第124話 聖騎士団の実力


 何故かデレているバーンとデレクに、カイエが呆れていると――


「確かに凄い実力ね……だけど、このまま終わらせるつもりは無いわ」


 そう言いながら姿を現わしたのは、仮面の女騎士だ。

 流れるような銀色の長い髪に、滑らかな白い肌。顔の上半分だけ、蝶の形をした仮面を付けているが――どう見てもエリザベスだ。


(正体を隠すつもり……なんだよな? 夜の女王様にしか見えないけど)


「……騎士団長」


 思わず漏れた呟きに、エリザベスは聖騎士たちを睨み付けるが――『何なんだよ、このグタグタ感は』とカイエはジト目になる。


「……コホンッ! カイエ・ラクシエル。あなたがエマ・ローウェルの相手に相応しい男か。この『銀鱗蝶の騎士』が見極めさせて貰うわ!」


 エリザベスは強引に空気を引き戻そうとする。


 聖騎士団の白い甲冑姿で、白銀の大剣を構える彼女の姿は――剣の色こそ違うが、さすがは親子というところか、エマにそっくりだった。

 口元を引き締めて、力みのない感じで剣を向ける彼女の全身から、凛としたオーラのようなものが放たれる。


「へー……なるほどね。さすがは……いや、何でもない。『銀鱗蝶の騎士』だっけ? じゃあ、しっかり見極めてくれよな」


「良いでしょう……さあ、始めるわよ!」


 エリザベスは甲冑を纏っているとは思えない軽やかな動きで、一気に加速した。

 

 距離を詰めて最初の一撃を放つと、まるでカイエが避ける方向を予測していたかのように追いすがり、二撃目、三撃目と矢継ぎ早に剣を叩き込む。


 エリザベスの攻撃を、カイエは細身の剣レイピアで受けるのではなく回避した。

 そもそも大剣を受け止められるような代物ではないが、これまではカイエの超絶技術によってピンポイントで力を加える事で、逆に相手の武器を破壊してきた。


 しかし、エリザベスの剣の動きは、そんなカイエの思惑を見透かしたかのように微妙に軌道を変えるので、下手に受ければカイエは剣の方が折れてしまうのだ。


「さあ……避けているだけじゃ、何も証明できないわよ。カイエ・ラクシエル――己の驕りを後悔しなさい!」


 ここに来てエリザベスの動きが、さらに加速する――


 エリザベスの実力は本物だった。技術テクニックとスピードだけなら、エマを凌駕している。

 装備の重さを全く感じさせないスピードと正確無比な動き……しかし、それはあくまでもカイエと出会った頃のエマと比較した場合の話だ。


「悪いけどさ……俺たちとあんたじゃ、踏んできた修羅場の数が違うんだよ」


 そう言うとカイエは、避けるのを止めて初めて一撃を放つ。

 確かにエリザベスの動きは速く、技術テクニックもあるが――カイエが見極められないレベルではないのだ。


 エリザベスの動きにシンクロするように、カイエは白銀の大剣の一点に集中して突きを放つ……しかし、絶妙なタイミングで横槍が入った。


 投げ付けられた短剣は、二人の剣の間に挟まる形で粉砕されて――カイエは変化した力のベクトルのせいで剣を折らないために、飛び退るを得なかった。


「勝負に水を差すようで申し訳ないが……ラクシエル殿。ハンデだと思って、許して貰えるかな」


 短剣を投げたのは――エマの父親、フレッド・ローウェルだった。


「フレッド……どうして……」


 納得できないと、エリザベスは彼を睨み付けるが――


「悪いが、エリザベス……二人の実力の差は明らかだ。君の力では、ラクシエル殿には勝てないよ」


 フレッドはエリザベスを名前で呼んで、優しい笑みを浮かべる。


「だったら……あなたは、エマの事を諦めろと……」


 エリザベスは非難するように、表情をさらに厳しくするが、


「いや、そうじゃない……私も一緒に戦うと言っているんだ」


 そう言ってフレッドは、エリザベスの隣に立つ。


「ラクシエル殿なら、二対一でも問題ないと思うが。私たちの大切な娘を奪おうと言うのんだから……まさか嫌とは言わないだろう?」


 人の良さそうな顔のフレッドの目には――したたかな光が宿っていた。


「ああ、俺は構わないけど」


 カイエは面白がるように笑う。


 フレッドは聖騎士にしては珍しい二刀流だった。使い古した感じの二本の幅広の長剣は、よく手入れがされており、その刃には傷一つない。


「それでは……仕切り直しだな。エリザベス――王国聖騎士団の本当の実力というモノを、ラクシエル殿に見せるとしよう」


「ええ、フレッド……頼りにしてるわよ」


 エリザベスが素直に従った理由は――フレッドの『本当の実力』という言葉が、虚栄や戯言ではなく、嘘偽りのない事実だったからだ。


 先にエリザベスが動いて、再びカイエとの距離を詰める。矢継ぎ早の攻撃――ここまでは、先ほどまでと変わらなかったが……


 カイエが剣を繰り出そうとすると、そのタイミングを計ったかのように逆側からフレッドが仕掛けて来た。


 カイエが避けると、今度はエリザベスが、まるで避ける方向を予め知っていたかのように回り込んで来る。


(へえー……なるほどね)


 二対一なのだから、カイエが不利になるのは当然だが――バーンとアレクのときも、聖騎士たちに周りを囲まれたときも、カイエは複数から同時に攻撃されようと、一切問題にしなかった。


 しかし、二人の攻撃は、カイエに反撃するタイミングを与えていない。


 聖騎士団長と副団長の夫婦という息の合ったコンビによる連携。確かにそれが、カイエに対抗できている理由ではあるのだが――

 二人の連携をコントロールしてるのはエリザベスではなく、フレッドの方だった。


 全体を見渡せる広い視野と、刻々と変化する状況を見極める適応力。そして純粋な戦闘能力という点からも――フレッドの実力は、エリザベスを上回っていた。


「フレッドさんって、面白い人だな。聖騎士団の実力って奴を、確かに見せて貰ったよ。だけどさ……俺もエマを諦めるつもりはないから」


 確かに技術テクニックだけで、二人の連携を崩すのは簡単ではないが――少し強引な手段を使えば、カイエならどうにでもなる。


 エリザベスが次に放った一撃に、カイエはシンクロするように突きを放とうとする。


 当然フレッドは、そうはさせまいと背後から剣を見舞うが――カイエは振り向きざまに双竜脚二段回し蹴りを放って、フレッドの二本の剣を踵でへし折った。

 そして、そのまま回転してエリザベスの方に再び向き直ると、今度は突きで彼女の大剣を粉砕したのだ。


 いったい何が起きたのか……思考が追い付かずに、他の全員が沈黙する中――


「あのさ。蹴りが反則なら、やり直しても良いけど?」


 カイエは揶揄からかうように笑っていた。


「ハ、ハハハ……ラクシエル殿、君は本当に無茶苦茶な男だな」


 フレッドは諦めたような、そして何処かスッキリしたような笑みを浮かべるが――


「……いいえ、まだよ。まだ、終わりじゃないわ!」


 刀身が粉砕されて柄だけになった大剣を握り締めながら、エリザベスは肩を震わせる。

 カイエを見据える青い目は――完全に座っていた。


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