第60話 高砂紫吹の「カントリーロード」 その①


     60.


「私たちの所属する組織『マザーグース』には裏がある」

 三つ編みが特徴的な少女、高砂たかすな紫吹しぶきはそう言った。

 これは、鎮岩とこなべこと子が三年生に進級する前のことである。二年生の終わり、この三月の終業式のことである。リーダーのひとりとして『マザーグース』を本格的に引っ張っていくことになる直前のことである。

 鎮岩こと子と高砂紫吹。

 同じ学年で『マザーグース』内部での同じ系統のグループに所属しているふたり。ふたりは特別に仲がいいということはなく、顔見知り程度の間柄だった。

 そんなふたりが『マザーグース』の革命のために同盟を結ぶことになった。

 きっかけがなんだったのかは憶えていない。

 何か話をしているうちに意気投合。知らず知らずのうちに『マザーグース』に対して疑問を提唱するようになっていた。

「鎮岩ちゃんは『古平ふるびらすぐる』って男の子を知っている?」

「知っているも何も、同じ学校の後輩よ」

 直接の面識はなかったが、ひとつ下の学年にいたのを憶えている。

「私が思うにね、この古平優って子は、。別に死体を見たってわけじゃないから、憶測の域を脱しないけど」

「どうしてそう思うんですか」

「なんとなくよ」

「…………」

 そう言われてしまえば、こちらは黙るしかない。

 ちなみに。同じ学年であるにも関わらず、鎮岩こと子が高砂紫吹に対して敬語を使っているのは、高砂が『マザーグース』内部において古参のメンバーだからである。

 時折そんな敬語も崩れてしまうくらいには仲良くなっているが、鎮岩は基本的に敬語で話をしている。

「『マザーグース』の勢力拡大も、その古平優って人がいなくなってからなんだよね」

「……それは、いささな強引なのでは?」

「私もそうは思う。だけど、偶然じゃないって感じる」

「どうしてですか?」

「古平優、彼にも『能力』があった。それを彼は『マザーグース』と呼んでいた」

「同じ、名前……」

「私も又聞きレヴェルだから本当かどうかわからないけど……これを無関係だって思うことは私にはできない。鎮岩ちゃんや、次のリーダーになる牛谷うしたにグレイに樫山かしやま加治姫かじき。きっとみんな『マザーグース』の歴史をろくに知らない」

「…………」

「彼女らに『マザーグース』の『歴史』が引き継ぎされていないのって、引き継ぎの体制が杜撰ずさんというわけじゃなく、誰もろくに知らないからだと思うのよ」

 鎮岩は正直なところ、この『マザーグース』には居心地の悪さを感じていた。

 学校にやってきているスクールカウンセラーを利用して、少し話をしたら気分は楽になったが、それは決して根本的な解決をしているわけではない。

『なんとなく』で雁字がんじがらめにされている――そういう身動きの取れない不明瞭さがついて回っていて、どうにも居心地が悪い。

「私は……この組織の在り方は、『』だと思っています」

 鎮岩は言う。

『この組織の在り方』と言えば、『みんな仲良く』だ。

「誰も望んでいないけど、組織がそういう名目で存在する以上……『誰も望んでいないもの』を『誰かが望んでいる』とみんな思っている。そんなふうになっていると思っています。それを、私は変えたいと思っています」

「私も変えたいと思っているわ。だけど、のよ。この組織には。『こうあらねばならない』と思わせている何かが、『マザーグース』の奥に潜んでいるのよ」

「リーダー以外に、ですか」

「『マザーグース』……その発端はわからないけど、私たちが一年生のときにはなかった。私が加わったのも、鎮岩ちゃんが加わったのも二年生になってから。『マザーグース』の歴史は二年程度に過ぎない。だというのにリーダーは既に三度も移っているわ。それだけ新陳代謝が活発ならば、リーダーに何かがあるとは考えにくい。リーダーのようにグループを統治することなく、私たちに『在り方』を強要している人物がいる」

「…………」

「そして、明日からは春休み。これは逆に考えればチャンスだと思わない?」

「チャンス?」

「話し合いの鉄則よ。集団を相手にするときは、ある程度のきれいごとが必要。だけど、一対一なら腹を割った本音の話が効果的。春休みなら、ひとりひとりに腹を割った話をしていく時間もあるし、その行動が必要以上に伝播していくことはない。かなり隠密に行動できると思わない?」





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