32.首くくりの桜①(怖さレベル:★★★)

(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)

『10代男性 永島さん(仮)』


富士の樹海、東尋坊、華厳の滝。

自殺スポットと呼ばれるこれらの場所。


……不思議ですよね。


人生最後の場所を選ぶ時、

どうして人は他の人が自殺した場所に集まるのでしょうか。


やはり、一人寂しく死を迎えるよりも、

前例のある場所で散りたいと思うのが人情なのでしょうか。


今では、これらの場所もずいぶんと整備が進んで、

パトロールも増えて、

だいぶ自殺者の数は減ったと聞いています。


でも、今言った場所にかかわらず、

人が亡くなったところには、

さらに人が亡くなりやすい、というのは、

ホラーを見ているとよく感じるところだと思います。


かくいう僕がこれからお話しするのも、

”人が死ぬ木”に関してなのです。


僕は幼い頃から今に至るまで、

ずっとこの町に暮らしています。


田舎と言えば田舎の人に怒られ、

都会と言えば都会の人に呆れられる、

どっちつかずの中途半端なこの町の中、


唯一それなりに名の知れた、

大きな寺院のある山があります。


そして、その山のふもと。


小さな児童公園に生える、

ひときわ大きな桜の木。


それが、ここに住む人たちにとっては、

例の寺よりも有名な大木なのです。


――通称”首くくりの桜”と呼ばれ、

このそれほど人口の多くない地域にしては、

驚異的な数か月に一度という頻度で、

文字通りここで人が首をくくるのです。


町内にいくつもある他の児童公園でもなく、

他に何本か生えている桜ではなく、

必ずこの大きな桜の木の下で。


町内の人間の間でも、


”呪われた桜”であるとか、

”人の魂を食っている木”だとか、


ひそやかにウワサされていました。


かくいう僕も、その桜の存在は知っていましたが、

実際に人が首を吊っているのなんて見たこともないし、

半信半疑というのが本当のトコロでした。




「なぁ、永島! 肝試しい行こーぜ」


だから、

学校帰りに友人の岡にそう声をかけられた時も、

気の抜けた返事が漏れました。


「あー……もしかして首くくり?」

「おう! 真夜中に行ってみようって、小板橋が」

「ちょうど花見の時期じゃん。

 雰囲気味わうだけでも楽しそうじゃねぇ?」


もう一人、仲の良い小板橋が、

身を乗り出すようにして提案してきました。


「それに、こないだあそこで自殺あったのって三か月前なんだってよ。

 それだけ時間たってれば、警備の人とかもいないだろうし」

「三か月前、か……もし、誰か自殺でもしてたらどうすんの?」


周期的に言えば、

その可能性だって考えられました。


あまり本気で信じているわけではないけれど、

もし万が一、本物の死体なんて目にしてしまったら。


「そん時はそん時だろ!

 肝試しがいもあるし……今夜の夜、どうよ?」


妙にハイテンションな小板橋に若干引きつつ、


「……わかったよ」


結局のところ、僕も奴の同類。


ウワサばかりが一人歩きしている、

例の桜の木を見てみたいと思ってしまったのです。




深夜零時。


自宅をそっと抜け出して、

自転車に乗って集合場所である高校の前に到着しました。


二人はまだ来ておらず、

春先とはいえ、夜の冷たい風が

首筋をヒュウヒュウと通り抜けます。


「……寒い、な」


マフラーの一つでも巻いてくれば良かった、

とひそかに後悔していると、


ペタペタペタ


後ろの方から、

湿った足音が聞こえてきたのです。


「……?」


待ち合わせた二人のどちらかか。


それにしては、

まるでプールサイドを裸足で歩いているかのような、

妙な音だ――と、声をかけるつもりで振り返ると、


「……ひっ」


小さな悲鳴が、

喉の奥でつぶれました。


星もない真っ暗な道の真ん中。


街灯の光でわずかに照らされたそれは、

明らかにかなり老齢の、

一人の老婆であったのです。


「……ッ」


僕は息をのみ、

自転車ごとジリジリと後ずさりました。


薄っすら暗がりに陰った表情は、

距離の関係もあっていっさい見ることができません。


よくよく見れば、

その老婆はぐにゃりと腰が曲がり、

くしゃくしゃとパーマがかった髪で、

むき出しの足は裸足です。


(裸足……それも、こんな真夜中に……!?)


ペタペタペタ


老婆が歩くたびに、

あの湿った音が真夜中の静けさの中、

やたら大きく響きます。


ペタペタペタ


老婆は、その陰と化している視界の下、

まっすぐにこちらの方へ歩いてきます。


「……う」


只の徘徊バアさん?


それとも、幽霊?


もしそうなら――殺される?


「う、わ、あァ……」


僕はどんどん近づいてくる老婆に、

今にも恐怖で倒れそうになったその瞬間。


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