第四章『宇井添石(カスタードパイ)』

第32話 宇井添石(カスタードパイ) その①


     32.


 病院内で起きているこの騒ぎ。

 恐らくこの騒ぎはすぐに決着が着く。

 それが日根ひね尚美なおみの見立てだった。

(きっと入江いりえちゃんは負ける)

 駐輪場にいる日根は、病院内から飛び出してくる患者や、『ゾンビ』になった感染者の動向を伺っていた。『ゾンビ』になっていた感染者たちが次々と自我を取り戻している。

(入江ちゃんと漆川うるしかわ羊歯子しだこ

(ふたりは決着が着いたのだろうね)

 手元にあるスマートフォンの画面を確認する。

 入江からは連絡が入ってきていない。ならば、よくて相打ちだろうか。

 なんて思っていると、スマートフォンの画面が『着信』に変わった。

 しかし、画面に表示されているのは見知らぬ番号である。

「…………、はい。もしもし?」

 相手が見知らぬ番号であっても電話に出るのが日根尚美である。

『おまえは今、五條病院にいるな』

 音声は、男とも女とも区別のつかない声だった。

 加工されている音声だ。

『日根尚美。おまえには、「あるもの」を回収してもらいたい』

「…………」

 電話の相手が何者なのかわからないが、何となく察した。

(これは……『マザーグース』だ)

(それも、上層部の三人じゃない……)

 鎮岩とこなべことであれ、牛谷うしたにグレイであれ、樫山かしやま加治姫かじきであれ、その三人が日根に用事があるならわざわざ音声を加工する必要なんてない。直接命令すればいいだけだ。

『マザーグース』であることはわかったが、誰かわからない。

 この電話の主は、いったい誰だ?

、ということなのだろうか)

 たとえば、『マザーグース』という名前の由来になった『創設者』とか。

「『あるもの』ってなんですか?」

『それは彼女と合流すればわかる』

 電話の相手は言う。

。急げ』





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