第118話 エマの帰宅


「まあ、魔族の残党の件は、状況に合わせて動くとして……先にエマの要件の方を済ませておこうか」


 二日目の夜。街道沿いに出現させた黒鉄の塔のダイニングキッチンで、カイエは勇者パーティーの四人に向けて言った。


 ちなみに今夜の夕食は、久々にアイシャが一緒ということもあって、カイエとエストがコラボして料理を振舞った。


 エストが用意したのは、濃厚なクリームやソースを使ったボリューム感のある品々で、カイエが出したのは、甘酸っぱいライスの上に炙った魚の切り身を乗せた料理と、デザートだった。


 カイエがエレノアに振舞った料理のことを、エマから道中で聞いたアイシャがリクエストした形だが――初めて食べる料理とスイーツの美味しさに、アイシャだけでなくロザリーまで、夢見心地のような顔をしていた。


「エマの家族に会うんだから……一応、いっておくけどさ。いつもみたいに、俺に密着するのは禁止だからな」


「「えー! どうして?」」


 すかさず抗議の声を上げたのは、ローズとエマ本人だった。


「どうしてって……常識的に考えろよ。仲間の親の前でベタベタするとか……さすがに無いだろう?」


 『あんたが常識とか言うんだ?』とアリスは意地の悪い笑みを浮かべていたが、カイエは無視スルーする。


「まあ……そうだろうな。客観的に見れば、人のうちに来ていきなり……その、イチャイチャするとか……」


 エストも大人の意見を言うつもりだったが――途中で、ほんの二日前にシルベーヌ子爵の前で見せた自分の振る舞いや、過去の数々の所業を思い出して真っ赤になる。


「やはり……私も、もう少し自重した方が良いのでは……」


「あら……良いの、エスト? そんなことを言ってると――」


 アリスに目線で促された先には――左右からカイエに密着するローズとエマがいた。


「だったら……今夜のうちに、いっぱいカイエに甘えないと」


「うん……そうだよね。ねえ、カイエ……もっと私を構ってよ!」


「あー! 二人とも、それは狡いだろう!」


 さっきの台詞は何だったのか、エストが慌てて参戦すると――アリスも何食わぬ顔で、四人に加わる。


「何だよ、アリスまで……」


「何よ、私だけ我慢しろってこと? そんな意地悪言うなら……こうしてやるから!」


(あの……私も、いるんですけど……)


 刺激の強すぎる光景に、アイシャは真っ赤な顔を両手で覆いながら――指の隙間からバッチリと、五人を観察していた。


※ ※ ※ ※


 翌日、カイエたちはローウェル騎士伯領の領都グランバルトに到着した。


 北側の小高い丘の上に堅牢な城塞があり、南側に市街地が広がる光景は、かつてグランバルトが、聖王国の北の守りの要であった頃の名残だ。


 市街地全体は六メートルの分厚い壁に覆われているが、街中は敷地に余裕があり、開放感がある感じだ。真っ直ぐで広い通りや点在する広場など、大都市の密集した街並みとは一線を画している。


 エマの家族は『伝言メッセージ』の魔法が嫌いだと言っていたが、仮にも各地に聖騎士を派遣している聖騎士団の本部なのだ。『伝言メッセージ』を使える者がいない筈もなく――エマには、自分が戻る旨を事前に連絡するように言っておいた。


 その甲斐もあってか、すでに話は伝わってたようで、北側の城塞――聖騎士団本部に到着すると、カイエたちはすぐに中に通された。


 最上階にある円卓の間で彼らを待っていたのは――二人の聖騎士だった。


 一人は、茶色の髪をした四十代の男。口髭を生やした穏やかそうな人物だ。


 そして、もう一人は……―目見た瞬間に、エマの母親だと解った。

 肌の色こそ白いが、銀髪も深い青の瞳もエマと全く同じで――エマを大人っぽくて、もう少し凛々しくした感じだった。


「ただいま、お父さん、お母さん!」


 開口一番、エマはニッコリと笑う。

 まさに自宅に帰って来たという感じで、気遣いなど全くしていない。


 そんな彼女の態度に――エリザベスは溜息をつく。


「エマ……あなたには、色々と言いたい事がありますが。その前に……皆さん、ようこそグランバルトへ。そして、エマを連れて来てくれたことに感謝します」


 エマは伝言メッセージに、そんな事は一言も書いていなかったが――さすがは親子ということだろうか。アリスに言われたから帰って来たのだと、完全に見透かされていた。


「うちの娘は末っ子のせいか、我がまま放題と言いますか……皆さんにも、いつも迷惑を掛けているのでしょうな。本当に申し訳ない」


 口髭の男、エマの父であるフレッド・ローウェルが苦笑する。


 ちなみにエマの両親と勇者パーティーの面々には面識があり、アイシャは小さい頃から何度も会っている。だから、初対面なのはカイエとロザリーだけだった。


「もう、みんなに悪口を言うために私を呼んだの?」


 フレッドの言葉に、エマは文句を言うが、


「いいえ、そうではないでしょう、エマ? 魔王討伐戦争が終わったら戻ると言っていたのに、いつまで経っても帰って来ないから。私もフレッドも、あなたの事を心配していたんですよ」


 エリザベスに窘められると、さすがに少しバツが悪そうに、


「うん、連絡しなかったのは悪かったけど……でも、すぐに帰るって約束してた訳じゃないからね? それに私だって、もう子供じゃないんだから、心配なんかしなくても……」


 そこまで言い掛けたとき――荒々しい音を立てて、部屋の扉が開いた。


「……やっぱり、エマだ! エマ、帰って来たんだな!」


「おまえなあ……なんで、連絡の一つも寄こさないんだよ!」


 部屋に入って来たのは二人の若い騎士で、一人はフレッドと同じ茶色の髪、もう一人はエマと同じ銀髪だっが、顔つきは良く似ていた。


 二人はエマ抱き寄せると、髪がクシャクシャになるまで頭を撫でまわす。


「バーン兄さん、アレク兄さん……いきなり、何するのさ!」


「うるさい、エマ! 兄さんたちを放って置いたおまえが悪い!」


「そうだぞ……俺だってバーン兄さんだって、物凄く心配してたんだからな!」


 和気あいあいとした感じで、二人の兄は妹との久々の再会を喜んでいた。


「バーン、アレク……お客さんの前ですよ。いい加減にしなさい」


 そんな二人を、エリザベスは窘めようとするが――妹を構うのに夢中な彼らには聞こえていなかった。


「なあ、エマ……帰って来たんだから、おまえも聖騎士団に入るんだろう?」


「いや、そうじゃなくて。今日は立ち寄っただけで、またすぐに出掛けるから」


「何言ってんだよ、おまえ? そんなこと、兄さんたちが許す筈かないだろう!」


 エリザベスの肩が震える。しかし、バーンとアレクは気づいておらず、そのままエマを構い続けていると――


「あんたたち……ホント、ふざけるんじゃないわよ!」


 怒涛の叫びを上げると、エリザベスは怒りの形相でバーンとアレクに迫る。


「「か、母さん……」」


 ようやく事態に気づいた二人が、たじろぐように後退ると、エリザベスはエマの方に、にじり寄って――ガシッと思いきり抱き締める。


「え……ちょっと、お母さん?」


「……もーう! お客さんの前だから、私が我慢してたのに……何なのよ、うちの馬鹿息子たちは! エマ……私の可愛いエマ……お帰りなさい!」


 結局――エリザベスも末っ子に甘々の親馬鹿だった。


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