第11話 お嬢様は風邪を引く
「ふう……もう一週間か」
姫野宅の出張シェフとして働きはじめて一週間が経った。今日は八日目。
初日に契約解除の書類にサインさせることに成功したから、俺の任期はあと三週間ちょっとだ。それだけ耐えればこのクソみたいな仕事から解放されてまた元の副料理長のポストに戻れると思うと、まあ何とか我慢しようという気にもなってくる。
そういえば、今日は一週間に一回、七瀬が掃除にやってくる日だ。美少女(クソ女は対象外)と自然に会話できる貴重な機会。そう思うとちょっとだけテンションが上がるというものだ。
「じゃあ授業はじめるぞー、席に着け―!」
さて、そんなことを考えているうちにも先生が入ってきて授業がはじまる。一時間目は数学。貴重な睡眠時間だから有効に使わないとな。
先生は出席をとっていたが――姫野の名前が呼ばれた時、返事はなかった。姫野の席に目を向けるとそこには誰も座っていない。どうやら休みらしい。
あのクソ女のことだから、大方ゲームに没頭して徹夜したから授業サボって寝てるとかそんなとこだろ。陽キャ軍団はみんな出席してるからサボって遊びに行ってるってわけでもなさそうだし……というか何で俺は姫野の欠席理由なんて考えてるんだ、まじでどうでもいい。
* * *
「あ、あの、霜月さん!」
昼休みになって、教室にやってきたのは七瀬だった。
美少女がわざわざ会いに来てくれたことに俺は自然とテンションが高くなる。
「どうしたんだ七瀬、何か用か?」
「その……結奈ちゃんからの連絡、来ましたか?」
「連絡?」
俺はメッセージを確認したけど特に何も来ていなかった。電話とかも来ていない。
「何も来てないけど、どうして?」
「じゃあこの連絡ってわたしだけに来てたんですね。えっと、ちょっと見てください霜月さん」
「オッケー、見る」
七瀬は自分の携帯に届いたメッセージを見せてくれた。そこに書いてあったのは、今日は風邪を引いていて移すといけないから休みでいいという旨の連絡だ。それを見て俺は苛立ちを感じた。
「ほう……なかなか挑戦的じゃねーか、あのクソ女。俺には風邪を移しても何してもいいって思ってやがるな」
「そ、そういうことじゃないですよたぶん! 結奈ちゃん、一人で暮らしててますし……風邪の時にご飯作ってくれる人がいなかったら大変じゃないですか!」
「別に昨日の夜は元気そうだったけどな。仮病じゃないのか?」
「そんなわけないです! わたし、電話しましたし!」
七瀬は姫野の体調が心配になり、わざわざメッセージの確認という名目で電話をかけたらしい。それは今朝のことだが、電話口に出た姫野はとても体調が悪そうだったという。そう言われれば、まあ姫野は本当に風邪を引いたんだろう。
「ふう……でも七瀬が休みもらったってことは、演繹的思考に基づいて俺も休みってことになるよな。やったぜ、今日はひさしぶりにあの家に行かなくていいんだな」
「ま、待ってください!」
「え?」
「そういうことを言いに来たんじゃなくて……あの、二人でいっしょに看病に行かないかって提案しに来たんです!」
そうして、七瀬は遠慮がちに俺へと上目遣いをする。
しかし俺はいくら美少女のぐっとくる仕草でも、しっかりと断りを入れた。
「嫌だよ。心配なら、一人で行ってくればいいだろ」
「で、でも! わたしだけで行くよりも、霜月さんがいっしょに行ってあげた方が結奈ちゃんも喜ぶと思いますし……」
「はあ? 俺が行ったら逆効果だ、ストレスになって姫野の風邪が悪化するぞ」
「そんなことないですよ! 結奈ちゃん、この前霜月さんをべた褒めしてましたし」
「はいはい大嘘をありがとう。ともかく、俺は行かないからな」
せっかくの休みにまであのクソ女に会いに行くなんて、たまったもんじゃない。俺は七瀬に対して突き放すような言い方をした。七瀬はしょんぼりとしたが、少ししてさっと顔色を変えると、俺に迫ってきた。
「あの! そもそも、霜月さんは今日休みもらってないですよね!」
「なに……? まあ確かにそうだけど、でも許されるだろ? 七瀬にだけ休みを出して俺に出さないなんて不公平だ!」
「わたしもそうは思いますけど。でもだからといって無断欠勤したら、その、怒られるんじゃないですか?」
「たしかに、そうかもしれない……」
俺は愕然とする。てっきり今日は休みになるんだと思い込んでいたが、連絡が来ていないのだから行かなかったら無断欠勤だ。
そうなると話は変わってくる。どのみち、行ったら看病をさせられることになるに決まってるのだ。一人で行ったら俺があのクソ女の看病をするという罰ゲームのようなことをしなくてはならないわけで、それなら、七瀬といっしょに行ってそのあたりのことを全部押し付けた方が得策だ。
「よし、七瀬! いっしょに看病行こう!」
「へ? な、なんだか突然すぎて怖いんですけど……」
「仮にもご主人様が体調悪いってのに、ほっとけるわけないだろ! 六時間目が終わったらいっしょに行こうな!」
「わかりました。薬とかスポーツドリンクとか色々買っておいた方がいいですよね! 買い出しもいっしょに行きましょう!」
こうして俺は、七瀬と二人で姫野の看病に行くことになってしまった。あーあ、めんどくせえ。というか七瀬はなんで看病行くのにこんなにテンション高いんだよ。
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