2ー6★お互いの考え

道を左に曲がっても老婆の足取りは軽い。

道を外れ腰丈まである草が足取りを邪魔しているはずなのだが順調に進んでいる。

俺とトーレは丈の長い草に自分達の体を隠すように身を屈めながら老婆の後を追う。

確か地図で確認した限りでは、このまま真っ直ぐ行くと大きな崖の下に辿り着くはずだ。

トーレの話では崖のどこかに洞窟があるとか言っていた気がする。

そう思い右下に目線を移すと彼女は俺の方を向きながら無言で頷いている。

やがて老婆は突き当たりまで来ると、服の中から一枚の羊皮紙を出した。

場所は予想通りの位置だ。

俺達は老婆に見つからないように遠くから様子を見ている。

だから羊皮紙には何が書いてあるのか確認することはできない。

老婆は羊皮紙を見ながら、右手で何か確かめるような動作をしている。

そのまま俺達は一切の音に気を付けながら彼女の同行を見守っていた。


いきなり老婆が消えた!

俺は老婆から目を絶対に離していない。

だが、ある一瞬からいきなり消えた。


(あれ?神隠し?)


いや…正確には右手を崖にあてて歩いていた老婆が、ある一瞬で体制を崩し崖に飲み込まれるように消えたと言う表現が正しいように思う。


『行きましょう!』


トーレが小さく一言だけ発した。

動揺する俺を横に彼女の表情は非常に冷静そのものだ。

今まで中腰だった彼女は勢いよく立ち上がり、老婆がいたであろう位置の方へ真っ直ぐ進みだした。

俺の方は、ちょっとよく事情が飲み込めていないが彼女を一人で行かせるわけにもいかない。

後追うように俺も彼女の後をついていった。



★★★



『ありました!ありました!ここです!』


見た目には全く違和感がない崖の一面。

だが一ヶ所だけ中に入れる場所がある。

トーレが老婆と同じような場所で、同じような仕草をして見つけた。

見た目には全く違和感がないだけに、これでは確かに手で触りながら見つけるぐらいしか手っ取り早い方法が思い付かない。

恐らく、この仕掛けも術式か何かなのかな?などと考えていると彼女が俺に不思議なものを渡してきた。


二~三まわりくらい小さいコルクとでも言えばいいのか…

何か耳栓みたいなものとでも言えばいいのか…

俺には初めて見る物が二つほど…

はっきり言って意味不明だ…


『なー、これ何だ?』

『臭い対策のマジックアイテムです。この中は凄い臭いがすると前に言いましたよね?なので鼻にしてください。あっ、息は普通に鼻から出来ますから安心してください』

『へー、なるほどねー。便利だね~』


ごく自然なトーレの言葉。

俺も自然な言葉で返したのだが…


(ん?突入ってこと?)


『準備ができたら、さっさと言って捕まえてきましょう!』


見るとトーレが右腕をぐるぐる回し、気合い十分といった表情で力強く言ってきた。


『おいっ!おいっ!おいっ!このまま行くのか?二人で?なに考えてんだよ!ちょっと待てよ!』

『はい?何を待つんですか?』


キョトンとした表情で俺を見つめるトーレ。

まるで「突入するのが当然でしょ!」とでも言いたげな顔をしている。

中にどんな危険があるのか分からない。

戦闘できるのは俺だけ。

対策も何もないような状況。

申し訳ないが俺は命を粗末にするつもりはない。


『とりあえず、状況は分かった。先ずはみんなと合流しよう!』

『えっ…?今なら確実にこの穴の中にいるんですよ!とっと行って捕まえましょうよ!』

『中にどんな危険があるのかも分からないだろ?先ずは合流の方が先だよ!』

『危険?無いですよ!』


この言葉に俺は心底ビビった。

コイツ何を言っているんだろうかと、本気で頭の中をこじ開けたいとさえ思ってしまった。


『お前、なに言ってんだよ!危険があるかないかなんて分かんないだろ?』

『分かりますよ!少なくとも戦闘は絶対にできません!』


自信満々の表情のトーレ!


『なっ…なんで、そんなに言い切れるんだよ…』

『先ずは、先程お話しした服装のことが第一点。それに移動中やその他の行動の無警戒さも気になります。ナカノ様はもしかすると先日の事件と関連するのではと考えているのかもしれませんが、あの老婆に何らかの繋がりがあるかもしれませんが、直接あの老婆と言うことはあり得ませんよ。それにみんなと合流するとして、この場から目を離すんですか?それは最悪の方法だと思いますよ!』


俺はトーレが言うように、この老婆がアスタロトと何らかの繋がりがあるかもしれないとは感じている。

だからこそ早めに行動をしようと言うトーレの考えも分かるのだが…

それ以上に自分の無力さと言うのも分かっている。


それは分かるのだが…

目を離すのが最悪?

まー、確かに逃亡や仲間が来る可能性もあるので、良い手段と言えないのは分かるのだが…

いくらなんでも最悪と言うのは言い過ぎなのではないか…


『え?別にトーレ、魔話器でみんなに連絡して迎えに行けばいいだけだよね…?』


正直、彼女が何故そこまで真剣になっているのか俺には分からなかった。


『あのですよ!ナカノ様!ここなんですけど、恐らくと言うか、ほぼ確実に認識阻害の術式も埋め込まれているはずですよ。じゃなければ老婆も羊皮紙で場所を確認なんてしないでしょうからね。場所から意識を切ってしまって、その場合はみんなで崖を触りながらもう一度場所を探すんですか?それこそ危険ですよね!時間がたてばたつほど外から狙い撃ちをされるリスクが増すんですよ。それとも何ですか。どちらか一人がこの場に残るんですか?意識が切れないように近くで見て敵と偶然あったらどうするんですか?』

『大丈夫だよ、トーレ。その辺りはさすがに俺も考えているからね』

『へっ?』


トーレの返事が何とも拍子抜けな感じで思わず俺は笑いそうになった。

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