第28話 子供の情景(トロイメライ) その③


     28.


沼野ぬまのちゃんとの通信が途絶えた……たぶん、漆川うるしかわ羊歯子しだこの『能力』を受けた」

 自転車で駆けつけた日根ひね尚美なおみは、駐輪場で待機していた入江いりえと合流した。

 電話が切れたわけでもなく、相手からの応答が途絶えた。そのことを入江に話す。

 駐輪場から見ていると、入口のほうから逃げ出してくる人がいる。

 漆川羊歯子の『能力』による被害が、着実に拡大している証拠だ。

「漆川羊歯子……」

 ぽつりと呟く入江。

 こうなってしまったのも、学校での一件で取り逃がしたからだ。

 沼野ぬまの成都せいとがこうして動いたように、入江聖も、自分に責任があると感じている。自分が響木ひびき寧々ねねと取り逃がしたから、こんな状況になっているのだと。よりにもよって、頭でっかちの鎮岩とこなべグループから嫌味まで言われて、こんなことになっている。

 あくまで鎮岩グループに属している漆川羊歯子だが、別に勉強ができるというわけではない。ただ、鎮岩グループ代表の鎮岩とこなべこと子が『使える』と思って咥え込んでいるだけのことだ。

 気に入らない。

「血に触れると感染するんですよね」

「漆川の『能力』? そうだね」

 断言したが、日根も詳しくは知らない。

 もしかしたら感染が起きる範囲はもう少し広いかもしれない。唾液や汗などの体液でも感染するかもしれないが、詳しくは知らない。

「感染といっても、ウイルスや細菌じゃなくて、ね」

「気持ち、ですか」

「許せないとか、楽しいとか、悲しいとか。そういう気持ちの感染。入江ちゃんみたいにある程度の範囲にいる『感染者』には指示が出せるっぽいね。あとは、ただただ爆発的に感染が拡散していって、虚ろな感じになっちゃうみたいだけど……」

 それが、今病院内で起きている『ゾンビ』化だ。

「警備員室ね、確かにそこからモニタで、出したい個体に指示を出せる」

「私にはできない芸当ですね。あくまで私の場合は『触れたとき』に『指示』を出すだけであって、決して支配しているわけではないですからね」

 入江聖の『チェリーチェリーブロッサム』と、漆川羊歯子の『トロイメライ』。

 起きている状況だけを見れば似ているが、掘り下げるとまったく違う。

「私が行きます。私には手があります」

 入江は言う。

「あの気に入らない女を黙らせてきます」





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