第98話 だから?


 イルマを庇うガゼルを前にして――カイエは揶揄からかうように笑った。


「いや、『魔王の啓示』だとか。俺としては、どうでも良いんだけど?」


「何だと……」


 攻撃的な視線を向けられても――カイエは全くお構い無しだ。


「イルマ、おまえは七代目の魔王を名乗って、世界に宣戦布告するつもりなのかよ?」


「そ、そんなこと……思ったこともありません! 私は人も魔族も好きだから……誰も傷つけたくないんです……」


 イルマの瞳から涙がこぼれる。


「でも……魔王となってしまったら……私は、どうすれば……」


「いや、うちのローズなら魔王くらい一刀両断にするけど……イルマにその気がないなら、戦う必要も無いだろう?」


「そうよ。私たちが剣を交える理由なんて無いわ!」


 ローズはニッコリと笑って――イルマに手を差し伸べる。


「魔王だって理由だけで、戦ったりしないわよ。もし、他の誰かが、それでもイルマさんを傷つけようとするなら……私たちは全力で、あなたを守るから! ……ねえ、みんな?」


 ローズの言葉に――


「ああ、当然だな!」


「うん、当たり前だよ……私、イルマさんのこと好きだし!」


「それは同意するけど……この際だからハッキリ言っておくわ。イルマさんの茶……滅茶苦茶不味いからね!」


「え……私のお茶って……お、美味しくないですか?」


 何を今さらという感じで応える三人に――イルマは顔をぐしゃぐしゃにするほど、泣き出してしまう。


「ひ、酷いですよ……私……一生懸命、入れたのに……」


「いや、お茶の事なら……これからゆっくり、エストに教えて貰いなさいよ」


 悪戯っぽく笑うアリスに――


「ああ……これからだって、幾らでも時間はあるんだからさ?」


 カイエは優しく笑うと、再びガゼルの方に向き直る。


「おまえはさ……何があってもイルマに付き合うんだろう?」


「てめえなんかに、言われるまでもねえ……俺がお嬢を、絶対に守って見せる!」


 ガゼルの宣言に――エマが食いついた。


「こ、これって……もしかして、愛の告白なの?」


「え……」


 イルマは一瞬驚いた顔をするが――即座に、笑いながら否定する。


「そんな筈……まさか、ありませんって! だって、ガゼルですよ? 私とは兄妹みたいなものですよ!」


 全否定で笑い飛ばされて――


「そ、そうだろう……お嬢! こいつら、何を馬鹿なことを言っていやがる!」


 ガゼルも全力で否定するが――台詞が空回りした感じで、ちょっと居たかった。


(うん、うん……その気持ち、私には解るぞ……)


(エマの奴……ホント、ガゼルさん、ごめんなさいね!)


 エストとアリスに同乗の視線を向けられて――いよいよガゼルの居場所が無くなろうとしているタイミングで――


「……ようやくお出ましか?」


 カイエの言葉に――皆が一斉に、彼の視線の先を見る。


 このとき、居間の一角に小さな黒いシミのようなモノが出現したかと思うと……それは瞬く間に大きくなり、人の姿を形作る。


「……貴様らの茶番を聞くのは、もう沢山だ」


 灰色の髪の長身の男――ナイジェル・スタットは侮蔑の表情を浮かべて、まるでゴミを見るように彼らを眺めた。


 この瞬間――ローズたちは肌がざわつくような感覚を覚えて、即座に臨戦態勢を取る。


 ナイジェルが放つ威圧感は――失われた都市アウグスビーナで魔神イーグレットと対峙したときよりも、遥かに凄まじいものだった。


「へえー……魔神様の登場かよ? ていうかさ……今さらな感じがするんだけど?」


 カイエだけは――面白がるように笑っている。


「『獄炎の魔神』と比べてってくらいかな? 今のローズたちなら……たぶん、こいつに勝てると思うけど?」


「何だと――」


 ナイジェルは激昂するが――

 彼が動き出す前に、混沌が渦巻く黒い球体が、眼前に出現する。


「……!」


 漆黒の球体が放つ圧倒的な魔力は――ナイジェルの想像を遥かに越えていた。

 息を飲むナイジェルに――カイエは揶揄からかうように笑う。


「魔神の力を手に入れたからって……調子に乗ったら駄目だろう? おまえがイルマを利用したいのは解るけどさ……引く気がないなら、俺が今すぐ滅すけど?」


 かつて、この世界に君臨していた数多の魔神と神の化身を滅ぼしたカイエにとって――たった一体の魔神など脅威ではないのだ。


「さあ……選べよ? 俺に滅ぼされるか、イルマを諦めるか?」


「確かに……絶対に敵わない相手とは、思わないね」


 勇者パーティーが習得したスキル――『早着替え』にて、四人はいつのま間にか完全装備の状態だった。


 エマは金色の聖剣を握り締めて――アルジャルスの迷宮で培った力を実感していた。


「確かにそうだな……『獄炎の魔神』と対峙したときのような絶望感は無いな」


 エストは最上位魔法の魔法陣を描きながら――素直な感想を口にする。

 イーグレットを見たときに比べれば……今は不思議なほど、恐怖を感じなかった。


 このときナイジェルも、違和感を感じていた。

 虫けらのような存在である筈の勇者パーティーから――決して無視できない強い力を感じるのだ。


「……どうするよ? 俺は、どっちでも構わないけどさ?」


 五人の強敵に囲まれて――ナイジェルは動けなかった。


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