78.廃病院からの着信②(怖さレベル:★☆☆)
「ど……どうしたの、そんなところで」
慌ててかけ寄って肩をつかむと、
シャツにまでにじんだ汗が、じっとりと皮膚を伝わってきました。
「お……音、が」
「音……?」
「ずっと……ずっと鳴ってるんだ、俺の……耳の中……」
ガタガタと歯の付け根が合っていないような声で発するそれは、
なんの脈絡もなく、まったく意味を受け取ることができません。
「耳がおかしいの? お母さんついていくから、耳鼻科いく?」
てっきり幻聴か耳鳴りかと、かかりつけの耳鼻科に連絡を入れようと、
携帯をカバンから取り出した、その時。
「……あ」
着信。
電話番号は、あの歯科医院。
「も、もー……こんなときに間違い電話なんてやぁねぇ」
あまりにもタイミングが悪いそれにうすら寒さを感じつつも、
こう何度もかけられては迷惑と、そっと通話ボタンを押しました。
「もしもしー? あの、間違い電話ですよー」
「か……母さん」
さっさと指摘して終わらせようと、無理に明るい声で電話に出ると、
ヨシヒロが引きつったような表情でこちらを見上げました。
「間違い電話って……ど、どこから……?」
その眼差しにはなぜか色濃い恐怖が浮かんでいて、
私は少々気圧されつつ、苦笑いで既に切れている電話を振りました。
「昼間っから着信が何回も入ってきててね。隣の県の、白来屋歯科ってトコから」
「し……白、来屋」
息子は、その名前にびくっと大げさに身体を揺すりました。
「なっ、なんで、なんでだよ……っ!」
「よ、ヨシヒロ?」
両手でガッと頭を抱え、イヤイヤをするように首を振って、
まるきり正気を失ったかのような有様です。
「ど、どうしたの。なにかあったの?」
「っ……う、ぅ」
その問いかけに、息子はこわごわと薄く目を開いて、
縋るように私を見上げてきます。
そして、そのままポツリポツリと告げられた内容は、
私の心中をかき乱すには充分すぎました。
「き……肝、試しで」
「……肝試し?」
「う、うん……その、白来屋医院。そこ、有名な心霊スポットだって……
サークルの先輩たちが、一緒に行こうぜって……昨日、行ってきたんだ」
確かに、大学生であればそういった先輩たちとの
付き合いも大切だとはわかっています。
しかし、有名な心霊スポットである電話番号からの着信。
それがかかってくる、ということは――?
「え……? そ、そんなトコロの電話が、私に……?」
「っだから! おかしいんだよ、だって、俺たちが行った時、
あそこ火事で焼けて真っ黒で……心霊スポットっていったって、
中になんて入れないんだ。ちょっと庭の辺りをウロついただけ、で」
小さく呻きつつ、息子は更に続けました。
「……だっていうのに、突然、その焼け焦げた敷地内から、
電話の呼び出し音が鳴ったんだ。ありえないって、皆ビビッてさ。
対して散策もせずに逃げ帰って……」
「で……電話の呼び出し音?」
「あんな真っ黒焦げの中、電話が生きてるわけないのに。
早朝、俺が帰ってきただろ? ……で、寝た後……朝、起きたらさ」
隠し切れない震えを指先に宿したまま、
ヨシヒロはうずくまった足の間に置いていた携帯をこちらに見せてきました。
「え……っ」
不在着信、100件。
確か、通知は100件以上は表示されないはずだから、
もしかしたら、もっと――。
「ずっと。……ずっとだ。ずっと着信が入るんだ。マナーモードにしても、耳の中で、ずっと音が鳴ってる気がして……」
息子は、放り投げるように携帯を置いて、
体育座りでぶるぶると震えました。
「電話番号もずっと同じ。延々と、着信拒否するのも怖くて……」
「い、一緒に行った他の人と、連絡つかないの?」
「……メッセージ送ったり、電話してみたけど……」
あいまいに口ごもって俯くその姿から、
ろくにやり取りができていないことが伺えました。
「母さん。どうしよう、俺、どうしたら……」
普段、めったに親など頼らない息子。
その時は、よっぽど追いつめられていたのでしょう。
私は、そんな様子を見ていてもたっても居られなくなり、
放り投げられたままの携帯電話をむんずと掴み取りました。
ブルブルブル……
マナーモードに設定されたそれが、振動で着信を告げてきます。
表示されている着信番号は、
やはりあの白来屋歯科医院のもの。
「はい、もしもし?」
「え、あ、母さん!?」
その電話を取った私に、息子は驚愕の表情を浮かべてのけ反りました。
『…………』
私が自分の携帯で出た時とは違い、
今回は、無音ではあるものの切られることなくつながっています。
「……もしもし。白来屋病院さんですか」
『…………』
無音。
いや、遠い音の向こう。
微かに感じる、何者かの息遣い。
「昨日は、息子の不徳の致すところ、大変ご迷惑をおかけいたしました。
本人も深く反省しております」
『…………』
謝罪の言葉に、電話の向こうの主はただただ無言です。
「私にお電話入れて下さったのもそちら様でしょうか?」
『…………』
問いかけに対する反応ともつかない、ただただ遠い息遣いだけが聞こえてきます。
「本日これから、ご無礼を詫びに息子とともに花をそなえに伺います。
それで、お許しいただけないでしょうか」
『…………』
プツッ
私の言葉にどう思ったのか、電話はそこで途切れてしまいました。
「か……母さん……」
「大丈夫。話は聞こえたみたい。……これから、一緒に行きましょう」
携帯を息子に返そうとして、
自分の手のひらが小刻みに震えていることに気づきました。
息子の為と気を張っていたものの、
得体のしれぬ相手との会話、今更ながらに恐怖が押し寄せてくるのを感じます。
私はグッと無理やり笑みを浮かべ、力強く言い放ちました。
「行きましょう。……もし連絡がつくなら、一緒に行った子たちにも声をかけてみて」
「う……うん……わかった……」
心ここにあらずな様子の息子は、それでも必死に頷いてくれました。
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