39.電車の中のツインテール①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


……オレが電車恐怖症になった出来事について、

お話しましょうか。


あれはそう、

東京へ出張に行ったときのことです。


うちの会社は中小企業で、

とても特急料金の乗車を認めてくれず、

東京まで二時間少しの距離を、

鈍行で揺られなければなりません。


(ヒマだなぁ)


ふだんは車通勤の身の上、

電車に揺られるのは新鮮なのですが、

三十分もずっと同じ姿勢でボーっとしていれば、

さすがに飽きが来ました。


ニュースサイトもあらかた巡り終え、

何をするでもなく、窓の外にふと目を向けた時です。


(……お、公園)


線路わきに作られた狭い公園で、

子どもがパタパタと走り回っています。


ツインテールを結ぶ赤いリボンが

ひょっこりと目にまぶしく、

アッという間に電車は通り過ぎていきましたが、

どこかほっこりした気分になりました。


(……あ、平日だけど、幼稚園とかないんかな)


パッと見た限りはまだ幼稚園生くらいの子どもでしたが、

保護者らしき姿は見当たりませんでした。


しかし、なにせ電車の一瞬のこと。

視界に入らなかったところに親でもいたのかもしれません。


ボーっとそんな取り留めもないことを考えつつ、

見るともなしに窓の外を変わらず眺めていると、


(お……小学校)


少し線路沿いから離れたところに、

真新しい小学校が建っています。


遠目に見える校庭では、

体育の時間らしい小学生たちが、

ワイワイとドッヂボールをやっているのが見えました。


(懐かしいなぁ)


ほほえましい気持ちでそんな光景を眺めていると、


(ん?)


チラッ、と見えたその子どもたちの中に。

ひときわ輝くツインテール。


「えっ?」


思わず出た声に、隣に座るじいさんが半眼を開いて

迷惑そうにこちらを見ます。

でもオレは、今見えた光景に少々混乱してしまい、

それどころではありません。


(同じ子? いや、でも……そんなわけない、よな)


なにせほんの一瞬。


見えたのは髪型と、

それを結ぶ鮮やかな赤いリボン。


それに、さっき見えたのは幼稚園生くらい

だったのに対し、今度は小学生です。


(場所も近かったし……姉妹なんだろう、たぶん)


身に着けていた衣服も、

白いシャツにピンクのスカート。


よくある服装でもあるし、

気にするほどのこともありません。


(……止め止め。偶然、偶然)


なぜか妙に引っ掛かりを覚え、

グルグルと考えていたことにむりやり終止符を打ち、

オレは今日の研修会の資料を取り出して、

気を紛らわせることにしたのです。




(うー……混んできたな)


東京に近づくにつれて、

車内に乗り込む人は増えてきました。


資料を広げる余裕もなくなり、

狭い車内に身を縮こまらせていると、


(……ん?)


チラッとピンクのスカートが目の端に映りました。


ハッとしてその方向を見ると――


「えっ」


思わず両手で口元を押さえました。


次の停車駅に近づき、速度を落とし始めた車両の外、

窓から見える線路沿いの通路に――ほんの一瞬、

赤いリボンのツインテールの少女の姿が見えたのです。


(い、いや……人違い、だって)


途端に心拍を上げる鼓動を鎮めようと

深呼吸をくりかえしていれば、

駅に停車した車両にさらに人が流れ込んできました。


(う、わ……)


ぎゅうぎゅうの社内に、

慣れぬ身のオレは座ったまま目を伏せました。


しかし、その目の端に、

あのツインテールが見えやしないかと、

一通り見回すも、それらしき姿は見当たりません。


(いや、なにビビってんだ、オレ……)


別に、幽霊だとか、バケモノを見たわけでもありません。

偶然、似たようなツインテールの少女を何度も見かけただけです。


なにか危害を加えられたわけでもないのに、

いったい何を怯えているのか。


自分の小心者さに内心苦笑し、

腹に抱えた通勤かばんをぐっと持ち直し、

スマホの画面に目をやって気を紛らわせることにしました。




『次は上野、上野です。お出口は……』


(あ、次だ)


スマホゲームに熱中していた意識が、

ハッと現実へと浮上しました。


いよいよ到着地点。

さっさと下りて研修会場へ向かわねばなりません。


そのわずかな間に、適当に昼食をとってから、

とこの後の予定を考えていたオレの思考は、

パッと目に入ってきたそれに遮られました。


「う……」


押さえた口元から漏れるうめき声。


低冷房車の気休めの涼しさによるものではない、

身体の芯から来る凍えるような寒気に、

ブルブルとオレは身を震わせました。


――いるのです。


満員電車の、人が詰まったその光景。


その、人々の脚と脚の隙間。


どんなに幼い子どもでもありえない程の低位置。


そこに揺れる、ツインテール。


(う、うそだ……夢、いや、幻覚だ……)


電車に揺られたせいで、少しウトウトしてしまっただけ。


震える奥歯を噛み締めつつ、

冷静になろうと細かい呼吸を続けます。


ありえない。

人の頭があんなところにあるなんて。


それこそ、生首がそこに

存在しているとしか。


「……あ」


コロン。


それが、誰かの脚の間から転がりまわって――

ひょこっ、とその顔をこちらに向けました。


「う……あ……」


噛み殺した悲鳴が、

かろうじて社内のざわつきによりかき消されます。


目前で動くそれは、

口をポカンと開け、

目を見開いた無の表情。


首から下はやはり存在せず、

ギュッと見開かれたその眼差しは、

ジイっと睨むかのようにこちらを凝視していて――。


「っと」


ひょい、と。


不意にそれが、

誰かの手によって拾い上げられたのです。


(……えっ)



理解不能の自体に固まるオレの目の前で、

それを拾い上げた男性が、

ガサッと無造作に自分の持つ紙袋にそれを突っ込んだのです。


「やっべぇ、道具落としちまったわ」

「お前……それ、通報されかねねぇから気をつけろよ」


と、その男性は半笑いで、

隣に立つ男性と会話しています。


(……オイ、マジかよ)


あの会話から察するに、

演劇の小道具か何かなのでしょう。


わしゃっと詰め込まれた紙袋からは、

わずかに茶色い髪の毛がはみ出していて、

その合間には同じく小道具なのか、

衣装らしき派手な色の布も見えました。


(はー……バカバカし)


オレはどっと肩に疲労がかかり、

深々と息を吐きだしました。


びくびくしていた自分は、

まるきり小心者のビビりそのものです。


まさか、偽物の小道具にまで

脅かされてしまうなんて。


プシュッ。


(あ、ヤベ)


自分を恥じている間に、

目的地に到着しました。


オレは慌ててカバンを引っ掴み、

駅構内へと飛び出したのでした。




「……ハァ。疲れた」


研修会が終わり、

座りっぱなしで負担のかかった腰を

たたきながら会場を後にしました。


すっかり日も暮れて、ネオン瞬く東京の街、

明日が休みであればこのまま繰り出してしまいたいところですが、

残念ながら翌日も仕事。


悲しい社会人の身の上、

再び鈍行に乗って地元に帰らなくてはなりません。


「あー……ヤダな」


しかし、思い返されるのは、

あの行きに乗車した社内での出来事。


まじまじと思い返すのも気恥ずかしい、あれです。


自分の思い込みと被害妄想で、

いくらなんでもビビりすぎだろう、

と再度自分の頬を叩いて気合を入れました。


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