45.校舎裏の壁のシミ・表②(怖さレベル:★☆☆)


(……どこだ?)


薄暗い夜の闇の中、いくら明かりがあるとはいっても、

非常に見ずらく、キョロキョロと周囲を見回しても、

いまいちそれらしいモノがありません。


「やっぱ……昼間じゃなきゃダメか」


ろくに場所もわからず、闇雲に探していても、

ただただ時間を浪費するだけです。


明日の昼休憩にでも改めて確認してみるか、

と諦めて給食室に背を向けた、その時でした。


「……い、……て」


ボソッ、と何か声が聞こえたのです。


「……えっ」


ドッ、と全身が鉛のように重くなりました。


「……い、……し……」


聞き取れぬくらい、か細い声。

それは確かに、背後、給食室の方から聞こえてきているのです。


その瞬間、私の脳内に土岐の声が蘇りました。


『ウワサでは、夜中にボソボソとしゃべる声が聞こえるんだとか』

「……け、……で……」


ボソボソ、ボソボソ。


呟かれているなにごとかの言葉の羅列。

ブワッと冷や汗が全身を濡らし、固まった身体は逃げることも、

振り返って確認することも出来ません。


「…………、……し」


例のボソボソ声は、時折途切れながらも引き続き聞こえてきています。


「……あ?」


そしてそれは、ほんの少し、ほんの少しずつ、

大きくなっているように思えるのです。


「……、みし……」


少しずつ、少しずつ。


単語らしきものの断片が、

なんとなく聞き取れるようになってきました。


(ヤバい……ヤバい!)


このまま聞いてしまったら、

大変なコトが起きる。


あの土岐の言葉を思い出すまでもなく、

全身に走る悪寒が、コレはとてつもなく恐ろしいモノだと伝えてきます。


「……で……い、……る……い」

(うわっ、マズい……!)


こちらに理解させようとするかのように、

耳に吹き込まれる声は、徐々に明確さを強めてきました。


(に、逃げないと……っ)


と。


ピーン


片手に握った携帯から、メッセージの通知音が鳴り響きました。


「う、わぁあっ」


その瞬間、私の身体は金縛りから解かれ、

もはやわき目もふらず一目散に自分の車のある職員用駐車場へと駆け出しました。


「っ……はぁ、はあ……」


荒い息を吐きつつ、車の前で息を整えていると、


「アレ? 臼井先生?」


ひょい、と校舎の方から土岐が不思議そうな表情を浮かべて現れました。


「どーしたんです、そんな息をきらしちゃって」

「……いや」


正直、アレだけ馬鹿にしていた怪談にビビらされたとはとても言えず、

どうにか体裁だけ整え、咳払いしました。


「これから帰るトコだよ。土岐も今帰り?」

「ええ、そうなんです。……あ、ちょうど良かった!

 せっかくですし、ちょっと例の壁のシミ、見に行ってみません?」


その提案に、私は動揺を悟られないようにするのが精いっぱいでした。


「いや……今日は疲れたし、やめとくよ」

「えーっ、せっかく見るチャンスなのにーっ」


と残念さを色濃くにじませて、

彼はこちらを名残惜しそうに見つめてきます。


「第一、こうも暗いとよくわからないだろ?」

「まぁ……でも、携帯のライトもありますし」

「昼でいいだろ、昼で。……それこそ、捕まった小学生たちとおんなじになっちまう」


と、私はある意味死活問題として、彼のことを説得にかかりました。


「むー……ま、臼井先生がそこまで言うなら……」


と、土岐がしぶしぶ引き下がろうとした、その時。


「ん? ……なにか、聞こえませんか」


不意に、彼がキョロキョロと周囲を見回し始めました。


「え? ……あ」


私はつられて耳を澄まし、即座に後悔しました。


その、聞こえてきたもの。

それは、さきほど命からがら逃げきってきた方面から聞こえてくるのです。


「ま……さか」


さすがの土岐も、先ほどまでの調子良さげな表情とは打って変わり、

恐怖に顔を強張らせています。


「……臼井先生、あの……これ、例の方向から……」

「……止めましょう。もう……帰ろう」


私はとても様子を見に行く気にはなれず、

ブルブルと首を振りました。


「でも……ほら、一応。不審者かもしれないし……見ないとじゃないですかね」


と、複雑な表情で告げる彼の言葉は、確かにもっともでした。


「……誰かいないか。それだけ確認しよう」


声が震えぬよう、低い声で私も同意しました。


万が一、妙な人物が校内に侵入しているのを見逃した、

なんてことになったら、生徒たちにも危害が及ぶ可能性があります。


いくらあの場面を見た後とはいえ、

それだけは避けなければならない事態でした。


「じゃ……行きましょうか」


おそるおそる進む土岐に、私も再び携帯を片手に続きます。


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