第43話 もう一人の騎士


 その日の夜は、カイエが半ば強硬的に主張したので――それぞれ別の部屋で就寝することになった。


 ふかふかのベッドに清潔な白いシーツ――どのような仕組みでこの状態を保っているのか、エストとアリス、そしてアイシャの三人は不思議に思ったが……


 ローズとエマは、そんなことなど一切気にせずに――ローズは別の意味で不満だったが――快適な眠りに就くことができた。


 そして翌朝になって、料理経験ほとんどゼロの二人が参戦したことで、朝食の時間が大幅に遅れることになるが――それも何とか片付いて、予定よりも一時間遅れで彼らは出発することになった。


 昼食については、馬車のキッチンが狭いことを理由にエストが一人で調理したため、特に遅れることもなく――その日の午後遅くには、シルベーヌ子爵領の領都シルベスタに到着することができた。


「ねえ……カイエ、見てよ! 麦畑が奇麗だわ!」


 街道沿いを流れるラゼル川の水は――カイエの○壊工作によって今は豊富に流れており、そこから水路で取り込んだ水によって、麦は青々と茂っていた。


「本当に一時は……どうなることかと思ったけど……」


 車窓から景色を眺めながら――アイシャが感極まった感じで呟く。


「本当に……良かったね、アイシャ」


 エマが優しく肩に触れると――


「う、うん……エミーお姉様……」


 エマの胸に顔を埋めて泣きじゃくるアイシャの様子に、他の四人も、ちょっとホッコリした感じで和んでいたのだが――


「そろそろ……来るんじゃないの? あんまり悠長に構えていると、慌てることになるわよ?」


 そんなアリスの言葉が引き金になったかのように――突然、馬車の中に警告音が鳴り響いた。


 車体の前方の窓から行く手を見ると、街の方から駆けてくる四頭の騎馬の姿があった。


「へえ……結構良い判断じゃないか?」


 気楽な感じでカイエが言う。


 街の見張り台からは、すでに馬車の姿が見えている筈であり、黒い車体と偽造馬フェイクホースの姿は、遠目にも異様に映るだろう。


 主要街道沿いの街であり、異国の隊商キャラバンを見る機会も多いだろうが、カイエたちの黒鉄の馬車は、それらとは一線を画していた。


「まさか……正面突破するつもりじゃないわよね?」


 アリスは訝しそうな顔をするが――


「いや、さすがにねえ……喧嘩を売る気はないからさ?」


 そう言うとカイエは、思念で偽造馬フェイクホースに止まるように命じた。


 馬車から降りた六人の元に、四頭の騎馬が駆けてくると――


「……クリス! クリス・ランペール! 私よ、アイシャ・シルベーヌよ!」


 アイシャは皆の前に立ち塞がるように進み出て、両手を大きく振る。

 それに反応して――先頭の騎馬が後ろ足立ちになって、動きを止めた。


「……アイシャ様!」


 騎士は馬から軽々と飛び降りて、アイシャの前に走り寄った。


 オレンジ色の髪を短く切り、化粧っ気もまるで無かったが――騎士クリス・ランペールは、紛れもなく女だった。


「よくぞご無事で……アーウィンの馬鹿が同行していると聞いていましたが、奴は何処に? それに、この馬と馬車は……」


 抜け目のない目つきでカイエたちの方を見ると、アイシャを背中に庇うように移動する。


「クリス、落ち着いて……アーウィンとはオルフェンで別れたわ。私は早く戻ってお父様に報告したかったから、この方たちに頼んで先に帰ってきたのよ」


 アイシャに説明されても、クリスは気を抜かなかった――どう見ても、この馬と馬車は怪しい。

 いつでも剣を抜けるように身構えて、五人の出方を伺う。


「アイシャ様……この者たちは?」


「クリス、無礼よ。この方たちは……」


「勇者ローズと仲間達ってとこだな?」


 カイエは揶揄からかうように笑うと、クリスの前に進み出る。


「あんたねえ……そんな言い方じゃ、偽物だと思われるでしょうが?」


 アリスが呆れた顔でカイエの隣に立つ。


「アリス・ルーシェよ……名前くらい、知ってるでしょう?」


 威圧感のある黒い瞳に――クリスも相手が只者ではないことに気づく。


「アイシャ様……」


「クリス、本当よ! この方たちは勇者ローゼリッタ様と、勇者の同胞の皆さんだわ! エミーお姉様……聖騎士エマ・ローウェル様のことは、クリスも知っているでしょう?」


 いきなり話を振られて――エマはキョトンとした顔で『えっ……私?』と自分を指さす。

 エマは必死になって、子供の頃の記憶を思い出そうとした。


「あ……そうだ、思い出したよ! オレンジ髪の騎士の騎士のお姉さん! ギリーガレットの別荘で、一回試合をしたことがあるよね?」


 当時、若干十三歳だったエマに――クリスは完膚なきまでに叩きのめされていた。


「エマ・ローウェル様……」


 その頃の面影を残すエマに気づいて――クリスは片膝を突くと、深く頭を下げる。


「勇者ローゼリッタ・リヒテンバーグ様、並びに御同胞の方々……大変失礼致しました。我らが主シルベーヌ子爵のご息女アイシャ様を無事に送り届けて頂き、心より感謝を申し上げる」


 クリスの真摯な態度に――遅れてやって来た他の三人の騎士も、同じように深く頭を下げるが――



「そういうの……私もカイエも好きじゃないし、みんなアイシャのことが好きで助けただけだから。頭なんて下げないで良いわよ?」


 赤い髪と褐色の瞳の少女――勇者ローズが放つ存在感に、クリスは圧倒される。


(これが……勇者と言う存在なのか……)


 目を合わせなくても――その圧倒的な存在は伝わってくる。

 肌が感じる空気に、クリスは戦慄すら覚えるが……


「あのさあ、ローズ……クリスが困ってるから、そのキラキラ勇者光線は止めてやれよ?」


「えっとー……良く解らないけど? ……ウフフッ! たぶん、こういうことよね……」


 カイエの言葉に――勇者の存在感が掻き消えて……ピンク色に変わる。

 うっとりとした目でカイエの腕を取るローズの変貌ぶりに――クリスは唖然とした。


「まあ……あまり深く考えない方が良いわよ? ローズは、生き物だって割り切って考えないと……疲れるだけだから」


 同情するようなアリスの視線を浴びながら――クリスは二十四年の人生の中で、最も困惑していた。


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