第81話 復活のジャグリーン


 カイエたちが転移魔法で向かった先は――湾岸都市シャルトだった。


 一度訪れた場所に魔力を登録マーキングすることで、転移先として指定できるようになるのだが――彼らが転移して現われたのは、ジャグリーンの執務室の中だった。


「おい……これは、どういうことか説明して貰おうか?」


 書類の山から顔を上げたジャグリーンが、呆れた顔をするが――


「やはりな……カイエが転移魔法を使えない筈がないと思っていたんだ」


「誰が転移したって同じだからな。それに、俺が眠りに就く前の登録マーキングなんて、とうに無効になってるからさ。転移しようにも、転移先に指定できる場所がないんだよ」


 まるでジャグリーンなど存在しないかのように、エストとカイエは勝手に喋り始める。


「おい、君たち……」


「あ……だったら、アイシャをシルベスタまで送るのだって、カイエ一人でも良かったんじゃない? あそこなら一度行ってるから、登録マーキングしてたわよね?」


 ローズがジト目で見ると、カイエは惚けた感じで――


「いや、ほら……人にはそれぞれ役割がある訳だからさ?」


 パーティーの魔法担当として、すでにエストがいるのだから、でしゃばる気がなかったというのも本当だが――あの時点で転移魔法が使えることを明かさなかった事には、もう一つ理由があった。


 魔族の船団との戦いで――ジャグリーンの為とはいえ、カイエは最初から本気を出さなかったために、エストにはクラーケンをみすみす出現させてしまうという失態を冒させてしまった。


 だから、その借りを返すという意味合いもあって、帰りに二人きりになることを見越して、エストと二人でアイシャを送ったのだ。


「そうだな、カイエは私のことを気にしてくれたんだよ。転移魔法は、私の専門分野みたいなものだからな」


 そんな心遣いにエストも気づいていたから、フォローしようとするが――


「へえー、そうなんだ……エストとカイエって、本当に仲が良いのね……」


 久々の暗黒モードが顔を出して――ローズは灼熱の焔を燃え上がらせる。


「まあ、落ち着こうかローズ……」


 地雷を踏んだことに気づいて、カイエは顔を引きつらせながら、


「ところでさ……ようジャグリーン、一ヶ月ぶりか?」


 たった今気づいたかのように言う。


「本当に君たちは……人のことを何だと思っているんだ?」


 突然部屋に押し掛けられた上、散々空気のように扱われて――さすがのジャグリーンも、血管をヒクヒクさせていた。


「こんな真似をして……当然、相応の理由があるだろうな?」


「いや、別に理由なんて……ジャグリーンの驚く顔が見たかっただけだけど?」


 カイエは何食わぬ顔で応える。


「おい、カイエ……私は真面目に話をしてるんだぞ!」


「冗談だよ、そんなに怒るなって……今日はおまえに、頼みたい事があって来たんだ」


 カイエが何か頼み事をするなど――ジャグリーンは興味が湧いた。


「その頼みを私の部下にも知られたくないと……そういうことか?」


「いや、そこまで大げさなこととじゃなくて……」


 このとき、執務室の扉がノックされたかと思うと――間髪入れずにバタンと音を立てて開いた。


「おい……騒々しいぞ!」


 ジャグリーンの文句にも、飛び込んできた若い海軍士官は、詫びる余裕もないほど慌てていた。


「ウェンドライト提督、大変です! 交易商の連中が、大量の物資を持って押し寄せて来ています!」


「……うん? どういうことだ?」


 合点がいかないと、ジャグリーンは不機嫌な顔をするが――


「ああ、それは私が頼んだ品を持って来たのよ」


 応えたのは――アリスだった。


「悪いけど、少し待つように言って貰える?」


「アリス……何を企んでいる?」


 訝しそうなジャグリーンに、アリスは余裕の笑みを浮かべる。


「あら、人聞き悪いわね……別に何でもないわよ。買い付けた品を届けて貰うのに、ここを指定しただけだから」


 どういうことかと、全く納得していないジャグリーンに――


「アリスの話も、さっきの頼みたいことに関係しているんだよ」


 カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「実はさ、俺たちの船を造ったんだけと……物資を運び込むのに、海軍の港を使わせて貰えないかな?」


「ああ、そのくらいなら構わないが……」


 そう応えながら――ジャグリーンの警戒心が警鐘を鳴らす。


「どうして、普通にシャルトの港を使わないんだ?」


「いや……ちょっと大きい船でね。停められるような適当な桟橋が、シャルトの港にはないんだよ」


 確かに海軍の港には、複数の軍艦が停泊できるように長い桟橋を設置してあるが――民間用の港の方にも、大型の外洋船が停泊できる桟橋なら幾つもある。


「そんなに……大きな船なのか?」


「それなりにはね……まあ、使わせてくれるなら助かるよ」


 カイエは適当な感じで言うと、アリスたちを促す。


「それじゃ……さっそく始めるか?」


 彼らはジャグリーンを連れて、軍港の外れにある一隻の船も停泊していない桟橋までやって来た。


 カイエはいつものように漆黒の球体を上空に飛ばすと、水平に広げていく。


「おい、何を始める気だ……はあ?」


 漆黒は空を埋め尽くすほど巨大な円となって――そこから、白く輝く巨大な船が降りて来る。


 金属の船の全長は――実に百八十メートル。ジャグリーンが乗る海軍の旗艦『クインデルタ号』の二倍を超えていた。


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