68.真夜中のパーキングエリア②(怖さレベル:★★★)

「なっ……なになに!?」


眠っていた泉が、ガバッと身体を起こしました。


「じ、地震!?」


隣の佐々木も慌てて身体をダンゴムシのように縮こまらせている中、

オレは嫌な予感にキョロキョロと慎重に周囲を見回しました。


(ぶつけられた……!? でも、周りに車なんて……)


今の衝撃。


追突まではいかずとも、車と車が当たったかのような、重い震動です。


車の外を確認しても、駐車場にあるのは大型トラックが三台ほど。

それも、いっさい隣接せず、ポツリポツリと離れています。


「ふわあ……なんだかわかんないけど、目ぇ覚めちまったよ」


後部座席の泉がゴソゴソと毛布をどかして、

ペットボトルに口をつけています。


丁度良いと、パーキングエリアを移動することを伝えようと振り向くと、


「……あ?」


ポカン、と間の抜けた声が出ました。


泉の、さらに後ろ。

車のリアガラスに見えた、一つのモノ。


「あ? なんだよ……」


オレの視線をたどるように、泉もキョトンとした表情で

振り返り――ピシリ、と硬直しました。


「なっ……なな、なんっ……!?」


ガタンッ、と体制を崩した彼が、

舌を噛みそうな勢いでガクガクと震えます。


「どっ……どうして、うで、腕がっ……!」


生白い、腕。


ひじから先ほどの、闇夜でなお、その白さを際立たせる腕が――

車の外、上部からリアガラスに伝うようにたらりと垂れています。


「ひ……人が、人が上に……!?」


そこに腕があるというコトは。


この車の屋根に全身を乗せ、

腕だけガラスに垂らしている状態しか、考えられません。


「ばっ……バカ野郎! ど、どうやって登ったっていうんだよ!」


佐々木もそれを目にして、半狂乱で叫びました。


彼の言う通り、ついさっきまで周囲に人なんていなかったし、

当然ながら、今まで人を乗せて走っていた、なんてこともありません。


なら、この後部ガラスに見えている腕は、いったいなんなのか。


「……車、出せ」


佐々木が、低く唸りました。


「早く! 車、出せよ!」


怒気すら込められたその声に、オレは意を決して頷きました。


「……っ、分かった」

「えっ……お、落ちたらどーすんだよ!」


泉が、慌てふためきながらこちらを見ます。


「じゃあお前、外へ出てアレに声をかけられんのか!?」

「い……いや、それは……」

「こんなん、フツーの人間じゃねぇよ! もし、ホントに

 人だったとしても……おい小山! エンジン入れろ!」

「お……おぉ」


佐々木のあまりの剣幕に押されつつも、オレは急いでエンジンを入れ、

ギアをドライブに合わせました。


「っ……動かすぞ」


未だ心配そうな表情の泉も、しかしもう何もいいません。


オレはバックミラーに映る腕を睨むように凝視した後、

グッと奥歯を噛み締めて、少しずつ車を発進させ始めました。


チラチラとミラーでそれを様子見するも、

伸びた白い腕はただプラプラと揺らぐばかり。


「おい……」


佐々木が物言いたげな視線を向けてきます。


「……わかってる。泉、後ろ見ないで前だけ見てろ」

「あ、ああ……」


無理やりミラーから視線をズラし、思い切りアクセルを踏み込みます。


ブウゥウ……


急激なスピードアップに、ぐらりと車体が揺れますが、

オレはそのままパーキングエリアの出口に一直線です。


(消えてくれよ……!)


半ば祈るような気持ちで正面だけを向き、

通行の減った合流地点へあと少し、という瞬間――


ドンッ


再び大きく車体が振動しました。


「わっ、な、なんだよっ!?」


只でさえ緊張の極限状態。


怒りすら湧いてきてつい大声を上げると、

佐々木がフッと小さく息を付きました。


「さ、佐々木っ……なんだよ、ため息なんかついてっ」

「……ミラー、見てみろよ」

「えっ……?」


しぼんだ風船のような佐々木の声に導かれるがままバックミラーを見やれば、

そこには――なんの変哲もない、ただの夜の高速風景だけが広がっています。


「あ……う、腕は……?」


泉が、涙目状態でウルウルと声を漏らしました。


「消えた。いなくなった、みたいだ」

「そ、そっか……」


シン、と一瞬静まった車内で、ゴト、と重い音が響きました。


「なっ、なんだっ!?」


慌てて再び後ろを振り返れば、


「……あ」


後部座席にいた泉が、緊張がほぐれた安堵か、現実逃避か、

顔を突っ伏して失神しています。


「あーあ。……オイ、さっさと移動しちまおうぜ」


呆れたような、ホッとしたような口調で佐々木が苦笑いしたのに同意し、

オレたちは早々とその場を走り去りました。




結局その後、再びパーキングエリアに泊まる気にはとてもなれず、

真夜中の夜の道を一睡もせずに走り続け、

日の昇る直前に、地元へとたどり着きました。


コンビニに車を置いてよく確認しましたが、

当然ながら人の乗っていた痕跡など欠片もなく、

ただただ三人して首を傾げるばかりでした。


あのパーキングエリア自体、

なにか曰くでもある場所だったのかもしれません。


しかし、ネットで詳しく調べても、地名の由来くらいしか見当たらず、

同様の体験談なども見つからず終いでした。


その後、似たような恐怖体験をすることはありませんでしたが、

アレがトラウマとなり、めっきり車中泊をする機会は減り、

今ではきちんと宿に泊まるようにしています。

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