61.廃マネキン工場探索③(怖さレベル:★★☆)

その日の、夜のことです。


あんな出来事があったものの、

あまり深く考えないようにしようと兄と約束し、

普段通りに床に就いたその後。


「……あ、れ?」


おれは、夢を見ていました。


薄ぼんやりと霧がかったその夢の景色は、

今日の昼間に行ったばかりのあのマネキン工場の駐車場です。


(なんで……?)


時間帯にそぐうような真っ暗な工場が、

わずかばかりの月明かりでぼんやりと闇の中にそびえています。


ひゅう、と風が落ち葉をクルクルと吹き上げ、

林の方からは獣の遠吠えまで聞こえてきます。


(……これ、呪いとかそういう……?)


よくホラーものにありがちな、とり憑かれたという状態なのではと、

必死に目覚めるように念じてみても、一向に効果はありません。


(……くっ)


一人、駐車場の落ち葉の上で呻いていると、

不意に笑い声が聞こえてきました。


「……え、っ」


その声は、工場の内部から聞こえてきます。

一人や二人じゃなく、もっと複数人の――バカ笑いのような、騒がしい声。


(ま……マネキンの、声……?)


なにせ夢の中。

どんなあり得ないことが起きていたっておかしくはありません。


おれはゴクリと唾を飲み込むと、

崩れかけた裏の窓から、そっと中を覗き込みました。


(え……あれって……)


そして目に入ったものに、ギョッと身を縮こまらせました。


「マネキンって言っても、こんな胴体の破片ばっかじゃ怖くもなんともねぇな」

「あっはは、強気ー!」


そこに居たのは、あの昼間見た三人組の男。


そしてそれとは別に、

ロングヘアの気の強そうな茶髪の女性と、

ボブヘアの明るい雰囲気の女性が一人。


(そういえば……ナンパがどうとか言ってた……)


「最強ホラースポット、なんて言ってたけど、マジ大したことねーし」


ゴン、と無遠慮に転がっている腕を蹴飛ばして、

金髪の男は大見得をはっています。


(っていうか……昼間の人たちがどうして……これ、夢のはず、だけど)


あのイベントが印象的すぎてこんな幻を夢想してしまっているのかと訝しみつつ、

おれはそのまま成り行きを見守ることにしました。


「だいたい一階は見て回ったろ。ただマネキンが転がってるだけだわ」

「三人とも……スゴイね。私、すでにめっちゃ怖いけど……」


緑髪がヘラっと笑うも、ボブヘアの女性は

むき出しの二の腕をさするように身体を震わせています。


「ま、男だしな! あと、そうそう、ここ地下もあるらしいぜ」

「え? 地下? 本格的ねー」


ロングヘアの女性はまだ余裕があるようで、

白髪の男の話にノリノリで食らいついています。


「ちょっと行ってみない?」

「え……地下? ちょっと……」

「へーきへーき。この人数だしさぁ」


微妙な表情を浮かべるボブヘアの女性に、男たちがわいわいと囲い込みます。


「オレたちが先導すっからさ。ここまで来たら気になるだろ?」

「ん……まぁ、ちょっと見るだけなら……」


どうやら話はまとまったらしく、

男たちが女性を挟むようにして地下に下りることにしたようでした。


(……付いて行ってみようかな)


夢の中ですし、おそらく向こうからおれのことは見えないだろうとタカを括り、

ササッと彼らの元に近づきます。


案の定、やはり彼らはおれの存在など目もくれず、

がやがやと話をしながら懐中電灯を持って、地下の階段を下り始めました。


「地下って、その、死体とかないよね?」

「ええーっ、やめてよーっ」


女子二人がキャイキャイと騒いでいるのをしり目に、

男たちは余裕そうな面持ちで目配せをしあっています。


当然、昼間に下見をしているわけですから、恐怖など無いのでしょう。


「……あった、扉だ」


先頭の緑髪がニヤニヤと現れた鉄の扉に手をかけました。


(へぇ~、どれどれ?)


透明人間状態の便利さで、スッと五人を飛び越えて正面に回ると、


「えっ……?」


開いた地下の様子に、おれはポカンと口を開けました。


広さのあまりない、おおよそ学校の教室程度の広さのそこには、

ゴザのような朽ちた畳が無造作に広げられているのみで、

想像していたようなマネキンの部品や、汚れ具合はありません。


奥の方にはワサッとビニールシートの塊があるものの、

目立って見えるのはそれくらいです。


「あ、あれ? なんか……拍子抜け」

「地下っていうから、もっと怖いと思ってたのにー」


女子二人も、ライトで照らされた内部に首を傾げています。


「ははっ、実際ホラースポットなんてこんなもんでしょ」


最後に入室した金髪男が、バタンと扉を後ろ手に閉めました。


「上の方が怖かったよー。ここ、なんもないじゃん」


ロングヘアの女性が部屋の中央まで行って、ぐるりと部屋を見回しています。


「だねぇ……これだけなら、戻ろっか」


ボブヘアの女性も頷き、地下の入口の方へ足を踏み出すと、


「ちょっとちょっと、どこ行くの」

「へ? どこって……上に」


ぐい、と金髪が女性の腕をむんずと掴みました。


「いやいや、そりゃあ無いっしょ」

「えっ……ど、どういうこと」


ロングヘアの女性も、男二人に腕をガシリと抱えられています。


「こんなとこまでノコノコついてきたんだ……わかるだろ?」

「はっ!? ふざけないでよっ」


状況を理解した女性が腕を振りほどこうとすると、

金髪男は小さく舌打ちして、ドン! と床に女性を突き飛ばしました。


「めんどくせーな……おい、お前ら」

「ちょっ、放して! あんたら、最初っからそのつもりで……!」

「下心なしでこんな薄気味悪いとこ来るかっつーの」


金髪の男は女性の抵抗をケラケラとあざ笑い、

転がったボブヘアの女性にじりじりと近寄っていきます。


(……クソ野郎ども!!)


自分の脳内が見せた夢ということも忘れ、

おれは怒りで沸騰しそうな身体をわなわなと震わせていました。


「近寄んないで!!」


上半身を起こした女性が、じりじりと床を這いずって

奥のビニールシートの方へと逃げていきます。


「はは、入口はこっちだぜ? そっち逃げてもムダだよ」

「さあさあ、お友だちはこっちだぜ? さっさと観念、して……」


と、緑髪の男がロングヘアの女性を拘束しつつ笑った時。


「ぎ、いっ」

「お、おいっ!?」


女性を拘束していたもう一人、

白髪の男が突如奇妙な叫びを上げて身もだえ始めました。


「やっ、な、なに……!?」


とつぜん解放されたロングヘアの女性も訳が分かっていないようで、

地面に膝をつき、両手で頭を抱えています。


「ぐぐっ……う、げぇっ」


男は、意味をなさない声を上げながら天井に視線を向けたまま、

両手でガリガリと己の頬をひっかいています。


爪で抉られた皮膚がうっすらと血を滲ませていて、

はた目に見ても明らかに異常でした。


「ってめぇ! いったい何しやがったっ!」


緑髪が、困惑した表情のロングヘアの女性に掴みかかります。


「あたしじゃない! 両手掴まれてたのに、何かできるわけないじゃない!」

「っ、じ、じゃあアイツ、いったい……っ」


更になにか言いつのろうとした緑髪の男の口が、

不意にパカ、とまん丸く開きました。


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