第23話 ピュアハート

 天文学部の展示は、ホームルームでクラスに戻る前には完成した。

 桜田の貼った星はさそり座のアンタレスだということになって、他の部員たちがその周りに自分たちの星を貼った。

 あらかじめいくつか貼っておかないと来客が遠慮して貼らないかもしれないからということで、俺たちも願い事を書かされた。

 と言っても、俺は真面目には書かなかった。

 金持ちになりたいと俗なことを願っておく。

 すると小平も同じようなことを考えていたみたいだった。

『億万長者』と小平の星には書いてあった。


「小平の勝ちだね」


 俺たちの願い事を見比べて、桜田が言った。


「勝ち負けがあるのかよ」


「金持ちより億万長者の方が、金たくさん持ってそうじゃん」


「少なくとも画数は私の方が多いわね」


「じゃあ小平の完全勝利じゃん」


 勝手に敗北ということにされる。

 そんな勝ち負け、だからなんだという気はするのだけど、負けと言われるとなんだか悔しい気持ちもする。


 まだ星の少ない暗幕を眺めて桜田は、


「ちょっと待って。金が欲しいやつ、二人どころかもっといるじゃん。どうするのこれ、金運アップを願う場所と勘違いされそうじゃん」


 と言った。


「別にいいじゃない、そうなったらなったで」


「嫌でしょ。全然ロマンが無い」


「人間はロマンだけでは生きられないのよ」


「そんな人類、滅びてしまえ」


 桜田はわざとらしい嘘泣きをして言った。

 そこに小平が、金が全てよ、とつぶやいて追い打ちをかける。


「げんなりする」


 桜田は暗幕から目を逸らした。

 そして、クラスに戻ろうと言ってくる。

 そろそろホームルームの時間だった。


 文化祭前日ということは、合唱コンクールの前日ということでもある。

 だけど練習はいつもどおりに二回歌って終わりだ。

 居残って練習しようと熱くクラスに語る生徒もいない。

 合唱の出来も良くはない。

 小平の歌声も相変わらずだ。


 ホームルームが終わると、病院に行かないかと小平に誘われた。

 飛び降り自殺に失敗して骨折した穂村が入院している病院だ。

 その病院を桜田が調べていてくれたのだそうだ。

 仕事が早い。

 いつの間にそんなことをしていたのか。


「それと、桜田さんも一緒に来るわ」


 と小平はあえて強調するように言った。

 昼休みの時に花園から俺が頼まれたことを、小平も進展させるつもりらしい。


「ああ、俺も行くよ」


 別に桜田が一緒だからってわけじゃないけど、と思いながら答える。

 穂村の見舞いに俺だけ行かないのはおかしなことだろう。

 小平と桜田の知ることではないけれども、穂村の自殺未遂に最もショックを受けているのは俺なのだから。


 穂村の入院した病院は学校から少し離れていたのだが、桜田のお母さんが俺たちを送りに来てくれた。

 桜田のお母さんは小平を見るなり、


「きゃあ、凄く可愛い子じゃない」


 と歓声を上げた。

 そして俺に問いかける。


「もしかして持山くんの彼女なの?」


「違いますよ」


「ふーん、へえー」


 桜田のお母さんはなにかを想像して、一人でうなずく。

 一体なにを考えているのか、藪はつつかない方がいい。

 俺だけでなく小平も桜田もそう思って、黙って車に乗った。


 幸い、桜田のお母さんは色恋の話を続けようとはしないでくれて、穂村の話を俺たちに尋ねた。

 穂村や初原のことを話すのは、小平や桜田との関係の話をされるよりもかなり気が楽だった。

 花園からおかしな依頼をされたせいで、小平は俺と桜田を付き合わせようという気になっているみたいだった。

 でも俺は、桜田と恋人同士になりたいと意識したことはなくて、そもそも桜田も同様に俺のことは好きじゃないかもしれない。

 そんなのが告白するとか付き合うとかいう話になるのはおかしいじゃないか。

 そう俺が戸惑う中で放たれる小平の援護射撃は胸が痛んだ。

 小平に応援されるのはとても嫌な感じがしたのだ。



 桜田のお母さんは見舞いの花まで用意してくれていた。

 病院に着くと、俺たちに気をつかってか、車の中で待っていると言う。

 クラスメイトの母親に対して言うことじゃないけれども、よくできた人だと思った。


 病室で、穂村は結構元気だった。

 脚の骨が折れた以外に、これといった怪我は無いそうだ。


「これだったら当てもなくランニングをしている方がまだいい」


