66.湖のそばの病院①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


えぇと、僕、ある時からほんの少しだけ、

霊感みたいなのがついてしまって。


”みたいなの”というのは、

その……全然、ハッキリと何かが見える、って訳じゃないんです。


ただ、ぼんやりと黒いモヤみたいなのが見える、ただそれだけ。


当然、除霊なんてできないし、

そんなのが見え始めたのは成人してから。


よく幼子の頃だけ見えた、なんて人とは正反対の減少に、

当初は目か脳の病気を疑ったものです。


しかし、いくら精密検査をしようとなんの異常もない現状に、

今となっては、それが見えるようになったあるキッカケ

――これは今回の話には関係ないので端折りますが――

のせいなのだろうと、そうそうに諦めていました。


で、そんな黒いモヤなのですが、

僕の仕事先に、とんでもないかたまりが居たんです。




僕はある医療用部材の営業をやっていまして、

お客様の事務所にお伺いすることが多々あります。


医療関連のモノなので、当然得意先は病院やクリニックが大半になりまして、

そうすると、当然ながら幽霊っぽいもの、

特に僕にとってはあの黒いモヤを見てしまう回数も多いのです。


その中でトップレベルを誇っている場所が一件ありまして。


それは、大病院――ではなく、立地的な問題か、その病院自体の問題か、

ある湖のそばに建てられている産婦人科医院でした。


そこは正直、評判も良くなく、我々営業に対しての先生方の態度も悪い。


支払いも滞りがちで、

社内でも付き合いを考え直そうという話すら出ている病院です。


とはいえ、顧客をそう簡単に切り捨てることもできず、

結局なあなあなまま取引は続いていました。




そしてその日。


僕は重い足取りでその病院へと車を走らせていました。


原材料の高騰で、商材の価格自体が上がってしまった為、

価格改定の相談に伺うというのが今回の目的です。


電話で事前に話した時から、ものスゴイ渋りようで、

今日会って話をする、というのもようやく取り付けた機会。


このまま伺ったところで、会話の途中でなんだかんだ難癖をつけられて

追い返されるのも目に見えているのですが、

仕事として、やらないわけにはいきません。


道路の途中に見えてきたその病院の看板に、

この先の顛末を想像して深々とため息を吐き出した時です。


ブワッ


「うわっ」


まるで、一か所に集っていた蛾が一気に飛び立つ瞬間のごとく。

その看板の裏から、ブワッと大量のモヤが吹き上がったんです。


「な……今の……」


瞬きの間にそれは消え失せてしまいましが、

例のモヤはいつも、ジーッとひとところに立ち尽くしていることが多く、

今のように一度に大量に出現して消え去るというのは非常に珍しいのです。


(……嫌な予感がする)


只でさ、これから怒鳴り散らされるのが分かり切っているというのに、

ますます憂鬱さが増しました。




「まったく、すぐ値上げ値上げって!

 こっちは保険診療ばっかでロクに金貰ってないってのに良く言うよ!」


ガミガミと浴びせかけられる暴言の嵐に、

僕は顔を伏せて震えていました。


(……ヤバい……)


それは、怒鳴られる内容だとか、この寒い時期に玄関口で

立たされているだとか、そんな原因ではありません。


(こんな……モヤが……)


それが見えるようになってから、おそらく初めて。

明確に恐怖を感じるほど。


それほどの禍々しい黒いモヤの集合体が、

眼前の女性院長の顔をぐるりと覆っていたのです。


間近で見ると、それはモヤというよりは、

まるで羽虫がブンブンと大量に飛び回っているかのようにモゾモゾと蠢いていて、

いくら仕事とはいえ、とても直視などできません。


「第一、あんたの会社はいっつも言ってくるのが遅い!

 こっちだってね、もっと早く言ってくれればね」


ザワザワ。


彼女が言葉を発すると、まるでそれに呼応するかのように、

うごうごとモヤの動く気配。


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