2ー5★疑問
『ん~、やっぱり変なんですよ…』
トーレは前にいる老婆を見ながら小声で言うが、俺には彼女の言うことがさっぱり分からない。
俺たちは今、老婆を尾行している。
老婆は男と何やら取引らしきことを終えると、湖を挟んで俺たちとは反対側にある木と木の隙間にある道に入っていった。
当然俺たちも様子を見ながら後を追ってはいる。
だが様子を見ているとは言っても、ギリギリ目視できるような距離感を保ちつつの尾行だけに詳細は分からない。
それは俺の横にいる彼女も同じ判断になるはずなのだが…
先程からしきりに首をかしげている。
『なー、変ってどこが?』
『全部ですよ。見れば見るほど奇妙にしか見えてこないんですよ』
『見れば見るほどってね…それは考えすぎってことじゃないのか?』
『ナカノ様…もしかして…本当に気づいてないのですか?』
トーレが訝しげな様子で俺の方を見てきた。
明らかに難色を示す彼女とは対照的に、俺には変なところと言うのが本気で全く分からない…
『例えば、どこが変なんだ?』
『ナカノ様、老婆の格好を見てどう思いますか?』
『格好?あの、青と白のドレスっぽい服装ってことか?んー、多少汚れてるけど、良い服なんだろうな~と…』
俺はトーレの言葉の意図がわからずに、老婆が来ている服の感想を素直に口にした。
丈が長いスカートで、スカートは腰の辺りから膨らんでいる上下が青のドレス。
所々に白いレース模様の刺繍がしてあるようで非常に上品にまとまっている感じがする。
頭には、つばが広がっている青いサテン帽子で横にピンクの花飾りが添えてある。
一番下の靴はスカートの裾から老婆の足首が見えないことから、恐らくはハーフブーツなのであろう。
所々に宝飾なんかもしてあるようで、見た感じはおしゃれな感じはするが動きにくそうな印象を受ける。
『確かにそうですね!服に対する感想としては私も同じような感じです』
『だろ!それなら別にいいんじゃないのか?』
『では、もし仮にですが私やアンテロ様が今回の調査で、ああいった格好をして同行すると言ったらナカノ様はどう思われますか?』
『はぁ~?あの格好?バカか!!山や湖行くのにあの格好って…』
ここで俺の言葉は止まってしまった。
そうだ!
ドレスで山登りするやつなんているわけがない。
ドレスで洞窟に入るやつなんているわけがない。
近くにお供でもいるのか?
老婆は一人で歩いている。
よっぽどの別荘でもあるのか?
事前情報で老婆は洞窟に入る可能性が高い。
トーレに言われて初めて気づいた!
『やっと気づいてくれましたか…フゥ~…良かったです!』
トーレが大きなため息を一つつきながら、横目で俺を「呆れたぞ!」と言わんばかりの表情で見てきた。
(頭お花畑ですいません…)
『後、格好ついでに言うとですね…あの被っている帽子なんですけど、簡単に帽子に対する意識を向けられるので恐らく認識阻害の術式は込められていません。見た目重視に趣を置いた帽子です』
俺は自分の目線を上に向けた。
『あー、確かに意識を向けられるね』
『はい、なので都市の者ではないと思います。それに、ずいぶん余裕で歩いているとは思いませんか?』
今俺たちが歩いているのは都市から近い舗装された道ではない。
山へと続く道だ。
老婆がどこまで歩くのかは分からないが、結構な道のりを歩いていると思う。
また男と取引をして、この後洞窟に戻るとしたら往復で歩いているはずだ。
そんな道を女性が一人で汗の一つもかかない、息も乱さないで歩いていく。
それも足首が隠れているような歩きにくそうなハーフブーツを履いて。
女性は年齢に関係なくファッションのためになら頑張れるのか?
ダメだ…
言葉に出したらまた白い目で見られてしまう…
『服に何か秘密があるとか…?』
とりあえず場の雰囲気に耐えられずに思わず口にしてしまった…
『多分…服と言うか…靴でしょうね~…』
『靴?』
『はい、老婆の履いている靴なんですけど注意深く見ると宝飾なんかしてあるのが分かりませんか?あの宝飾は多分高い靴なんです。それも段違いな高貴な身分の方が履くような高級品の可能性が高いと思います』
『確かに見た感じは、そう見えなくもないけど…遠くてハッキリとしたことは…』
『確かにここからは距離があるので、ハッキリとしたことは言えません。ですが私の考えが合っていた場合、靴自体に移動補助系の術式が埋め込まれている可能性が高くなります。もちろんお値段も凄いものです』
『移動補助系の術式?それって凄いもの?どのくらい?』
『ん~、もしそうだとしたら…一切疲れを見せてないですからね…それにドレスとは違い靴は痛んでいる様子もないですし…もしかすると…そこにも術式があるとか?…多分…今回の報酬前金と後金を全員分合わせて2倍とかじゃないですかね?』
俺は一瞬、大声を出しそうになった。
たかが靴がいくらするんだ?と思ったからだ。
だが勿論、尾行の方も忘れてはいない。
寸前のところで踏みとどまり俺はトーレの方を見た。
表情は先程と同様で冗談を言っているようには見えない。
俺はこの世界に来て大陸全土に対する知識はないも同然というのは理解している。
恐らく、まだ行ったことのない三国の首都的な都市には見たこともないような貴族の存在などがあるのかもしれない。
そして彼女はそれを知っていて自分なりに真剣に老婆のことを観察した上での発言なのだろう。
ここは彼女の考えを信じようと俺の目線も再び老婆の方へ戻す。
すると老婆は道を左に曲がりだした。
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