「辺境を支配しているのは『神聖竜の同胞カイエ・ラクシエルだ』って事にするからさ。王都に話を広めるには……そうだな。エドワードにでも協力して貰うかな」


 王都の上空で、アルジャルスはカイエが同胞であり、裁くことも捕らえることも許さないと宣言した。

 この事実を国王ジョセフは忘れていないだろうし、第二王子エドワードは過去に二度もカイエを怒らせて、彼の怒りを買えばどうなるかを、良く知っているのだ。

 カイエが頼めば――引き受けてくれるだろう。

 

「……国王陛下を脅すつもり?」


 エリザベスは訝しそうな顔をする。

 カイエの実力を散々見せつけられた今、彼が王都を騒がせた当人であることは、最早疑う余地はないが……聖王国に仇なすのであれば、聖騎士団長として見過ごす訳にはいかなかった。


「何だよ、人聞きが悪いな。俺は別に何もしないよ。ただ、魔族だから敵だと単純に考える馬鹿に、それは間違いだって教えたいだけさ。


 カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「この話にエリザベスさんが乗らないなら、それでも構わない。俺は別の奴に声を掛けるだけだから。だけどさ……魔族を監視するって意味でも、ゼグランと交易するのは悪くない方法だと思うけどな」


 ゼグランたちとパイプを作ることで、魔族の動きを探るための情報を得る事ができる。

 無論、自分たちが不利になる情報を簡単に教えるとは思えないが、何気ない会話や彼らの行動から知る情報だけでも、得られるモノは多い。


「……解ったわ。国王陛下に報告した上で、止めろと言われなければ、ゼグラン殿と交易を始めることにしましょう。でも、領内で立ち入る事ができる場所や人数は制限させて貰うし、何か問題を起こしたら……聖騎士団全員で対処させて貰うわ」


 聖騎士団長は鋭い眼光を、ゼグランに向ける。


「ああ、その条件で構わない……我らの方から手出しをしないことは約束しよう」


 歴戦の魔将は、まるで受けて立つとでも言うかのように不敵に笑った。


「それじゃ……まずはエリザベスさんから国王に報告して貰うってことで。どうせ伝言メッセージじゃなくて直接会いに行くんだろうから、結果が出るまで一、二週間ってところか? だったら、細かい打ち合わせは一か月後。場所と時間は俺を通して擦り合わせるって事で良いよな?」


「……まるで陛下が止めないって解ってるような口ぶりね?」


「ああ、解ってるよ。そこまで国王は馬鹿じゃないだろうし……俺には、国王が怒らせたくないと思う強い味方がいるからね」


 カイエはローズたちを見て、悪戯っぽく笑った。

 彼と勇者パーティーの繋がりは、国王も知っている。国王にとってはカイエを怒らせるよりも、勇者たちの不興を買う方が嫌だろう。


 今回の件に、ローズたちを巻き込むのはどうかとも思ったが……そんなことを言ったら、本人たちが怒ることくらい、カイエも解っていた。


「国王陛下には、色々と貸しがあるから。文句を言ってきたら、私が相手になるわよ」


 ローズはニッコリ笑う。

 もし国王が、魔族に味方することで勇者の名声に傷がつくなどと言ってきても――ローズは笑顔のまま、バッサリと切り捨てるだろう。


 エストもアリスも、そしてエマも珍しく無言だったが、彼女たちも思いは同じで……


 それがエリザベスにも解ったから、もう何も言い返さなかった。


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