第65話 帰り道


「それでは……みんな、行ってくるよ」


 エストが魔法を発動させると――三人の姿は森の中に転移した。


 そこはシルベーヌ子爵の城の近くにあるカラスヤの森だった。

 城内に直接転移することもできたが、いきなり現れたら騒ぎになりそうなので、とりあえず人気のない場所に転移したのだ。

 

 城までは十五分ほどで、三人は連れ立って歩いた。


「そうそう、カイエさん。面倒臭い性格と言えば……アーウィンも、大概ですけどね?」


 アイシャは王都に同行した騎士のことを、ズバッと叩き切る。


「私の事を考えてくれるのは解るんですけど……私をどこかの国のお姫様と勘違いしているみたいで……正直に言うとウザいです」


 アーウィンの崇拝するような目が――アイシャは苦手だった。


「へー……アイシャも結構言うよな? そうか、アーウィンも戻っている頃だよな?」


 護衛役として、アーウィンと一緒にオルフェンの街まで移動した後、カイエたちはアイシャを一足先に送り届けたために、彼と別れたのだ。


 アーウィンたちは大規模隊商キャラバンに合流してから帰って来る手筈になっていたが――さすがに、もう帰って来ているだろう。


「あいつには土産をやる約束はしてないからな……散々見せびらかせて、悔しがる顔を見てやるか?」


「土産って、その……私の絵の事ですよね?」


 アイシャが頬を赤らめて言う。

 カイエがシルベーヌ子爵と交渉した場に一緒にいたから、彼女も土産の正体を知っていた。


 そうでなくても……シャルトに滞在中、カイエは閃光魔法フラッシュまで使って、撮影会のような事を散々やっていのだから――どんな絵をカイエが用意したのか、アイシャにも簡単に想像できた。


「さすがに、そんなことをしたらアーウィンが可愛そうですし……私も恥ずかしいから止めてください!」


 顔を赤くして抗議するアイシャに――カイエは意地悪く笑う。


「そんなに恥ずかしがること無いだろう? 水着姿なんて俺たちも散々見てる訳だし、ビーチ以外では、普通に服を着ていたんだからさ? 例えば、これとか……可愛いと思うけどな?」


 『可愛い』という言葉に反応にして、アイシャは『にまあ』と嬉しそうな顔をするが……カイエに渡された絵を見た瞬間、


「……な、な、何ですか、これは!!!」


 顔を真っ赤にして、慌てて絵を胸に抱え込んで隠してしまう。

 そこに描かれていたのは――すやすやと眠るアイシャの姿で……バッチリ涎(よだれ)まで垂らしていた。


「それは確か……魔族との戦闘から帰る途中、おまえが寝落ちしたときのかな?」


「いえ、そんな風に冷静に説明して欲しいじゃなくて……」


 ふと、アイシャは嫌な予感がした。


「も、もしかして……他にも私が寝てるところを?」


 カイエはニッコリと、最高の笑顔で応える。


「ああ、おまえって結構無防備に寝るからさ。面白……可愛いから、結構な枚数あるかな?」


「今……面白いって言いましたね? お、お願いですから、今すぐ全部出してください! 誰にも見られないうちに、破壊します!」


 すっかり涙目のアイシャに――カイエ宥めるように言う。


「まあ……他の奴に見せるのは勘弁してやるか? でも、可愛いと思ったのは本当だからさ、俺のコレクションとして取っておくよ」


 また『可愛い』という言葉に反応してしまい――アイシャは恥ずかしくて堪らなかったが、


「絶対に……他の人には見せないって、約束してください」


 カイエだけなら――『可愛い』と言ってくれる彼になら、見られても仕方ないかと思ってしまう。

 

「ほう……どうも聞き捨てならない話をしてるようだな?」


 当然ながら、エストも一緒にいる訳であり――すっかり蚊帳の外だった彼女は、怖い目で睨んでいる。


「アイシャが可愛いとか、コレクションにするとか……やはりカイエは○リコンなのか?」


(ま……また、ロ○コンって!)


 ダメージを受けたのはアイシャの方であり――カイエはしれっとした顔で応える。


「あのなあ、俺がどういう女が好きか……エストなら解るだろう?」


「え……!」


 狙いすましたような一撃に心臓ハートを撃ち抜かれて――チョロインなエストはノックアウトされた。


「カ、カイエ……そのう……て、手を繋いでも良いかな?」


 恥ずかしそうに言うエストの手を……カイエは何も応えずに握る。

 その瞬間――ピンク色の空間が世界に広がった。


(あの……まだ私もいるんですけど?)


 一瞬で主役をかっさらわれたアイシャは――すっかり涙目だった。


「「……アイシャお嬢様!」」


 突然、二つの声が高らかに響いたかと思うと――シルベーヌ子爵の城の方から二騎の騎馬が……馬が可哀想なくらいの全速力で駆けてくる。

 言わずと知れた――クリスとアーウィンだ。


「別に今回は目立つ事もしてないのに……おまえらのアイシャセンサーは、魔王並みか?」


 顔すら判別できない距離からアイシャに気づいて、何の躊躇もなく城を飛び出してきただろう二人に、カイエは呆れた顔をする。


 それでも――


「クリス! アーウィン! ……ただいま!」


 あれだけ文句を言っていたのに、満面の笑みで二人の方に駆けて行くアイシャを――


(なあんだ……アイシャはツンデレかよ)

 

 いかにも何か企んでいそうな顔で、カイエは眺めていた。


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