65.材木置き場の異変②(怖さレベル:★★☆)

「オイ、からかったってダメだ。このまま警察呼ぶから待ってろ」


どうせ、困った末の逃げ口上か何かでしょう。


僅かに走った悪寒に気づかれぬよう気丈に声を張り、

しがみついたままの少年の腕を外そうとすれば、


(っ、冷てぇ)


この暑さの残る真夜中で考えられぬほど、

その少年の腕はひんやりと冷え切っています。


「…………」


子どもは観念したのか、何も言葉を発しなくなり、

ジッと唇を噛んで俯いていました。


(……気味悪ぃな)


泣き叫んだり、意味不明なことを喚いてみたり、

今度は黙り込んだり。


情緒不安定なのかなんなのか、とにかくさっさと

警察に引き取って貰おうと、俺は携帯で110番へ連絡を入れました。


『…………』

「……ん?」


しかし。


コール音すらなくつながったはいいものの、

電子音声すら流れません。


「もしもし? ケーサツですか?」

『…………』


無音の向こうに、わずかに感じる息遣い。


押す番号を間違えたかと一瞬考えたものの、

すぐにあり得ない、と打ち消しました。


個人の番号にかけるのとはわけが違います。

もしたとえ番号を一つ間違えたとしても、救急でも時報でも、なにかしら音声が流れるはずです。


『…………』


しかし、電波の向こうの誰かは間違いを指摘することもなく、

ジッと耳を澄ますかのように小さく呼吸をくりかえしています。


まるで、様子を伺うかのようなそれに、

ゾワ、と腕に鳥肌が立ち、携帯を握る手のひらが、

汗でじっとりと重くなりました。


一体誰と、いや――何と、繋がっている?


虫の声すら聞こえない、夜の闇。

傍らには不気味な少年。

電話の先の、得体のしれぬ何か。


カラカラの喉で、俺はグッと奥歯を噛みしめました。


「オイ。……あんた、なんなんだ。警察じゃないのか?」

『……あ』


ボソ、と。


俺の問いかけに、ようやく小さな声が返ります。


(……なんだ、声、聞こえてんじゃねぇか)


話の通じる相手かと、ホッと息をついたその時、


『……あ、あぁ』


まるで喉に縄をかけられていうかのような、つぶれたうめき声。


憎しみすら滲むその声にギョッと身をこわばらせれば、


『あ、あぁぁぁあ』


地の底の煮えたぎるマグマを彷彿とさせるかのような、重い断末魔。


「う……うわ……」


震える手のひらは、携帯の通話を切る、

ただそれだけの僅かな動きすら出来ぬまま、みっともなく硬直するばかり。


『あ、があぁぁあ』

「……う、っ」


やばい、やばい!


究極の危険信号を発する脳細胞に、

俺は全身の力を振り絞り――プツッ、と通話を打ち切りました。


「……っ、はぁ、ハァ」


切れた。

終わった。


そう、ホッとしたのもつかの間。


「……ぁあ」


声が。

すぐ傍から。


首を縄で締め付けられてでもいるかのような、

潰れた断末魔のうめき声が――。


「あぁ……がっ、あぁぁあ」


どうして。


携帯の通話は切れたのに。


「あぁぁああ」


声が。


恐ろしい声が、真横から――真横?


「きっ……君は……!?」


あの、非常に怯えていた少年。


その少年が、カッと両目を零れんばかりに見開いて、

喉の奥から奇声を発し続けているので。


「うっ……!」


謎の電話に、気味の悪い少年。


熱気のこもったお盆の夜、

ありえないほどの刺さる冷気で身体は震え、


「がああぁぁあぁ」


隣で喉を枯らすように叫ぶそれに耐えきれず――、


「クソッ!!」


俺は吐き捨てるように呻くと、一目散に自転車に飛び乗り、

自宅へと逃げ帰ったのです。




その後、逃げ帰った自宅にて、両親を叩き起こした俺は、

父を伴って再びあの材木置き場へと向かいました。


が、大した時間でもない十分少々の間に、

すでにあの少年の姿はありませんでした。


いえ、それだけではありません。


当時、きちんと積み上げられていた材木たちが一様に、

誰かが癇癪でも起こしたのかと思えるほど、バラバラに散らばっていたのです。


「こりゃあ、いくら何でもヒドいわなァ」


父は重い腰を上げ、自ら駐在所へ連絡を入れました。


当然、妙なところにつながる、などということもなく、

現れた警官に現場の調査を無事、依頼することができました。


結局、肝試しに来た学生たちのイタズラだろう、ということで片が付き、

近辺を念入りにパトロールする、ということで話は終わりました。


あの材木置き場は、警察での調査が終了後、

盆休みをすべて費やして片付けを行い、まっさらな更地にかえてしまいました。


肝試し客もそれに伴ってか徐々に減り、

今や、訪れる人はほとんどいないようです。


しかし、あの日、俺が体験したすべて。

それがいったい何であったのかは、いまだ解明されていないのです。

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