2ー33★王女の回想⑲本音と建前

フィリアの発言の後、お互いの間に無言の時が流れて再び彼女が口を開けた。


「ワタクシは生きてはいけないのです…」

「何故ですか?」

「貴方も猪討伐の場にいたのであれば分かるでしょう?あの時、ワタクシが使用した力は魔法でも亜人の持つ能力とも違う稀有なものであると…」

「はい、見ました。予想以上の猪の数に押されて私の仲間が一人づつ力尽きていく中、貴方の能力のお陰で生き延びることができましたので」

「つっ…、貴方は何を…」

「私は事実を言っているだけだと思います」

「事実…事実を見た貴方であれば、ワタクシが使った力の説明はできますか?」

「いいえ、できません」

「そうでしょう?あれこそは血塗れの宿り子伝説ブラッディメアリにあるモンスターの力に他ならないのですよ」

「それでは、フィリア様は夜な夜な血を求めて国民を襲っているということでしょうか?私の目には傷つき倒れそうになった我々を守るフィリア様のお姿が目に焼き付いています」

「だから…貴殿方が助けられたのはモンスターの力でしょう!」

「確かにおっしゃられる通りに私どもが守られたのはモンスターの力によるのかもしれません。ですが本当の事は、誰にも分からないはずです」

「それは貴方個人の意見でしょう…現にワタクシは異端審問にかけられる寸前だったのであれば…どうせ、それだって場にいた兵士が証言したのでしょう?」

「フィリア様のおっしゃる通り、兵士一人一人の証言を元に決めたのは事実です。ですが、それが何だというのですか?無い知識の中で無理矢理結論を出した者の意見よりも、私は自分の目で見たものを先ずは信じて行きたい生きたい

「だから、逃げろと…?」

「これは私個人の意見だけではありません!フィリア様がこれまで生きていく中で関わった多くの者が感じた意見でもあります」

「全くっ…ワタクシと、これまで関わったことなど殆ど無い貴方が良くもそんなことを言えますよね…」

「私は先程お伝えした通り自分の目で見たことを最初に信じるようにしています。そして今回の件について、多くの者達が異端審問の判断は早計だと言っています。ですがフィリア様、それらの者の判断は間違っているとおっしゃられるのでしょうか?」

「当たり前でしょう!誰だって平和に生きたいのです!自身を脅かす可能性のある力なんて怖いに決まっています!今回の事だって異端審問に反対をした者というのも実際にはごく少数しかいなかったのでしょう?いないに等しいような人数だったからお父様も賛成意見を押さえることが出来ずに、このような強行手段をとったのでしょう!人が人として平和に豊かに生きていくにはルールというのは必ず必要になってきます。それが私にとっての正義なのです!なのに…それを破ってしまって…やはり間違っているのは貴殿方の方ではないですか?」

「確かに間違っているのは私達の方なのかもしれません」

「そうでしょう…でしたら…」

「ですが私は何度もお伝えしてるように自らの目で見たものを先ずは信じることにしています。なのでフィリア様の方で私に見せてくれるというのはどうでしょうか?」

「ワタクシが…貴方に見せる…?」

「はい、私の見たものが間違っていたという事実をです」

「具体的にはどのように…」

「難しいことはありません。私を従者として側に置いていただければ大丈夫です。フィリア様はご自身の様を先程、血塗れの宿り子伝説ブラッディメアリに例えられました。それであればその内、夜な夜な血を求めるモンスターとなることでしょう。私がそのモンスターの犠牲者第一号になった時、私はフィリア様の意見を信じることができることでしょう」

「はぃ?貴方はご自分が何を言っているのか理解していますか?」

「はい、信じるものに裏切られて死ぬのであれば本望であるということです」

「そんな理由がある分けありません」

「それであれば、フィリア様の言うことを私が理解することもできません」

「何故…」

「フィリア様は先程、人としてルールが必要とおっしゃられました。そのルールがあるので自分が先々処刑されてもやむを得ないということなのでしょう。例え王族であっても例外は認められないという考えは立派だと思います。それであれば、信じるものルールに裏切られて死ぬのであれば本望であるということなのではないですか?それに私は見たことがないのです」

「見たことがないですって?」

「はい、死を望む者をです。私はご存じのように亜人ですが、閉鎖的に生きていたわけでありません。紆余曲折の果てに今の私がありますが、ここに至るまで様々な差別を受けてきました。キマイラや猪の討伐で私は何人もの仲間を失う度に、次は自分の番かもと思いました。私の今の状態をご覧ください。突発的な作戦だったので、今回王宮の者達からとんでもない攻撃を受けてしまいました。王からいただいた特殊なポーション二つ使っても傷が完治していません。今も流れ落ちる血がフィリア様の目にもご覧いただけるでしょう。ですが、それでも私は生きることを諦めたりは絶対にしない!私は最後の最後まで生きる努力をしたいのです!だから死を望んでいるように見えるフィリア様のお気持ちというのが理解できません!」

「死を望むのではありません。生きていく方法と希望がないので、死を覚悟しているということです」

「話し相手がいないのであれば私がなります。明日食べる食事がないのであれば私がとってきます。モンスターや獣に襲われた時に、ご自身の力を使いたくないのであれば、私が全力をもってお守りします。そうやって一日一日を乗り越えていきましょう。その間に得た情報の中には、今の状況を打破する手段があるかもしれません。何日かかるのか、何度の季節を越えていかなければいけないことなのか、それは分かりません。ですが私はフィリア様の側にいる限りは絶対に諦めたりはしません。単に毎日繰り返すのが辛いからと諦めることが覚悟とは絶対に言いません。覚悟というのは全力を尽くした者だけが言える言葉なのです」


そう言うとグリエルモは自らが帯刀している刀を抜き彼女の前に突き刺した。


「フィリア様、私は貴方の本心が知りたいのです」


彼は元王女をもの凄い形相で睨み付けていた。

とても従者にしてくれと言った者の顔ではない。


彼女の方は一向に彼の方を見ようとはせず、お互い無言のまま悪戯に時間だけが経過していく。









「生きたい…」


長い沈黙の後で彼女が初めて本音を漏らした…

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