超金持ちのお嬢様宅に、出張シェフとして呼ばれました

すうがく。

第1章

第1話 オーナーの勝手な命令

「おはようございます、オーナー」

「おおスーシェフ、わざわざ休みの日に呼びつけて悪かったね」

「それは構わないのですが……いったい、何の用ですか?」


 俺は料理ガイドブックで堂々の三ツ星に輝いている超高級レストランの一室で、無精髭を生やした威厳のある年配の男と対峙していた。


「君を呼び出したのは、他でもない。やってほしい仕事があるんだ」

「仕事、ですか?」

「ああ。実は……君にはしばらくこの店を離れて、ある家に出向いて出張シェフという形で仕事をしてほしいんだ」

「は?」


 俺は目上の相手にも関わらず、思わずぞんざいな口をきいてしまった。

 それほど目の前のオーナーが発した言葉は突拍子もないことだった。


「俺に、ここの料理人を辞めろと? どういうことですか、何か不手際でも?」

「いや、むしろその逆だ。君の仕事は……レシピ開発の方も料理の方も、この店で右に出る者はいないと思っているよ」

「それならなぜ、そんな出張シェフなどを」

「まあ、事情があるんだ」


 オーナーは引き出しを開けて一通の手紙を取り出すと、それを俺の方へと渡した。


「実は……私が成功する前から、出店を支えてくれた資産家というのがいてな。私にとっては頭のあがらない存在なんだ。その方に……折り入っての頼みということで、手紙をもらってしまってな」

「これは、何の手紙なんですか?」

「その資産家は仕事の都合で今海外に住んでいるんだが……日本に一人残っている娘の食生活が心配だから、最高の料理人を派遣してほしいというんだ」

「断ってくださいそんなの」


 俺は即座にそう言ったが、オーナーは渋面を浮かべたまま首を振る。


「本来ならばそうしたいところなんだ。店としても、君という戦力を失うのは痛いからな。しかしあの方に頼まれれば、断るわけにはいかないんだ」

「で、でも……」

「頼む。君にしか頼めないんだよ」


 そうまで言われてしまえば、俺は断れなかった。

 だってオーナーがその資産家とやらに頭が上がらないように、俺もオーナーには頭が上がらないのだ。お金を援助してくれて、ここまで料理人として育ててくれたという大恩がある。


 俺は正直行きたくなかったが――オーナーに懇願されてしまえば、嫌そうな素振りを見せる以上の抵抗をすることもできず。


「わかりました。行きます」


 と、結局渋々ながら受け入れてしまったのだった。


 * * *


 俺の名前は霜月明人。年齢は十六歳、高校一年生だ。


 俺は普通の高校生から比べると、少し特殊な存在である――いやこれは中二病的なことを言ってるわけじゃなくて、本当に特殊なのだから仕方がない。


 何が特殊かというと、俺は高校生の身分でありながら仕事をしているのだ。

 俺は月曜日から金曜日の放課後、そして土日は朝から晩まで働いている。学校に通っている時間もあわせればブラック企業の社員もびっくりな労働時間になってしまいそうだ。それで何をやっているかというと――有名な三ツ星レストランの、副料理長を務めている。


 ほら、特殊だろ?

 高校生で調理場に立ってるだけでも珍しいはずなのに、三ツ星レストランの副料理長だ。こんな経歴を持っている高校生、自分で言うのもなんだけど滅多にいない。


 俺は幼少の頃から料理人としての英才教育を受けてきて、本場フランスでも何年か修行を積んできた。そこで才能を開花させて料理人としての腕をあげた俺は、いつの間にか世界でも注目されるような若手料理人となっている。


 高校を卒業したら、自分で独立して店を開こうと思っているが、それまでは料理修行を援助してくれたオーナーの店で働いている。恩返しのようなものだ。まあでも三ツ星レストランの厨房を支えるというのはやりがいのある仕事で、だから俺も毎日楽しかったのだが――


「くそお俺が出張シェフって……しかも娘一人のために料理を作るなんて、まじでめんどくせえ……」


 今までの仕事に比べて圧倒的にやりがいのない仕事に、仕事へと向かうまでの道のりですでにテンションが下がっていた。


 だって、一人当たり何万円というお金を払って来てくれる美食家たちを唸らせるような料理を考え、提供するという仕事と比べて――高校生の女の子一人のために毎日料理する仕事なんて、楽しいわけもない。乱れた食生活をしていると言ってたからどうせ美食なんてわからないだろうし。あーほんとテンション下がる。


 ぶつぶつと愚痴を言いながらも教えられた住所に向かってグーグルマップ片手に歩いていると、ある豪邸に辿り着いた。


「うわ……まじかよ、すごい家だな」


 俺の家の十倍は敷地面積があるな……とか思いながらインターホンを押す。

 出張シェフですと言うと鉄の門がぎぎぎと開き、庭へと入ることが許された。丁寧に手入れされているらしい庭を歩き、玄関まで行くと。


 がちゃりと扉が開き、一人の少女が出てきた。

 けだるそうな表情で出てきた少女は、ちょっと印象は違ったけど、すごく見覚えのある顔で。


「ひ、姫野?」


 最悪の相手に――俺は背筋がぞくっと冷えるのを感じていた。

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