81.ゾン様①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


うちの地方、というか村には、

今時珍しいシキタリが存在します。


正確に言うと、シキタリ……というより、

成人の儀、と言った方が良いかもしれませんね。


儀式というと妙に格式高いように感じますけど、

実体はなんてことはない、ただの山登りなんです。


十六の歳になったら、地元のとある名山に

その年の子どもたちが登ってくる、という。


ただ……一昔前であればいざ知らず、

登山用にいくらか整備されたその山道は、

よっぽど脇道にそれぬ限り、迷うことはありません。


もはや、完全に形式だけのシキタリ。


それでも、魔を払う為、という名目で、

なぜか廃れることもなく、今まで脈々と続いてきているのです。


「はぁ……ダルい」


そして今年。


おれ自身が十六となり、ついにその山へ登る番が来てしまったんです。


「まぁ、そう言うなって。確かに面倒だけどさ」


リュックを背負い、深々とため息をつくこちらに声をかけたのは、

同じく今年十六になるユージという同級生です。


この登山は、その年十六になる男女が揃って十月十六日に実施する為、

今回は自分とこのユージ、そしてもう一名の計三名。


「トウヤくん。さっさと登って早く帰ろ、ね?」


おれの名前をなだめるように呼ぶ、

この中で唯一の女子であるノノカ。


過疎化の進むこの村では、同い年は三人だけなのです。


「はぁ……そうするか」


おれは両手をプラプラと振って、急傾斜の山道を睨みつけました。


幼い頃からよく見知っているこの二人との同行自体は、

べつにイヤなわけではありません。


ただ、普段インドア派のおれにとっては、

こういったザ・肉体労働的な行事がただただ憂鬱なのです。


「足滑らさないよう、慎重にいこーぜ」


ユージが足元にゴロゴロ転がる岩を恐ろし気に

見つめた後、ポツリとひと言付け加えました。


「ゾン様にも、挨拶してかなきゃだしな」


ゾン様。


それはこの山に点在している、石で掘られた特殊な像のことです。


かたちとしては仏像のような造形なのですが、

それよりももっと抽象的な姿をとっているのです、


例えるならば、モアイ像と仏像の中間といいますか、

妙に立体的であって、着衣もなければ、性器などの性別を判別する突起物もなく、

まっさらな姿のまま、ところどころに鎮座しているのです。


村の人々は、それらの存在をゾン様と呼び、

山神と同義のものとして崇めていました。


おそらく、当初は像様と呼んでいたのが

なまってそういう呼称となったのだろう、とはおれの爺さんの談です。


「ゾン様、か……」


この成人の儀の本当の意味は、この山中にある

ゾン様の像を拝んで進む、というもの。


ただ山登りさせることだけが目的ではありません。


「はぁ……アホらしい」


しかし、元来信心深さをツユほども持ち合わせていなかったおれは、

そんなシキタリに従うことに反感を覚えていました。


その上、ちょうど反抗期も重なっていたせいか、

ぜったいに拝んでなんかやるものかと、半ば本気で考えていたのです。


「じゃ、行こっ」


にこやかに笑うノノカの笑顔に苦笑いを返しつつ、

内心の面倒くささをため息に変え、

おれたちは早速山や足を踏み出しました。




「はぁ、はぁ……く、っ」


歩き始めてもやは一時間。


土を踏みしめる足は、ビリビリと重くなってきています。


小石と落ち葉の混ざった、足を取られる土。

木の根の張ったくねくねとした傾斜を登っていく道のり。


いくら整備が進んだとはいえ、

山遊びを卒業して久しいおれたちにとって、

なかなかにハードな道のりです。


「……さ、一つ目は終わり。じゃ、次にいかなきゃ」

「ハァ……まだ上がるんだよな」

「ほらほら、早くしないと。夜までに帰れなくなっちゃうよ」


ノノカとユージは軽口をたたき合いながら、

さっさとゾン様から目を離し、登山道へと戻っていきます。


(二人とも、この顔に違和感を感じてない。……おれの気にしすぎ、か?)


親や過去の先輩たちからも、山道のゾン様を

きっちり拝んでくるんだぞ、とだけしか言付けられていません。


仏像や観音様の中には、憤怒の感情のものだって存在するし、

さほど気にする必要もないのかもしれません、が。


(まさか……おれが半端な気持ちで、ここに来たから……?)


信心の欠片もない、おれのことを怒っているのか。


そんな恐怖心を覚えているこちらなどしり目に、

ただただその像は山の頂上へ向けて怒気をはらんだ顔を向けていました。


「おーい、トウヤ! 置いてくぞーっ!」

「あ、悪い! すぐ行く!」


こんな調子で山を登っていくのはどうにも気が乗りませんが、

ずっとここにいるわけにもいきません。


おれはバタバタと足元の砂を蹴散らしつつ、

彼らの後を追いかけました。


>>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る