第70話 イン・ザ・フレッシュ その②
070.
階段を駆け下りて、廊下を全力疾走する
屋上からはちゃんと見えなかった駐車場に到着した。
「鎮岩ちゃん」
「高砂さん……」
ふたりの視線は、響木に向く。
「――――」
と。
無言で何かをしている。
『ギュルギュルギュルギュル』『ギャルギャルギャルギャル』――と。
空気を引き裂くような音が、聞こえる。
響木が差し出している手のひらの上に、何かが収束されていく。
空気が
「この『能力』――『ザ・ウォール』を、この小娘は随分と履き違えている」
響木寧々の声だが、雰囲気が違う。
まるで、別人のようだ。
「…………きみは、響木寧々じゃないのか?」
「そうかからないうちに響木寧々に戻る。すぐに馴染んで『私』はこの表層から深層領域に落ちる」
状況から鑑みるに、今話している人物は、響木ではなく、『リトル・ピーターラビット』そのものといったところだろう。
『能力』そのものが自我を持っている、と。
そういうことは……あるのか? あり得るのか?
「この『能力』は、水を操るなんて程度の『能力』じゃない。その本懐は『回転』だ。万物が内包している
「相剋、渦動領域……?」
高砂は繰り返した。
あまりに聞きなれない言葉だった。
「同じ言葉を繰り返すときは注意したほうがいいぞ。それは頭が動いていない証拠だ」
高砂に対して言い放つ響木。
否、『リトル・ピーターラビット』に芽生えている自我。
「わからなくていい。これは『私』と
空気が、炸裂する音が、連続する。
響木の手元で旋回する何かの規模が大きくなっていく。
「人類を覆っているのは、やがて訪れる暗闇だ。その暗闇を前にしたとき、今の人類ではとてもじゃないが生き延びることはできない。生き延びる手段がない。だから、『私』はこの身をこの人類の未来に捧げた」
語るように述べる言葉。
その言っていることが、少しも理解できない。
理解が、及ばない。
いや、元より理解させるつもりがないのだ。
「根源は常に唯一だが、それは伸びていく。それはいくつものの『枝』になる。そしてそれは、いずれ相容れないものとなり、互いに衝突を繰り返すようになる。それこそが、渦だ。それは果てしない無限にも近い
遺伝子の螺旋構造も一本で成り立っているわけではない。
異なる二種類の線が相剋し続けている。
この法則はあらゆるものに通用する――それが相剋渦動領域である。
どんなものにも、この法則が成り立つ。
「原初の創生から続き、壊滅の終焉――相剋渦動領域。それは森羅万象、ありとあらゆるものが内包している。この『能力』――『ザ・ウォール』は『回転』を操る『能力』であり、そういう『能力』だ」
「…………っ!」「…………っ!」
見えている景色が、まるで
曖昧になっていく。水の上に灯油でも撒いたように。
「『ザ・ウォール』の本質は、それだ。あくまでそれを突破するための手段でしかない。これだ。これがあれば、虚空の果ての概念を――世界を覆っているあの暗黒にだって通用する」
響木に収束する渦から何かが放たれた。
強いて言うならば、突風のようなものだった。
それがアスファルトを抉る。
「――ああ、そうか、そうなのか、古平優。これが本命だったというわけか。本命はこの 『能力』ということか!」
響木寧々の手元。
高速回転する空気は、原子同士を衝突させ、周囲に膨大なエネルギーを炸裂させている。
否、もはや、それだけではない。
その衝突は、そういうレヴェルではない。
相剋渦動領域と呼ばれる、およそ数百年後の遥か未来に確立する概念。それは、有機物や無機物だけに限らない。常に不可逆であり続ける存在に対しても通じる概念。
一次元でしかない線が、回転することで二次元にも三次元にも到達する――次元の壁を超える。
「『私』は、古平優の見た未来を変えようと誓った。だけど、『私』である必要はなくなったのだ。人類は取るに足らないと軽んじられているのは知っている。いや、相手にさえされていないのは気づいている。だけど、古平優は見つけ出したんだ。これは『人類の可能性』だ」
ふたりは気づいた。
『これは私たちに言っているのではない』――と。
響木は、手を宙に伸ばした。
手のひらでは、マクロからミクロレヴェルまでの概念が渦のようになっている。
直後。
何かが、宇宙に向けて放たれた。
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