1ー31★左手
奴隷商人のいる場所は孤児院からは、それほど遠くない位置にあった。
ただ市場とは反対方向の場所で、いかにも都市の外れといった寂しい場所だ。
中に入り俺とアンテロはトラボンに、およそのわけを話した。
事情を承諾したトラボンは、肌が若干茶色気味の美しいエルフのような女性を呼び、アンテロとの話し合いが終わるまで俺の相手をするように言ってきた。
小柄でどこか影がある感じの美人だ。
今俺は、そのエルフのような女性と地下の別室で一緒にいる。
『トーレさんでしたっけ?』
『はい、トーレとお呼びください』
『では、トーレ、出来れば奴隷と妾について詳しく教えて欲しいんだけど…』
『どの奴隷と妾ですか?』
『え?どのって…どういうこと?』
『お客様は、アンテロ様と一緒に来られました。ですから、それについて聞きたいのかと思いましたが…』
『勿論そうなんだけど…もしかして、今回の事と奴隷と妾って関係ないの?』
『奴隷と妾は関係しているとは思います。ですが…』
『え?ごめん…ちょっとトーレの言っている意味が分からないんだけど…奴隷と妾が関係しているんなら、それ教えてくれれば…もしかして口止めされているとか?』
『恐らく…お客様が言っておられるのは職業としての奴隷や妾の事に思えるのですが…』
『えっ…そうだけど…他にあるの?』
『他にあるのと言いますか…アンテロ様の場合は…亜人ですし他所の地域も関わってくるかと思いますので、別なケースの方が合致する可能性は高いと思います』
『別なケース?』
『職業としての奴隷を介さない奴隷でございます』
『はっ?なんだよ、それ…』
『相手の同意などなしに無理矢理、力尽くで言うことを聞かせたりするということです』
『そんなのアリなの?』
『この都市以外の地域で、人間・エルフ・ドワーフ以外には普通に行われていることでございます』
『確かスルトさんが今の奴隷や妾は職業としては残っていると言ってたけど…』
『スルト様って一度保護されてからは、この都市から出たことがない司祭様の事ですよね』
『この都市から出たことがないかどうかは分からないけど…』
『スルト様のお話を聞いて変に思ったことはございませんでしたか?もしくは権利が認められているのは三種族だけとかは言っていませんでしたか?ハッキリ言って別な都市に移ってしまえば、今も昔も亜人の価値なんて全く変わっていませんよ』
『そんなことって許されるのか?止めるやつはいないのか?』
『許されるも許されないも多くの者がやっています。止める?そんなのは大河に小石を1つ投げ入れるようなものです。』
『だからと言って何もしないと言うわけにはいかないよな』
『それであれば、お客様が何かされるのですか?』
『いや、俺はこの辺りの事はまだ何も知らないしな…でも…もしかしたらアンテロは、そう言う事情を知ったら自ら動き出すかもしれないな!』
『シニマスネー』
これまで普通に喋っていたトーレだが、イキナリ表情が無表情となり抑揚のない声で喋り出した。
目を大きくして顔を小刻みに人形のように不気味に震わせている。
『なんだと?』
今までと全く違う喋りになったトーレの一言が突き刺さる。
カタカタと細かい動作の全てがおちょくられているように感じてしまう。
イキナリ神経を逆撫でされたような気持ちがして、思わずトーレを睨み付けていた。
『タッタヒトリデハナニモデキマセン。アジントワカッタラカコマレナグラレケラレタスケナドアリマセン。メチャクチャニスキカッテニサレテケガシテモシリマセン』
『おい!お前フザケてるのか!?黙れ!!』
俺は一瞬でトーレの全てが気に障ってしまった。
恐らく異世界に来てから、これほど怒りで感情が高ぶったことはないはず。
それほどの勢いだった。
怒りの赴くまま俺は自分の右手をトーレの喉元に突き立てて怒鳴り散らした。
トーレの服は長袖だ。
それも袖が不自然に長すぎで両手が袖に隠れている。
これだけ話して今まで全く気にならなかった。
