31.カーブミラーと山頂の影③(怖さレベル:★★★)

「上手く撮れたか?」

「ん……えっと、大丈夫だと思います……たぶん」


あいまいに返答する河本の表情はどこかすぐれず、

あたしは小声でそっと彼女に尋ねました。


「河本、もしかして……なんか見た?」

「あ……東も? 一瞬だけど……カーブミラー、映ったよね」


そう、車がカーブミラーの前に止まったほんの一瞬。


光に反射するミラーにチラついた、

こちらに背を向けた長身の人の姿。


「デジカメのデータ確認するの、怖いなぁ……」


と、昏い表情の河本と、

二度もお化けらしいものを見たショックで沈むあたしと、

後部座席の二人は意気消沈しています。


しかし、そんなこちらとは裏腹に、

前の座席の二人は上機嫌で歌まで歌いだしています。


半ば恨みを込めてぐぬぬと唇を噛みつつ、

頭の中から先ほどの映像を振り払いました。


きっと何かの見間違い。


怖いと思うから、

あんな変なものを見てしまったのだ、

と何度も自分に言い聞かせました。


「よーし、頂上だ!」


そんな温度差のあるドライブが、

頂上にたどり着いたことで止まりました。


夜景スポットとなっているそこは、

望遠スペースと広い駐車場、

そしてトイレと自動販売機が置かれています。


「いやー、気持ちいいですねぇ!」

「ああ、でも知ってるか? ここ、カーブミラー以上の

 ヤバイ幽霊が出るかもしれないんだよ!」

「えーっ!」


わいわいと騒ぐ先輩の話した内容は、

さっき河本に聞いた”首だけの男の霊”というものと同じです。


あたしは慎重に周りを見回し、

こっちのグループ以外に誰の車も姿もないことを確認して

河本にそっと尋ねました。


「ねえ……とり憑かれる、ってどうなるの」

「えっ……よく聞くのは、夢に出てくるとか、

 肩が重くなるとか……じゃないかな」

「……殺される、とか、あるのかな」


思わず、最悪の事態が口をつきます。


河本はそんなこちらに面食らったように一瞬言葉を失い、


「う、うーん……どうだろう。私が見た動画だと、

 とり憑かれるって脅すだけで……亡くなった人がいるかまでは」

「そ、そっか……」


とり憑かれたら、

死ぬかもしれない。


その恐ろしい想像を覆すような材料もなく、

あたしの気分はさらに暗く落ちていきました。


「なに話してんだ? とりつかれる、って?」


と、空気を読めない先輩がズイズイと割り込んできました。


「あ、え、ええ……さっき先輩方が話してた、

 頂上に現れるっていう首だけ幽霊、見たらとり殺されるのかなって」

「あー、ヤバイらしいな。オレが聞いた話じゃ、

 命を吸い取られて、最終的にカラカラになって病死するらしいぞ」

「……カラカラで、病死」


ふだんであったら、なんてバカみたいな話、

と笑い飛ばすような内容です。


でも、今回に限れば、

あたしは見てしまっていました。


とても茶化して笑い飛ばせるような状況ではありません。


「あ、でもなー、これ、面白い話なんだけどさ。

 カーブミラーの幽霊と、この頂上の幽霊、こいつらが相性悪いらしくってさ、

 どっちも見ちまった場合、こいつらがケンカするから助かるらしいぞ」

「はっ……? な、なんですか、そのバカみたいな話」

「いや、マジだって。うちの山岳部の卒業生で見た人がいてさ、

 ……でもその人、未だピンピンしてるし」


ケラケラと笑う先輩の落とした大きな爆弾に、

あたしの口はパッカリと開きました。


「あ、そんでな、逆に頂上の幽霊だけ見ちまったって先輩もいて、

 その先輩はその後、すぐにバイクで事故って未だ入院中」

「……あの、病死は?」

「ありゃー、あくまでウワサだしなぁ!」


と、話したことをコロリと変えて爽やかに言い放つ先輩に、

あたしは肩の力が一気に抜けました。


見てしまっても、必ずしも殺されるわけではない。

それは、今の沈んだ気分では、いくらか救いになりました。


「あ、そうだ。河本さん、デジカメあるか?

 心霊写真、撮れてるか見てみようぜ」


ハイテンションな先輩が、

河本の首に下げられたそれを指さします。


「かわちゃん、いいの撮れた?」

「う、うーん……どうだろうね、ハハ」


と、苦笑しきりの河本が、

一瞬躊躇するようにデジカメを握った後、

結局観念したように先輩にそれを手渡しました。


「さーて、どれどれ? んー……

 プレビュー画面ちっさくてわかんねぇな。

 最初っから一枚一枚見ていくか」

「ほおー、ふむふむ」


先輩と小野里の二人が、

肩を寄せ合い小さなカメラ画面を見つめて

なにやらブツブツと呟いています。


「ね、映ってると思う?」


あたしは、ヒソヒトと傍らの河本に尋ねました。


彼女はキュッ、と眉を下げた後、

言いづらそうに俯きます。


「……映ってる、と思う。特に、最後のカーブミラーは……」

「おーっ! これ、すげぇよ!」


と、静かな山中に響くような大声で、

先輩が歓喜の声を上げました。


「先輩! なにが映ってたんですかー?」


ノリノリの小野里が後ろから

ぐいぐいと画面をのぞき込もうとしています。


「これ、オーブだろ? 二つ、三つ……けっこうくっきり映ってるぜ」


と、意気揚々と見せられたその写真には、

確かに丸い光が三つ写り込んでいました。


「これ……どうなの」

「んー……どうかなぁ。

 ゴミが入ったせい、って可能性も、まぁ……」


と、撮った本人は非常に微妙な表情を浮かべています。


「幸先がイイですねー先輩!」

「だなっ! どんどん見てくぞー」


しかし、もはや二人の世界に入り込んでいる先輩と小野里は、

そんなこちらの意見をまるで耳に入れません。


わいわいとはしゃぎつつ撮影した写真を

検分している二人を引き気味で眺めつつ、

あたしはなにか飲み物でも買おうと自販機に近寄りました。


「東、なにか買うの?」


と、いつの間にか後ろからついてきた小野里が、

ひょいとこちらの手元を覗きこみました。


「うん。暑いし、炭酸飲料でもと思って。

 小野里もなんか買う……」

「わっ……うわっ!!」


と、突如背後で先輩が叫び声を上げました。


「どうしたんですか!?」


河本が、慌てて先輩に近づいていきます。


「こ、これ……」


先ほどまでのテンションはどこへやら、

ギシッと表情を強ばらせ、

先輩は手を震わせながら河本にデジカメを渡しました。


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