78.廃病院からの着信①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

『50代女性 北爪さん(仮名)』


ええ。あれは……そうですね。

うちの息子が、大学生の時だったでしょうか。


一人息子のヨシヒロは、手前みそですが、

人好きのする明るい子どもでして。


大学に入っても、さほど苦も無く友人を作り、

学業はもちろん、サークル活動にも精を出して、

充実したキャンパスライフを送っていたようでした。


日に日に遅くなっていく帰宅時間に心配は募ったものの、

夫はもう子どもじゃないんだから好きにさせておけというし、

せっかくの楽しい時期、水を差すのもかわいそうだと、

私もあまり口を出さないようにしていました。


そんな順調な大学生活を送っていたはずの息子の様子が、

ある日を境に、少々おかしくなったのです。


そう、あれは夏真っ盛り。

熱中症が連日注意喚起されていた、ある日のことでした。


明け方近くに帰ってきたヨシヒロは、さすがに苦言を呈した私に

小さく詫びの言葉を言った後、そそくらと自分の部屋に引っ込んでいきました。


普段であれば、多少反省の表情は見せるものの、

小言など聞き流して風呂場へ直行するのに、

今日はそんなに疲れたのかな、と少し体調が心配になったものです。


しかし、大学生の息子は夏休みのまっさなかであっても、

夫も私も、平日は当然仕事の日。


あんな時間に帰ったのだからどうせ昼過ぎまで起きてこないだろうと、

一応冷凍パスタが入っていることだけ書き置きして、

私は自分の職場へと向かいました。




「北爪さん、電話鳴ってません?」


これから帰宅しようと制服を着替えていたそのタイミング。

同僚の女性が、私の携帯の振動に目ざとく気づきました。


「あら、ホントだ。……え?」


ひょい、と携帯を持ち上げれば、

プツっと着信は途切れてしまいました。


しかし、私が言葉を失ったのは、

その着信履歴の件数が、すさまじいことになっていたからです。


「ふ、不在着信……三十四件……?」


パートタイマーで働いている自分は、

今日は午前十時から午後二時までの五時間勤務。


確か、間に挟まれる十五分休憩をとったのは十二時のお昼時。


その時確認した限りでは着信なんて入っていませんでしたから、

それからの二時間ほどで、三十四もの電話が入っていたことになります。


「いったい誰から……」


あまりにも常軌を逸した件数に怯えつつ、

おそるおそる不在着信の詳細をチェックすると、


「……誰?」


そこには見たことの無い番号が、ズラリと並んでいました。


番号としては、皆同じ。

市外局番から察するに、お隣の県からのようです。


まずは見知った旦那や息子からの着信ではなかったことにホッとしつつ、

間違い電話か、それともセールスなのか、電話番号からネット検索をかけてみれば、


「……白来屋歯科医院?」


ヒットしたのは、隣県の歯科医院。


なぜか聞き覚えのあるその名前に、

記憶を探るようにジッと考えこんでいると、


「白来屋歯科? ……それって、何年か前に火事になったところじゃない?」


私のつぶやきを聞いていたらしい同僚が、

目ざとく突っ込みをいれてきました。


「ああ……そういえば、一時話題になってた……!」


数年前。放火が原因で全焼した、歯科医院。


なかなか犯人が割りだせず難航し、連日ワイドショーを賑わせていたそれ。


最終的に捕まった犯人は、その歯科医師に恨みを

持っていたという親類で、もう裁判も終わっていたと記憶しています。


しかし、そんな廃院状態であろうはずの歯医者から、

いったいどうして、私の携帯に電話が?


疑問符だらけの脳内を整理しきれず呆然としていると、

手に持ったそれが、不意に振動を始めました。


「……あ」


またもや表示される番号は、その白来屋歯科医院のもの。


私は、そうっと通話ボタンをタップし、耳に機器を押し当てました。


「も……もしもし?」


プツッ


こちらが声を発した瞬間、相手はなにも言わず、通話は切れてしまいました。


「なんだったの? 歯医者の話に、電話に……」

「うーん……間違い電話、かな……?」


使われていない電話番号が別所で再利用されるというのはよくある話です。


おそらく、その歯科医院で使用していた番号を使っている

誰かがかん違いしてかけているだけでしょう。


私はなんの返答もなしに切られた携帯を眺め、小さくため息を吐きだしました。




「ただいまー」


結局アレ以降電話が再びかかってくることもなく、

薄気味悪い着信履歴はすべて削除して、自宅へと帰りつきました。


玄関で帰宅の声をかけるも、

息子のヨシヒロからはなんの返答もありません。


まだ寝ているのか、それともどこかへ出かけたか。


とりあえず、洗濯と掃除でも始めようかと、

荷物を置きにリビングへ足を踏み入れた時、

その驚くべき光景が、目に飛び込んできました。


「よ……ヨシ、ヒロ?」


リビングの、中央。

両手で耳を塞いでうずくまる、息子の姿。


「か……母さん……?」


ギョッと目を剥いたヨシヒロは、

ブルブルと全身を小刻みに揺らしながらこちらを見上げました。


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