第24話 代打小平仁奈

「桜田も近い将来自殺するつもりなのか?」


 俺は率直に尋ねた。

 そんなわけないじゃん、と桜田が笑い飛ばすことを俺は心のどこかで望んだ。

 でも不安な予感が、そうなるわけないだろ、と冷や水をさしていた。

 桜田は俺の期待とは違うように俺の言葉を笑い飛ばした。


「ばーか。そういうのは思っても口にするもんじゃないでしょ。わかってないやつだなあ」


 それは肯定だった。

 直接的な言葉ではなかったが、自殺する予定を桜田は表明していた。


「頼むから自殺なんてしないでくれ」


 と俺は説得を試みる。


「なんで持山に頼まれないといけないわけ?」


 桜田は聞く耳を持たない。

 わかっていたことだけど。

 聞く耳を持っていてくれるなら、初原や穂村だって自殺しようとは試みないだろう。

 それでも俺は、思ってもいない「好き」の言葉を使わないで桜田をこの世につなぎとめる方法を模索する。


「確かに俺が言うべきことじゃないんだろうな。でも、どうして俺が言わないといけないと思う? それはお前の友達がみんな、その予感に怯えて、本当のことを聞けないからだろ」


「ふうん。持山はみんなの代理のつもりなんだ?」


「あいつら不安がっていたぞ。大人になったら桜田が自分たちを置いてこの世から消えてしまうんじゃないかって言ってた」


「そう言ってた?」


「ああ」


 俺がうなずくと、桜田は喜びがこみ上げてくるように笑顔になった。


「よかったよ、ちゃんと伝わるものなんだな」


「なにがいいんだよ。ちっともよくないだろ」


「予感はあった方がいいと、思っていたんだ。前触れもなく自殺したら、一体なにがあったんだろうって心配になっちゃうじゃん? でも、前々から死んでしまうような気がしていたのなら、いざ死んでも『やっぱりね』って受け入れられるでしょ?」


