第72話 カイエの過去
「……魂の一部をあげたって……どういう事ですか?」
エストの問い掛けに――エレノアは苦笑する。
「そのままの意味よ。あなたの口ぶりだと……カイエが一度死んでいる事も知らないみたいね?」
まるで世間話でもするような気楽な口調だったが――その内容は、エストに衝撃を与えるには十分なものだった。
「カイエが……一度死んでいるだと……」
「ちょっと待ってよ、エスト!」
エストの言葉を遮るように叫んだのは――ローズだった。
「そんな話を……カイエが私たちに聞かせたいと思う? そうじゃないから……カイエは今まで私たちに話さなかったんじゃないの?」
ローズはカイエを真っすぐ見つめて――ニッコリと微笑んだ。
「カイエの過去なんて……私は知らなくても構わない。カイエが話したくないなら、何も訊かないわ。私が好きなのは――今のカイエだから」
「ああ、そうだな……すまない、カイエ。私が愚かだったよ……」
エストは申し訳なさそうな顔をして、愁いを帯びた瞳でカイエを見つめるが――
「おまえらなあ……何を勝手に深刻ぶってんだよ?」
そんな二人を、カイエは
「おまえらに話さなかったのは――大した意味なんて無いんだ。別に面白くもない話だから、わざわざ言わなかっただけで……おまえたちに聞かれて困る事なんて、俺には無いからな?」
勿論、これは二人を気遣った嘘であり――カイエが昔のことを話したがらない事は、そういう話題のときに彼が時折見せる表情から、ローズとエストも察していた。
だからこそ……カイエのことが知りたい一心で、エレノアの話に聞き入ってしまったことを、エストは後悔するが――
「カイエが良いって言ってるんだし……エストも気にする必要ないわよ?」
アリスはフンと鼻を鳴らすと、呆れた顔でカイエを見る。
「私たちはカイエの無茶苦茶なところを散々見て来たんだから……今さら何を聞いたところで『だから、何?』って感じよ。ねえカイエ、あんたも……そのくらい解るわよね?」
私たちを馬鹿にするんじゃないわよと――アリスの瞳が語っていた。
「私もアリスに賛成かな? カイエはカイエなんだから、何があっても私の気持ちは変わらないけど……もっとカイエのことを知りたいのも本当だよ?」
エマがニカッと笑いながら、少し照れ臭そうに頭を掻く――真夜中のシャルトの港で、アリスに告白してから……彼女は自分の気持ちに素直になろうと決めていた。
「私はカイエの事なら……どんなことでも知りたいな!」
四人の気持ちをぶつけられて――カイエは降参するしかなかった。
「もう良いよ、解った……エレノアねえさん、嘘は言うなよ?」
「えー……駄目なの? 仕方ないなあ……」
そんな彼らの様子を眺めていたエレノアは、悪戯っぽく笑うと――
「じゃあ、ホントのことを話すけど……カイエは魔族の勇者として神と魔神に戦って……そして死んだのよ」
カイエの過去について語り出した――
人と魔族との間に生まれたカイエは――人としても魔族としても特異な存在だった。
幼い頃のカイエは忌み子として、両方の種族から疎まれたが――魔力と武力を併せ持つ類い希な才能を開花させると、自分の存在を実力で世界に認めさせたのだ。
人と魔族の長所だけを受け継いだカイエは、両種族の誰よりも強力な力を持っていたが……彼が特異なのは、そういう点ではなく――
人と魔族の両方を理解するが故に、両種族の争いの根底にあるものに気付いていたのだ。
人と魔族が争う理由を突き詰めて行けば――それぞれが崇める『神』と『魔神』が争っているからだった。
だからカイエは――『魔神』を崇める魔王ではなく……魔族でありながら『魔神』と敵対する勇者となり、魔族の勇者として人間が崇める『神』にも牙を剥いた。
それは一見すると無謀な戦いだったが――カイエも愚かではなく、『魔神』の中から同じ想いを持つ者を味方に付けて……『神』と『魔神』を滅ぼすのではなく、彼らから二つの種族を開放する方法を見つけ出そうとしたのだ。
そんなカイエの試みは、魔神の協力もあって成功するかに思われたが――『神』と『魔神』たちは、彼らが考えていたよりも
二つの種族を開放しようとしたカイエの前に最後に立ち塞がったのは――彼が解放しようとした人と魔族だった。
二つの種族の王の手によって――カイエは殺された。
「そうなることを……『魔神』である私は予見して然るべきなのに――『神』と『魔神』たちの了承の言葉を、私は信じてしまった」
カイエと想いを同じにした『魔神』こそ――エレノアだった。
「だから私は償いのために……自分の魂の一部を分け与えて、カイエを生き返らせたんだけど……笑っちゃうわよ!」
ここまでの重い話は何だったのかという感じで――エレノアは、あっけらかんと笑った。
「まさかねえ……カイエ自身が、魔神になるなんて思わなかったわ!」
エレノアはカイエを生き返らせただけであり、そこから先の話は――カイエ本人の努力と執念が生んだ結果だった。
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