34.弟の自由研究②(怖さレベル:★★☆)

あれから、一か月がたちました。


火事は犬小屋のある、

倉庫近くからの出火でした。


正確な原因は不明なのですが、

火の気のあまりない場所だっため、

おそらく放火ではないかという見越しのようでした。


祖父母は家がなくなってしまいましたが、

火災保険でどうにかまかなえるらしいとのこと。


今は親類のところに身をおき、

のちのち家を建て替える予定とのことでした。


それにしても、

放火とはおそろしいものです。


田舎だからこそ、

戸締りなどは不用心で、

当日も家も倉庫も開けっ放しでした。


強盗に入られなかっただけマシだった、

と慰め合う祖父母の姿はどこかさびしく、

何よりもいつも出迎えてくれたリッキーがもういないのだということが、

ただひたすらに悲しかったのを覚えています。




その日、中学校の建立記念日で自分だけが休みの日。


両親も、弟も、

平日ということもあって仕事と学校で、

家にはほかに誰もいません。


「……あ、そうだ」


自室でゴロゴロとテレビを見ていた私は、

ふと貸していた色鉛筆を返してもらうと弟の部屋へ向かいました。


「もー。こんなところにおいて……あれ?」


机の上に雑に置かれていた色鉛筆を拾うと、

学習机の引き出しが半開きなことに気づきました。


なんとなくその引き出しをガラリと開ければ、

妙なものが目に飛び込んできます。


「自由研究……?」


夏休みもとっくに終わり、

新学期も始まって数週間たちます。


提出期限はとっくに過ぎている頃でした。


その引き出しに入れられた自由研究のレポートは

ぐしゃぐしゃと丸められており、

どうやら失敗作らしいのです。


なぜゴミに出していないのだろう、

と疑問に思い、

なんの気なしにシワを伸ばしてそれを読みました。


「……理科の、実験?」


小学生らしい、

簡単な理科の実験方法のようでした。


虫メガネと新聞紙で簡単にできるとある実験。


なつかしいなぁ、小学生のときに私も実験したっけ、

となつかしく思います。


「もったいないなぁ」


見れば、

それはほとんど完成しているレポートです。


このまま学校に提出しても何ら問題ないように思えるのに、

どうしてこんなにゴミのように潰してあるのだろう、と。


そこまで考え、はっとしました。


虫メガネと新聞紙の実験。


虫メガネで光を集め、

新聞紙で火をおこす。


自由研究のテーマがそれということは、

すなわち弟はそれを実践したのではないでしょうか。


それにも関わらず、

ほぼ完成したレポートを潰す理由はなんでしょう。


実験の失敗、もしくは成功したが、

不測の事態が起きてしまったから、でしょう。


その、不測の事態とは、まさか。



――カタン。



不意に。

部屋の入口の方から音がしました。


条件反射で振り向いて、

私は血の気が引きました。



――ジッ。



一対の目がこちらを見ています。


入口の戸に隠れるように、

顔が半分だけ覗いています。


「……コ、ウタ?」

「…………」


弟は、

何も言葉を発しません。


ただ、半分だけの顔をこちらに向けているだけです。


いつも元気はつらつな弟。


火傷しても、

早く退院したい! とだだをこねていた姿ではありません。


「い、色鉛筆ね、返してもらおうと思って」

「…………」

「なんか、引き出しが空いてたからさ。すぐ戻すから」

「…………」

「……か、勝手に見てゴメン」

「…………」


一向に言葉を発しない弟。


未だかつて、

ケンカをした時ですら覚えなかった恐怖が、

じわじわと足先から浸透してきます。


「こ、コウタ……?」


――ヒュン。


一歩。


弟の方に足を踏み出した瞬間、

見えていた顔がすっと引っ込みました。


ん? と疑問に思っていると、

パタパタと階段を下りる足音。


「あー……怒らしたかな」


がりがりと頭をかき、

はぁ、とため息をつきました。


見つけてしまったレポートを元通りしまい込み、

色鉛筆だけ拝借して、自室へ戻ります。


放り出すように色鉛筆を机に放れば、

コン! と軽快な音がして置時計が倒れました。


「っと、あぶない……あれ?」


ことん、と時計を元の位置に戻せば、

その時刻が目に入ります。


示された時計の針は午後二時を示していました。


今日は平日です。


自分だけが中学校の建立記念日でお休みで、

両親も、弟も、まだ学校の授業中で――。


「――えっ?」


がばっと身体を起こしました。


開けっ放しの部屋の扉からは、

いつも通りの家の廊下が見えています。


しん、と静まり返った家は、

なんの物音もしていません。



――今の顔は、いったいなに?



背筋を駆けあがった悪寒に、


――バタン!


力いっぱい自室の扉を締めました。


言葉にならない嗚咽があふれ、

片手で思わず口をふさぎます。


へなへなと足の力が抜け、

その場に座り込んでしまいました。




それから。

――それから?


私は、弟を問いませんでした。


何もしらない、

その態度を貫いきました。


両親は知りません。

もちろん、祖父母も。


ただの偶然の一致かもしれない。


弟の自由研究のテーマが偶然あれで、

実験しようとして失敗して、

ただめんどくさくて机の中に放り込んでいただけ、

かもしれません。


出火原因。

犬小屋の方からの出火で、

放火の疑い有り。


祖父母の住む地域で、

その後放火による火事は起きていません。


放火魔であれば、

何件か続いてもよさそうなものだけど、

それもなかったようでした。


リッキーの小屋には新聞がたくさん敷いてありました。

ほんの出来心が湧いても、おかしくはない状況です。


これは、推測でしかありません。

もう、真実は本人しか知りません。


あの出来事の後も、

弟の態度は変わりません。


今まで通り、両親に甘え、

私に甘える、なんてことのない弟です。


それが私には――とてつもなく恐ろしくてなりません。




なぜなら。

あの妙な現象を受けた日の夜。


あまりの恐怖に自室に閉じこもっていたあの日の夕方。


時刻は午後の四時半、

家のドアが開いた音が、

しんと静まり返った二階の自室にも聞こえました。


「ただいまー」


遠くから聞こえる声は、あの弟の声。


ああ、本物が帰ってきた、

とホッと胸をなでおろすも、

昼間の恐怖に部屋を出て確認することもできません。


そのまま弟は、タン、タン、と二階へ上がってきたようで、

いつもなら開いている私の部屋の扉が閉まっているのに気づいてか、


「ねーちゃん、寝てるの?」


と扉越しに声が聞こえました。


勝手に部屋に入ってしまった罪悪感のようなものもあって、

そのまま返事をせずに寝たふりを貫いていると、

弟の独り言が聞こえてきます。


「もー……平日に休みっていいよなー……」


その言い方があまりにも拗ねているようで、

くすっと笑みが浮かびました。


ああ、日常が戻ってきたんだ、

とほーっと深く息を吐き、

おかえりでも言ってやろう、

と自室の扉を開けようとした瞬間でした。


「……ねぇちゃん、俺、知ってるからね」


ぞっとするほど淡々とした声でした。




――あれから五年。


来月、私は家を出ます。


名目は大学進学のため、

本心は、弟と離れたいが為に。

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