 と歩けなくてとても退屈していることを穂村は言った。

 そして俺と穂村はぎこちなくアイコンタクトを交わす。

 遺言のとおり、小平や桜田には初原の歌を聞かせていない。

 それどころか昨日穂村と会ったことも二人には話していない。

 俺はそう伝えたつもりだった。

 穂村もおそらくそのように受け取ったと思う。


「どんくらいで治るの?」


 と桜田が聞く。

 さあな、と穂村は答える。

 ただ念のため入院しているだけで、骨が折れている以外に特に異常が無いようであれば近いうちに退院させられるだろうと話した。


「そうすりゃ松葉杖をつきながら歩き回れる」


「もう馬鹿な真似はするなよ」


 歩き回ってまた自殺でも企てるんじゃないかと心配して言った。


「少なくとも脚が折れてるうちは飛び降りはできそうにねえな」


「なら一生折れておいてほしいな」


 俺がそう返すと穂村は、くくくと笑った。

 穂村がまた自殺を試みそうで俺は困る。

 高い所から飛び降りて、痛かったり怖かったりしなかったのだろうか。

 苦しみから来る反省というのが穂村の表情からは見られなかった。


「しかしなあ、少し考えてみればわかることだよなあ。インドア派の晴夏に比べたら、野球部をやっていた俺の方が丈夫に決まっているよな」


 と穂村は朗らかに自嘲する。

 そこに小平が口を挟んだ。


「ねえ、あなたは晴夏の後を追おうとしたの?」


 その質問は穂村の真意を確かめようとするものだった。

 恋人だった初原と同じ所で同じように死のうとしたのだから後追い自殺に見える。

 けれど小平にはその点をはっきりさせたいという意思があるようだった。


「そのつもりで飛び降りたよ」


 と穂村は答えた。

 そして続けて言った。


「だけど彼女の後を追うためだけに死ぬのはちょっと難しいよな。晴夏が死んでも俺の人生は当たり前に続いているんだし。晴夏が死んだからって、俺の人生が終わったわけじゃない。そう思ったら死なない。実際、今まで死のうと考えもしなかった。でも俺の人生は終わったから、晴夏のために死ぬことができると思ったんだ」


 穂村の人生。

 それは野球のことだった。

 穂村は、プロ野球選手を夢見て生きてきたことを俺たちに再び話す。


「俺にとってプロ野球選手になることが人生の目標だったんだよ。目標どころか、それが俺の人生だったんだ。でもどうやら俺はプロ野球選手になれないみたいだと悟ったのさ。だから俺の人生は終わりで、それで晴夏の後を追おうと思った。小平さんが気にしたとおりだよ。俺は晴夏のことが悲しくて絶望してそれで自殺をしようと思ったわけじゃないんだ」


 純粋な後追い自殺ではない。

 彼の言葉を短くすれば、そんなところだろうか。

 穂村が自殺した根元にあるのは初原のことではなくて、野球のことだったのだ。


「それはとても残念な真相だわ」


 小平は本当に残念そうに言った。

 でももっと別に大切な論点があるだろうと俺は思った。


「そもそもさ、夢が叶わなくても人生は終わりじゃないだろ。それで自殺とか考えるなよ」


「いいや、終わりだよ。俺の人生は終わった。終わったのに、まだ続いているんだ」


 と穂村は言った。

 その考え方は初原に似ていた。

 初原は、自分が人生でするべきことをやり終えたと思って、自殺をした。

 自分の人生についてあるべき形が彼らの頭の中ではっきりと決まっていて、それに従っているから、自殺することができてしまう。

 リセットするためじゃなくて、終わらせるために死ぬ。

 そういう考え方だ。


「人生が終わったのにまだ続いているから死のうとした。そういうことなら、私たちに止める権利は無いよな」


 桜田がさも理解のあるふうを装って言った。

 そして俺たちに同意を求めるようでもあった。

 だけどそれはまるで桜田が自分の人生についてもそうすることを認めてほしいと言っているみたいに聞こえた。

 仮にそうだからって、やはり自分の気持ちを偽ってまで告白して止めようとは思えない。

 だけども桜田の真意をきちんと確かめないといけないと俺は思った。

 そしてどうか生きていてほしい。

 周りにいる人たちが次々に自ら命を絶っていくようなそんな人生は、歩んでいて少しも嬉しくないのだから。

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