だがトーレの喉元に自分の手を突き立てた時、偶然だが左手の袖の内側に目がいった。
何か書いてあり、それは俺が先程教えてもらったものだった。
認識阻害の術式だ。
何故だと疑問に思い、トーレの左腕をそのまま見ながら訪ねてみる…
『おい…トーレ…お前の左手って…』
『はい、無いですよ』
さも当然のごとくというようにトーレは普通に答えた。
『私は猫の亜人で、描人族のトーレと言います。別に奴隷や妾だったことはございません。以前はランティスの都から少し奥にある描人族の村に住んでいました。村と言っても、100人にも満たない人数でひっそりと身を寄せているような場所です。小さく何にもなかった村なので物資もよく滞ります。そうすると外見的に特徴のないものが都まで降りて生活必需品などを購入したりするんです。幸い私は描人族の特徴と言うのは左手の肉球と尻尾だけでした。左手は認識阻害の手袋で隠せますし、尻尾も普段は見えない分どうとでもなります。ですから都にいくのは専ら私の役目だったんです。私も少し前までは中々の美人でしてね、いつも買い物しているお店の少年エルフと仲良くなりまして、恋心など抱かれちゃったんですよ。若かった私は、かなり迷いましたよ。でも好きだといってくれた方ですから信じようと正直に打ち明けたんです…そうしたら…どうしたと思います?』
トーレが目に涙を溜めながら、声を震わせながら必死に絞り出すように喋っている。
『もういい、聞きたくない…』
俺はトーレの目を見て喋ることができない。
『少年は、よく打ち明けてくれた。ありがとうって言ってくれたんです。正直に喋ってくれたお礼に渡したいものがあるからって言ってくれたので待っていたんです。私がお店で待ってたら、外側から鍵をかけて再びお店の中に戻ってきましたよ。手には大きなナイフを持ってね。私は様子がおかしいと思ったんですけど、お店の扉を開け外に出ることができませんでしたよ。』
『トーレ…お願いだ…もう…やめてくれ…』
『どうせだから最後まで聞いてくれませんかね?多分想像できるんでしょうけど…そして、はい!その想像の通りですよ。こんなになっちゃいました』
トーレは大声で笑いながら言っているが、目から流れる涙を全く隠してはいない
トーレは自分の左腕をブラブラさせながら俺に更に言ってくる。
『少年の目的は私を殺すことではないですからね、すぐにマジックアイテムで傷を治してくれました。治療しながら必死に言うんです。これでこれからは一緒にいられるねって…そんな少年の言葉を信じることなんてできますか?私は怖くて怖くて、震えて震えて少年の言葉なんて信じられませんでしたよ。必死に抵抗して何とか逃げ出すことに成功したんです。通りでは怖くて震える私を見て何も知らないエルフの方々が何があったのだろうと寄ってきましたよ。これで助かると思った直後に少年が…描人族の奴隷が逃げたから捕まえてくれって叫んだんです。あんなに好きだと言ってくれた少年が私を奴隷と言ったんですよ…そしたらみんな、一斉に私を見て笑いながら追いかけてくるんですよ。もう何がなんだか分からなくて、村に帰って相談してみたら…顔が割れている私を匿うことができないと言われて村を追い出されちゃったんですよ。村のみんなの為に色々やって来たのに最後はこの仕打ちなんてねぇ…傑作でしょう!!お客様!一緒に笑ってくださいよ!』
『トーレ!喋りすぎです!落ち着きなさい!』
トーレの大声に反応したのか、ドワーフの男が俺とトーレのいる部屋に入ってきた。
泣きながら興奮して喋っているトーレをドワーフの男は落ち着かせようと優しく接している。
数分後、トーレは落ち着きを取り戻しドワーフの男と共に私へ謝罪を言ってきた。
『でも、一人じゃ本当に何にもできないんです…』
謝罪を言ったトーレは、ドワーフの男に連れられて部屋を出るときに俺に一言だけ告げてきた。
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