第50話 レイン・レイン・ゴーアウェイ その②


     50.


 県立五條高校に出没した不審者は行方がわからなくなった。学校には数名の警察もやってきて捜索と聞き取りが行われている。これに伴って、この日の部活動は中止になった。

 部活動中止の勧告を受けたのは、女子水泳部も同様だった。

 しかし、この日、女子更衣室には六名の女子がいた。

 全員、学校指定のスクール水着を着用している。

 長椅子がふたつくっつけられていて、その上には、『宇宙人』がいる。試験管に詰められた『宇宙人』が――真菌『ドレイク』が置かれている。

「お疲れさまー」

 と、牛谷うしたにグレイが更衣室に這入ってきた。

「あ、牛谷さん!」「牛谷先輩」「お疲れさまです!」

 女子生徒たちは挨拶をする。

「お疲れさまです、牛谷さん」

 この中にいる女子水泳部の副部長が出てきた。

 若紫わかむらさきさきである。

「うん、お疲れさま――進捗は?」

「まだまだぜんぜんって感じです」

 素直に答える若紫。

「それよりも、不審者の話はどうなったんですか?」

「解決していない。二年の茄子原さんが襲われて、それから逃亡中。恐らく狙いはこのカビでしょうね」

 試験管に入ったカビを見つめる。

「みんな、今日は一度下校しましょう。行方を晦ましたって聞いたし、もしかしたらここが襲われるかもしれない」

「これは、どうするんですか?」

 まるで侮蔑するように、若紫崎は試験管を見た。

「私が回収するわ」

 牛谷グレイは言う。

「絶対に安全ってわけじゃないけど、誰かが持ち歩くより、私の『能力』――『レイン・レイン・ゴーアウェイ』の中に入れておいたほうが安全でしょう」

 牛谷グレイは、六人の女子生徒が囲っているカビに近づく。

 長椅子の上に置かれた試験管がある。

 牛谷グレイが、長椅子に触れた。

 すると、少しずつ隙間ができていく。ジッパーを開くように隙間ができて、その隙間に試験管は落ちた。

「これでよし」

 その隙間はジッパーが閉まるように閉じてなくなった。

「それじゃあ、みんな。解散」


 みんなは着替えなければならないので、必然的に最初に更衣室を出たのは牛谷だった。

 廊下を歩きながら、肩から提げている鞄に触れる。

 すると、鞄の表面が少しだけジッパーのように開いて、隙間ができた。

『レイン・レイン・ゴーアウェイ』だ。

「ちゃんと受け止められましたか?」

 どことなく呟く牛谷。

 それに、隙間の中から返答が来る。

「ああ」

 宇井うい添石そうせきである。

「あとは俺が乗ってきた自動車がある。そこまで連れて行ってほしい」

「どこに停めてあるんですか? それに、そんなの既に警察の捜査対象になっていて、そこに向かうのは飛んで火に入る夏の虫ってやつなのでは?」

「学校周辺の集合住宅。その駐車場に停めてある。警察の捜査もまだ学校内に収まっているはずだ」

「わかりました。ではそっちのほうに行きます」

「それで牛谷グレイ、おまえさんとはおさらばだ」


 牛谷グレイは、『マザーグース』において『リーダー』のひとりとして君臨する人物である。三人いる『リーダー』の中でもっとも立場が低いとはいっても、学校全体の女子を巻き込むレヴェルのグループの上位にいることに変わりはない。

 彼女が宇井に対して協力しているのは、この地位を手放したくないからである。

 荷が重いとも感じているが、手放すのは惜しいとも感じている。そのためにも、今回みたいな混乱を招くような存在が存在することを許すわけにはいかない。

(いったい、どういうきっかけがあって、この真菌『ドレイク』が私たちの前に現れたのか)

(それはわからないけど、何もなしに湧いてくるような存在じゃない)

(恐らく、人間を使って何かしらの『実験』をしている連中がいるはずだ)

 疑わしいとすれば、ここ最近で連続して起きている『行方不明』の件だろうか。

(そいつらを壊滅させない限り、この『宇宙人』という問題はいつまでも私たちに関わってくるだろう――)

(でも)

(それができるのは、私ではない)

 宇井添石。

 地球外生命体対策局。

 そういう然るべき機関が対応するべきだ。


「……ここかな?」

 学校から出て、歩道を歩いた。

 学校からはそんなに離れていない位置にある集合住宅。その駐車場に、牛谷グレイがやってきた。

『レイン・レイン・ゴーアウェイ』の隙間から聞いたナンバープレートを探す。

「あれかな?」

 一台の乗用車を見つけた。

 牛谷は集合住宅の駐車場、その敷地内に一歩、足を踏み入れた。





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