第59話 リトル・ピーターラビット その④


     59.


 ひとりとひとりが腕組めば

 たちまち誰でも仲良しさ

 やあやあ。みなさん、こんにちは

 みんなで握手


『ともだち賛歌さんか』と呼ばれる童謡が存在するわけだが、これはいわゆる替え歌である。リパブリック讃歌という原曲があって、それが日本では『ともだち賛歌』という内容で作詞されたものである。

 国や地域によっては、歌詞の内容も意味も大きく変わってくるこの讃歌だが、『リトル・ピーターラビット』もそのひとつである。


「大丈夫かい、鎮岩とこなべちゃん」

 左右に太めの三つ編みをしている少女、高砂たかすな紫吹しぶきは屋上にやってきた。

 扉を開けてすぐの場所にある死体に対して、そう話しかけた。

 時間にしてどれくらい経過しただろうか。少なくともそんなに時間は経過していない。

 屋上に転がっている死体こと、鎮岩こと子。

 脳髄と肉片が周囲に散乱し、普段かけている眼鏡も離れた位置に転がっている。

 大丈夫なわけがない。

 はずだった。

 なのに。

「起きてるじゃん」

「今起きたんです」

 高砂紫吹は、鎮岩のすぐ傍らに屈み込んで顔を覗き込んだ。

 いつの間にか、死体は死体でなくなっていた。

 鎮岩は手探りに眼鏡を掴むと、かけ直した。

「高砂さん」

 不機嫌そうな少女は不愉快そうに言う。

「パンツ見えてます」

「見せているのよ」

「気色悪いのでは見せないでください」

「命の恩人に対して随分な発言ねー」

 立ち上がってスカートの皺を直す高砂紫吹。

「そりゃあ、私の『能力』――『カントリーロード』なら、こういう賭けをさせられるのは勘弁してほしいわ、鎮岩ちゃん」

 鎮岩ちゃんは命を簡単に考えすぎなんだよねー、と高砂は呟いた。

 そんなことを言う高砂も、こんな『賭け』に乗った時点で命を軽く考えている傾向がある。

 高砂紫吹の『能力』――『カントリーロード』を使えば『生き返らせること』が可能であると気づいたのは鎮岩こと子だが、その実験を自ら行うのはいささかどうかと思う。

「私は勝つためなら何だった使う。それがたとえ自分の命でも、天秤に乗せる」

「そうだとしても、リトル・ピーターラビットを引き剥がすためには、ここまでしなくちゃいけないのかな?」

「これくらいして私から完全に離脱させないと意味がない。きっちり引き剥がす。ようやくこれで頭の中を覆っていた気持ち悪いものが取れた気持ちだ」

「ふうん。どう違うの? その違いって具体的にわかる?」

「得体の知れない恐怖が取り払えたって気持ちね。それに人を殺すことに抵抗がある」

 鎮岩こと子は言う。

「さっきはあんなことを言ったけど、今は私自身の命を賭けることにさえ、少しばかり――いいえ、かなり抵抗がある。恐ろしい、私のしてきたことが」

『マザーグース』に共通して言えたこと、それは『殺人』に対する意識の低さ、である。あまりにも『人を殺すこと』に対するハードルが低い。それは響木ひびき寧々ねね星井ほしい小春こはるだけではなく、宇井うい添石そうせきでさえも違和感を覚えていた。

『リトル・ピーターラビット』――その『答え』は、そこにあった。

『リトル・ピーターラビット』という『能力』によって『マザーグース』の価値観を作り出していた。

 人の心の中に住み着いていた。

「みんな『リトル・ピーターラビット』の影響があったみたいね。でも、洗脳されていたってわけじゃない」

「一度、ここで私たちの目的も再確認しておく? もしかしたら、鎮岩ちゃんから『リトル・ピーターラビット』が引き剥がされたことで、目的がぶれちゃってるかもしれないし」

「そうね。そうしましょう。私たちの目的を確認するとしましょう」

 鎮岩こと子と高砂紫吹。

 ふたりの目的。

「私たちは『リトル・ピーターラビット』による影響からみんなを救って、この『マザーグース』を平和なものに作り替える」

「そのためにも、まずこの『リトル・ピーターラビット』を叩く」

『マザーグース』にはリーダーの三人がいる。

 鎮岩こと子。牛谷うしたにグレイ。樫山かしやま加治姫かじき

 この三人はひとりひとりがリーダーとして、立場が独立している。

 今、鎮岩こと子と一緒にいる人物、高砂紫吹は『鎮岩グループ』の中にいるひとりである。そのふたりが今の『マザーグース』の意にそむく形で同盟を結んでいた。

 いつの間にか人の心の中に巣食っていた『リトル・ピーターラビット』という存在を倒すために。





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