 だから私も心配なく死ぬことができる、と桜田は言った。

 まるで俺が自殺の後押しをしてしまったみたいに、彼女は笑っていた。


「桜田さんもなにか夢を持っていたのかな」


 と穂村が口を挟んだ。

 自分の仲間を見つけたと言わんばかりだ。

 酷い病室だ。

 病と闘う病院の中で、若く活力にあふれる俺たちが生きることを見失っていた。


「夢なんて、最初から私には無いよ。私は今が最高だと思っているんだ。最高の今が終わったら、あとは生きていたって辛いだけじゃん? 私はそう思っているだけ」


「未来が無ければ、生きている意味なんてないものな」


 穂村のいるところで話したのはまずかった。

 初原の自殺が連鎖していく。

 それも俺には耐えがたいことだった。

 でも初原の死の方が俺の言葉よりもずっと力を持っていた。

 失われた命はまるでブラックホールのように強力な引力を持っていた。

 引き寄せられた俺たちにとって自殺は、さほどおかしなことではなくなり、日常のこととなりかけている。


 そして俺たちの会話を聞いていた小平が口を開いて、


「桜田さんは、彼氏が出来たら死ぬのをやめようと思うのかしら」


 と言った。

 それは話を彼女にとって面白いように、そして俺にとって嫌なように進める、悪意に満ちたものだった。


「は? 彼氏?」


「あなたのグループの中でそんな話になってね、持山くんがあなたに告白されられそうになっているのよ」


「はあ」


 桜田は、ぽかんとした。

 それから少し考えて、整理をする。


「つまり持山が私の彼氏になって、そうしたら私が『彼氏を残して死ねないよう』って言って自殺をやめるということ?」


「そうみたいね。持山くんはあまり乗り気じゃないみたいで、全然告白しそうになかったから、私が代わりに告白しておくわ。持山くんは桜田さんと付き合いたいのよ」


 すると桜田と小平は俺を見た。

 彼女たちは俺がなにか言うのを、そして俺は彼女たちがなにか言うのを待った。

 結局口を開いたのは桜田だった。

 彼女はにやにやとした顔で、


「ごめんな、持山。私、お前のこと恋愛って意味では好きじゃない」


 と俺をからかった。

 俺はとても妙な気持ちになった。

 告白という行為を代理で勝手にされて動揺し、恥ずかしくもあって、だけど桜田に恋愛対象として意識されていないことがわかって深く安堵する気持ちがあった。

 そして桜田がどうしても自殺してしまいそうな予感が強まることが悲しかった。

 使う気のない切り札まで小平によって切られてしまって、それでも桜田の気持ちは動かない。


「そんな話はもうやめにしない? いくら説得されたって私の気持ちは揺るがないし、こんな話、暗いだけで面白くないじゃん」


「私もそう思う」


 と小平が言った。

 そして小平はこれを機にして自分の関心事へと話を移す。


「せっかくお見舞いに来たのだから、穂村くんに晴夏のことを話してもらいたいわ」


「言っておくけど、晴夏の最後の曲は……」


「聴けないのよね。そういう遺言だから」


「そうだ」


「それでもいいの。ただ晴夏の話が聞きたいのよ。私の知らない晴夏を知りたい。それならいいでしょ?」


 わかった、と穂村は初原との思い出話を話し始めた。

 時折初原がトピックを投げ、穂村は促されるままに話す。

 たとえば穂村と初原が同じ中学にいたということだったけど中学時代の初原はその時から歌を作るのが好きだったのだろうか、と小平は尋ねた。

 その質問に対して穂村は、歌作りはわからないけれども卒業式の合唱の練習で人一倍やる気に満ちていたことを話した。

 卒業式で、卒業生がする合唱。

 なんの歌を歌うべきかというところから初原の奮闘は始まったそうだ。

 初原は『卒業式は卒業生のためにある』という言葉を掲げて先生と対立したのだと穂村は話した。

 これからさらに成長していくことを約束するような歌、保護者に対して感謝の気持ちを表すような歌。

 そういったものも先生側は歌ってほしかったらしい。

 しかし初原は先生との交渉の矢面に立って、卒業式に歌ったら思い出に残りそうな歌を自分たちで決められるように説得したそうだ。


「その時は、普段あんまり目立つ方じゃない晴夏が、ぶちギレたみたいにガンガン動くから、一体何事かと思いながら見てたな。合唱の指導までし始めるし、ちょっと怖いくらいだった。付き合ってみてからわかったんだけどさ、晴夏って歌のことになるとマジになるって言うか、歌のことに関しては物凄く真剣なんだな」


 そういえばもうすぐ文化祭だろ、と穂村は気が付いたように言った。

 合唱コンクールがあることを思い出したのだろう。

 もうすぐどころか明日からだ。

 そう教えると穂村は、


「この脚じゃあ行けないな」


 と少しも残念ではなさそうに言った。

 どうせ行けたところで初原の合唱は聴けないからだろう。


「もし晴夏が生きていたら、私たちの合唱も少しはまともになったのかしらね」


 初原の熱血指導を受ける小平の姿を思い浮かべたら、俺は思わず笑ってしまった。


「なに笑っているの」


「ごめん。初原に叱られている小平を想像したら笑えてきたんだ」


「私の歌声は叱られても変わらないわよ」


 桜田が穂村に、小平の歌声のことを教える。

 それは昨日俺が教えたことでもあったのだけど、穂村はまるで初めて聞くような顔をした。

 この野球馬鹿は、音楽には興味が無いようだから、演技じゃなくて本当に忘れているのかもしれない。

 そして『アメイジング・グレイス』のことまで再び知ると、


「俺もそれ聴いてみたいな」


 と言った。


「私も聴きたいんだよね。なあ小平、歌ってよ」


「嫌よ。それにここ病室じゃない」


 小平は二人にしつこく頼まれても、とうとう『アメイジング・グレイス』を歌わなかった。

 俺に歌ってくれた時は自分からいきなり歌い始めたのにな、と思っていたら小平はしつこい二人に対してうんざりと、


「自分の歌声が独特なのは私自身よくわかっているのだから、馬鹿にされるんじゃなくて、心から感動してもらえると思った時にしか歌いたくないのよ」


 と言う。

 そのつれない態度に二人は文句を言ったけれど、俺の前で歌ったあの『アメイジング・グレイス』が小平がその厳密さで見計らったタイミングから生じた歌声だったのだと思うと、俺の小平に惹かれる思いはいっそう強くなるのだった。

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